第22話 初心者教習 二日目 襲撃

 サポと交代で、焚き火の番をする。

 分布調査の草原から引き上げ、西門近くの森の側で野営の訓練だ。

 丘を越えれば西の門が見える場所に、小さな焚き火から少し離れて野営する。

 三交代の内訳で見張りの順番に文句を連発していたシノブは、どんなに起こしても目覚めなかった。仕方なく、ラリマーが自主的に参加している。

 シノブの魅了かと疑ったが、違ったらしい。不気味だ。

 思考を読んだようにラリマーに睨まれて「何故だ! 」と、問いかけたくなった。

 ランカたちの見張りは、一番がモスミット。真夜中がサポ。明け方がランカの当番だ。

 シノブと顔を合わせるより、ラリマーの方がマシかと、納得しておく。

「不気味です、ランカ嬢。こんな時間に百面相は止めて頂きたい」

 澄ました言い方に苛つく。

 お互いの背後を見張るのだから、顔を合わせるくらいの我慢はどうしたと言いたい。

 他の見張りはクロとジャスパー教官なので、ラリマー以外は眼福だ。

「随分と思うところがお有りのようで、遺憾です」

(だ・か・ら、顔を見ていちいち反応しないで! )

 誰がなんと言っても、やっぱりラリマーは優しくない。

『ランカ。防御の準備を…低レベルの魔獣が多数と…人間? が、接近しています』

 突然割り込んだサポの念話で、頭が冴えた。

 森へ目をやるのと同時に、接敵に気づいたジャスパーが教官用のテントを叩く。

 それだけでチェリンとボランは、装備を固めて飛び出してきた。

 すぐにチェリンはモスミットを起こし、ボランはケイたちを起こす。

 ジャスパーの合図で、ラリマーがリオンたちに声をかけた。

「気づいたか? ランカ」

 冷静なジャスパーに頷き返す。

「はい。いつでも防御壁を展開できます」

 ランカはモスミットと寄り添って、できるだけ低くしゃがみ込む。

 背後には、リオンたち三人も蹲った。サポのいる街側に、ケイとカツに引きずられたシノブが、しゃがみ込む。シノブはカツにもたれて、ほとんど寝ている。図太…くは、ないだろうが。。 

