第23話 *初心者教習 三日目 分かれ道
不快な表現があります。ご注意ください。
***** *****
森の浅い部分に移動したランカたちは、昼食の料理を作っていた。
干し肉に乾燥野菜、採集した薬草で作る一般的なスープと、保存食の堅焼きパイ。
乾燥果物をふんだんに使い、じっくりと焼き上げたパイは、身体の疲れをとる。
「美味そう…」
辺りの警戒に立っている男子から、喉を鳴らす気配がした。
(無理ないよね。わたしも、お腹すいた)
鍋をかきまわしながら、ランカの腹の虫が鳴く。
早朝に始まった解体実習は、散々な結果だった。
教官たちと、青い顔で最後まで頑張ったリオンとモスミット。後は全滅だ。
教習生は、誰ひとり朝食を食べなかった。主に、気持ち悪くて…。
「はら 減った…」
座り込みそうになるカツを、ケイがつつく。
シノブは言わずもがな。まだ青い顔をして蹲っている。
「よし。ジャスパー、出来ました」
味見をしたチェリンが合格を出す。
「周りを警戒しながら食事だ。向かい合って、互いの背後に注意しろ」
常に緊張しながらの昼食が始まった。
「うんまぁ」
「うま い」
「…」
反応も様々だ。
塩味だけのスープが美味い。
ずっしりしたパイの欠片が、舌に染みるほど甘い。
具無しのスープをマグカップに入れたラリマーが、ムカつき止めを添えてシノブに勧めている。トロンとしたシノブの視線は、大皿のスープを食べるサポに向いていた。
「食べながらで良い、聞いてくれ」
ジャスパーの説明は簡潔だ。
狩った素材を納品すれば、初心者教習は終了する。
報酬は、それぞれのパーティーが達成した数だ。
獲物の頭数に上限はない。
依頼はダックルと言う底ランクの鳥型魔獣で、身体が重くて飛べない鳥だ。
フラックスの街では、一般的に食べられている食材だ。
小型の魔獣で需要も多く、初心者には金額的にもおいしい相手だ。そのうえ今回は、森狼の討伐報酬から、幾ばくかの労い金も貰える。
午後からはパーティーごとに分かれ、担当教官の監視のもと、自分たちで考えて行動するよう指示が出た。
危険な行動や足りない部分を、担当教官が指摘してくれる。
「頑張ろうね、ランカ」
目を輝かせたモスミットが、背負い鞄に立てかけたメイスを撫でた。
「うん…がんばろぅ」
盛大に尻込みしながら、ランカは引きつった笑みを返す。
『少し奥に、五羽ほど群れがいます。誘導しますか? 』
顔を洗いながら、サポが念話で聞いてくる。
『…初めは単体がいいけど。無理かな? 』
『大丈夫です。撹乱してバラけるように、誘導します』
『ありがと、サポ』
食事の後片付けを終え、パーティーごとに分かれて擦り合わせを始める。
「モスミットは、どんな
今まで家事手伝いの合間に、モスミットは知り合いのパーティーに混ぜてもらい、初心者用の魔獣狩りや薬草採集をしていた。
今回のダックルは常設依頼の魔獣で、駆け出し冒険者が最初にあたる魔獣だ。
「探索と気配察知は、まだ初歩だって言われた。身体強化は普通かな? 後は、棍棒術が得意」
前衛向きのモスミットだ。
「なら、
相談の上、探索と気配察知をしながら身体強化で移動すると決めた。
先攻はランカで、討ち漏らしたダックルはモスミットが仕留める。
多数になればランカが雷魔法で足止めし、ふたりで対処する。
モスミットはメイス。ランカは弓を取り出した。
「サポは先行して、ダックルを誘導してね」
役割を決め、サポの後を追う。
適度に距離を取ったチェリンは、余裕で後をついて来た。
迷いなく進むふたりは、若干右手へ足を運ぶ。
探索で見る群れから、二頭が逸れた方向だ。
「右前方に群れがいる」
囁くモスミットに並んで、ランカは足を止めた。
「サポが撹乱して、こっちに二羽が接近している」
「むぅ、そこまで分からなかった…」
ちょっと悔しかったのか、モスミットが口を尖らせた。
「五十歩百歩よ」
「ん? 」
「来る」
矢を番えて呼吸を整える横で、モスミットもメイスを構える。
前方の幹を掠めて、茶色い鳥が飛び出してきた。
(わぉ、にわとりだぁ)
地面を蹴って跳ねた瞬間を狙う。
僅かに逸れた矢が、羽に刺さって突き抜けた。
「もう! 」
「ランカ、次を狙って! 」
近接した獲物は、モスミットが対処する。
後に続いて跳躍するダックルに、躊躇いなく二矢を放った。
一矢は外れ、二矢目が胴に刺さって斃す。
モスミットのメイスは、ダックルの首を飛ばしていた。
「ん。いけるね、ランカ」
「うん…」
血抜きにドキドキするランカを、生暖かい目で見るその他二名。
なんとか初撃は乗り越えた。
(スライムが 恋しいよぉ)
『そろそろ次を追います』
『…はい』
獲物を袋に詰め、ため息を吐く。
「あ 次が来る。 二羽! 」
モスミットの探索範囲に、きっちり二羽の反応が出たようだ。
探索に気配察知を重ね掛けして、できた結果だ。
「ハァ…がんばれ、わたし」
凹みそうな気持ちに喝を入れ、ランカは矢を番えた。
*****
夕方の冒険者ギルドに、甲高い怒鳴り声が響いていた。
場所は奥の訓練場だ。
ダックルの成果は、パーティーごとに差が出た。
明日への翼が、一番多く獲物を仕留めていた。
身体能力の高いリオンが、大活躍したようだ。
クロの几帳面さが発揮され、獲物の処理も丁寧だった。
血が苦手なアイラは、得意の水魔法を駆使して、遠距離攻撃に徹したらしい。
ランカとモスミット、サポのクローバーは、二番目だ。
サポが的確に働き、斃せる範囲に獲物を絞ったお陰で、怪我もなく帰れた。
モスミットの探索能力も
「だから! おかしいって、言っているでしょ! 」
さっきから叫んでいるのはシノブだ。
何がおかしいのか、周りはさっぱり理解できない。
「こんな端金じゃないはずよ! 何で少ないのよ! 」
カツとケイの頑張りか、獲物は少なくない。
足元に広げた布の上には、七羽のダックルが並んでいた。
身体のあちこちに軽い傷を負って草臥れているふたりは、はた目から見ても不機嫌にため息を繰り返している。
「ギルドから貸し出した装備は有料です。最初に説明は致しました」
無表情のラリマーが、五回目の説明をした。
そう、五回目だ。
「なんで! 」
「もう黙れよ、シノブ。なんか、うぜぇ」
突き放したカツに、信じられないと目を見張るシノブ。それでも身をくねらせて、カツを見上げた。
「おかしいよね? 」
実態を知らなければ、可愛らしい仕草だ。
『魅了を発動しましたね』
サポの言う通り、僅かに魔力が動く。
「はぁ〜。おかしいのは、おまえだ。ほんと、うざい。疲れたよ。もう、いい加減にしろよな。俺たち、くたくたなんだ。帰って休みたいし、おまえに付き合って、無駄に揉めたくない」
「え…」
完全に動きを止めたシノブを押しやって、カツは受け取った報酬をケイに渡した。
「俺、考え無しだから。頼むわ」
三人は、後五日間だけ仮眠室に宿泊できる。その間に少しでも稼いで、宿の確保をするように、立ち会ったギルド職員が告げた。
黙って俯いたシノブが、動かなくなる。
「三日間の教習、お疲れ様。最後に、冒険者の先輩として助言したい」
ジャスパーがリオンたちに目を向けた。
「明日への翼の諸君。まだまだ未熟な点が多い。何を置いても、慎重を第一に行動するよう願う。クローバーの諸君。的確な連携だと報告を受けた。だが、慢心せず行動する事を願う。…ゆ うしゃの諸君。人には様々な道がある。冒険者に拘る必要はない。幸いにもフラックスの冒険者ギルドでは、適正に照らして職を斡旋している。充分に考え、相談する事を、願う。…みんな。三日間良く頑張った。お疲れ様。 では、解散」
「ありがとうございました」
一人を除いて、教習生の声が、初めて揃った。
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