『いやらしい相手がいますね。わたしも戦闘に参加しましょう』

 サポが自主的に前へ出る。

 森に向かって武器を構えたジャスパーが、肩越しに振り返った。

「教官命令だ。すべてが終わるまで、絶対に動くな。ランカの防御壁から絶対に出るな。加勢するなど百年早いと肝に命じろ。いいなっ」

 教官たちが距離を取ったのを見計らって、サンクチュアリを発動する。

『来ます』

 跳躍と同時に矢を咥え落としたサポが、そのまま一直線に走り抜け、鬱蒼とした大木の幹を駆け登った。

 激しく揺れる枝から葉が飛び散り、絡まるようにサポと人影が地面に落ちる。

 はっきりと、骨の折れる音がした。

 瞬時に地を蹴ったサポは、藪の向こうへ飛び込んで行く。

 くぐもった悲鳴と、魔力の暴発が連続した。

「来るぞ! 」

 別の藪を掻き分け、森狼の群れが飛び出してきた。

 暗闇に紛れる暗色の体毛が、離れた焚き火に照らされて色を現す。

 毒々しいほどの血赤だ。

「スゲェ。本物だよ」

 興奮したカツが、前のめりになった。

「下がって! あぶない」

 ランカの声も聞かず、防御壁ぎりぎりまで、にじり寄る。

 興味津々でギラつくカツの目は、娯楽映画を見るような、危機感の欠片もない物だ。

「下がれよ。ランカの負担を増やすな! 」

「はぁ? 」

 引き戻そうと肩にかかったリオンの手を、カツは不機嫌に払い落とした。

「カツ。ランカの気を乱したら、防御壁が壊れる。そしたら僕たちは、あの魔獣に食い殺されるんだ。僕は死にたくない。下がってよ」

 低く強張ったケイの言葉に、喚きだしそうだったカツが黙った。

 大人しい者が怒った時、きっと誰も逆らえないし、カツを非難する目は、ケイひとりではなかった。

 笑いで誤魔化しながら、カツは元の位置に座り込んだ。

 普段なら稚拙な連携しか取らない森狼が、組織立って撹乱してくる。

「くそっ。魔獣使いか! 」

 時間差で交差し、体当たりする二頭を、ボランの剣が裂く。

 振り切って僅かにできた隙を突き、二頭が防御壁に激突した。

「げっ! 」

 カツの目の前で、ひしゃげた森狼の首が有り得ない方向に折れる。

 目を醒したシノブが、魂消る悲鳴をあげた。

 血泡を吹く様に、カツの余裕も剥がれ落ちる。

 止めを刺すように、頭上で巨大な火球が爆発。

 ビックリして尻餅をついたカツを突き飛ばし、シノブが立ち上がった。

「いや! たすけてっ」

 思わず駆け出しそうなふたりを、周りが押さえ込んで止める。

「こいつら、騒ぎしか起こせないの? もぅ勘弁してよ! 」

 シノブを押さえ込んで、逆に抱きつかれたリオンが、顔を顰めながら叫んだ。

「ほんと、最悪だわ」

「同族とは思えないね。どこの一族だろう」

 ボソリと呟くアイラとクロに、モスミットが頷く。

『…同郷なのだけど。知り合いじゃないからね』

 子供っぽくて呆れるが、切り捨てられない同郷の者に、ランカは唯々切なくなる。

 すまなそうに肩を落としたケイが、モスミットに謝っていた。

 防御壁の外。斃された森狼が、地面を覆い尽くしてゆく。

 見る間に積み上がる屍体の山。

『ランカ、魔獣使いを見つけました。捕縛します』

 サポの念話が届いてすぐに、襲ってくる森狼の様子が変化した。

「終わりか? 」

 警戒して足を止めた森狼は、尻尾を下げて後退りする。

 西門の方から慌ただしい物音が近づく気配に、群れの残りが身を翻した。

 バラバラに散って、藪の向こうへ逃げだすのに、ホッと息をつく。

「生存確認だ。衛兵に協力して、敵を捕縛する。ランカ、わたしが許可を出すまで、防御壁は維持しろ。みんな、そのまま待機」

「はい」

 丘を駆け上がってきた警備兵の中に、世話になったアニスがいた。

「みんな、怪我はない? 」

 伸ばした手が薄い膜に遮られて、アニスは目を丸くした。

「大丈夫です、アニスさん。教官の許可が出るまで、防御は解けません」

 謝るランカに、アニスは頷いて離れていった。

 焚き火の側に捕縛されて集められた男が八人。

 サポが引きずって来たのは、小柄なローブ姿の男だ。

「やはり従魔は賢いな」

 ランカたちを囲んで警戒していたチェリンが、ため息を吐く。

「リーダー、俺たちのパーティーにも欲しいぜ」

 厳つい顔を綻ばせて、ボランも呟く。

 うっすらと明けてくる空の下。

 大森林に沿って南北に抜ける間道を、南から兵士の一団が近づいてきた。

「ランドル小隊長! 」

 アニスの声で、賊の捕縛に関わった衛兵たちが、一斉に敬礼した。

 箱型の馬車二台と、鞍を置いた数頭の馬を引き連れている。

「向こうも上手くやったな」

 ジャスパーの独り言で、ランカは別働隊がいたのだと知った。

 馬車の後ろに繋がれているのは、捕縛された賊のようだ。

「不審な馬車と馬を確保した。みんな、ご苦労。帰還する」

 馬上で指図するランドル小隊長の目には、部下以外に映らないらしい。焚き火の側にいた賊共々、すっかり明るくなった西門へ、隊列を組んで行ってしまった。

 比翼の剣も教習生も、眼中にはない。完全に、いない者として扱われている。

「…ま、こんなもんだ」

 軽い調子のボランに、チェリンが肩をすくめた。

「よくやった、ランカ。解除してくれ」

 ジャスパーの指示にサンクチュアリを解除する。

 すぐさま頭を擦り付けてきたサポを、モスミットと一緒に撫で回した。

「いい加減にしろよ」

 立ち上がったリオンは、いつまでも離れないシノブを、やや乱暴に引き離す。

「少し早いが、最終日の活動を始める。まずは朝食の前に、こいつらの解体実習だ」

 いい笑顔で短剣を抜いたジャスパーは、山になっている森狼に、視線を落とした。

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