第21話 *初心者教習 二日目 悩める乙女?

不愉快な表現があります。ご注意ください。

***** ***** 

曇り空の下で、初心者教習の二日目が始まった。

 ケイは昨日の時点で、元のパーティーに戻っている。

 意外なことに、俺様のカツが頭を下げて謝ってきたからだ。

「やっぱり、幼馴染だから心配で…ごめんなさい。貸して貰ったお金は、必ず返します」

 脳筋で大雑把なカツに、我儘なシノブ。それでも、このままでは駄目だと自覚したカツと、金銭感覚は常識的なケイが話し合った。二対一の多数決で、お金の管理はケイが受け持つ事になったと、経過報告してきた。

 いくらランカに借りがあるとはいえ、パーティーの内情をポンポン喋って良いのかと思うが、生真面目な上に律儀なのだと受け止めた。

 リオンたちも、シノブがやらかした昨日の大泣きに怒りが削がれ、静観に徹している。

「準備は良いな。では、出発! 」

 ジャスパー教官の掛け声に、各担当の教官と、それに従ったパーティーが移動する。

 集合と出発は西門で、セレナの見送りに元気いっぱい手を振った。

 師匠の笑顔は「うちの子が一番! 」みたいな、麗しいドヤ顔だった。

「あの、チェリンさん。話しながらでもいいですか? 」

 最後尾を行くランカたちのパーティーだが、すぐ後ろには不可解な男がついてくる。

「ん? どうした」

 後ろを指差すランカに、チェリンは首を傾げた。

「…なんで、付いて来るのでしょうか」

 内緒話の要領で囁くランカに、モスミットも耳を寄せてくる。

 ちなみにサポは、不可解な男を邪魔するように、絶妙な蛇行行進を敢行していた。

「むっ」とか「チッ」とか、色々後ろは忙しい。

「…ん〜。 ま、休日の散策? らしい。 と、聞いている」

 歯切れの悪いチェリンに、モスミットと目を合わせ、肩を竦め合った。

 上半身は執事風。下半身は、しっかり装備の冒険者風。担いだ鞄は、昨日のうちに点検して用意した装備と、お揃いに見える。

「もしかして、貸し出した装備が心配? なんてね。有り得そうで怖いわ、陰険執事風」

 ランカの呟きが聞こえたのか、くぐもった咳払いが聞こえた。

「いや、基本的にラリマーは優しい。ただね。古人いにしえびととか…越えられない種族の感性にね…ちょっと、こだわりが……まぁ、あいつの悪癖というか、その…対抗意識がなぁ。と言うところだ」

 分かったような、分からないような、チェリンの微妙な言い回しだ。

「要するに、無視していいと言うことですか? 」

「…当面は」

 どうやら、いない者として扱っても、良いらしい。

「面倒臭! 」

 ランカの本音が炸裂した。

 森に入る前から発動しているランカの探索範囲に、赤い点が増えてくる。

 気配察知を重ね掛けして、魔獣の種類を感じ取る練習を始めた。

 探索と気配察知のレベルを上げるようにと、サポから課題が出ている。

 さらに鑑定も発動できれば、マップ上に種類ごとの分布図を展開できるが、並列思考の技能スキルが生えていない今、そこまで細かな操作は熟せない。

 渡亀の大移動で、ライトと身体強化の両方を使ったお陰か、並列思考の技能スキルが生えてきそうな兆しはある。

(精進精進っと)

 これから先を見据え、ひとつでも多く、より高いレベルを目指して、訓練重視で時間を過ごそうと思う。

(となりの連合国なら、人権…異種人権? は確立している筈だし、鬱陶しい人族至上主義もないだろうし、気楽かもね。まぁ、モスミットがいる間は、この街から出る気はないけど。ゆっくり終の住処を探すのも、良いよね)

 サバイバルに強くなりたいランカは、平均が分からないせいで、自分の熟練度レベルの異常さに気づいていない。適度にモスミットと会話しながら、散策気分だ。

 前を行くケイたち三人は、ダラダラ歩くシノブを真ん中に、両側から引っ張る形で進んでいた。根気が切れて足が止まると、恐ろしい勢いでボランの怒声が響く。

 きっとこの辺りの魔獣は、凶悪な大物が出たと勘違いして一目散に逃げて行くだろう。

 魔獣にも狩人にも、迷惑な話しだ。

 しばらく奥へと進み、森の中にしては開けた場所に出る。

 丈の短い草原で、枯れ草の間に黄色や薄緑の群生が散っていた。

 中央辺りに光沢のある黒い岩が幾つも転がり、ぱっと見た印象は、切れ切れなストーンサークルだと言いたいが、草に埋もれた腰掛け岩のようだ、とも言える。

「今日は、この辺りの植生を調査する。採集はしなくて良い。生えている薬草の種類と繁殖状況を、配布した地図へ書き込め。森との境界では、交代で見張りに立ち、魔獣に警戒する事。後は各教官の指図に従え。以上だ」

 ジャスパー教官が指示を出す間も、座ろうとするシノブを両脇から抱え上げていた。

 難儀なお嬢さまだと、ふたりに同情する。

「さて、自分たちの持ち場は西側だ。こういった森に囲まれた場所では、効率は悪いがふたりで見張りに立つ。ランカとサポ、或いはモスミットとサポの組み合わせで見張ろう」

 足りない部分は、チェリンがカバーするつもりだろう。

 三パーティーから一人ずつ見張りに立てば、調査も捗るのではと聞けば、教習が終わった後の実践を想定していると言われた。

 前回、サポとソロに近い状態で森に入っても、危機察知は問題なかった事から、試しにできないか聞いてみる。

「チェリンさん。サポなら全方位の見張りができます。やってみても良いですか? 」

 実際の優秀さを知らないチェリンが、なんと判断するかは分からないが、サポなら誰よりも安心して任せられる。

「そうだな、これからのパーティー活動を予想するのも、目的の内だし。許可する」

 人目がある分、順番に森を指差して、魔獣の接近に警戒するよう言いつける。

 サポも周辺を歩き、森とランカたちが視界に入る位置で腰を落ち着けた。

 左右に視線を走らせ、警戒態勢をとる。

「へぇ〜、従魔は賢いと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。自分も、従魔が欲しくなるな」

 細めた目でサポを追いかけ、チェリンが独り言ちる。

 時々薬草採集に来るモスミットは、調査対象の種類に詳しかった。

 教えてもらいながら、ランカが地図を埋めて行く。

 種を越冬させる種類は、初冬の季節に特徴的な様子を見せた。

 粘ついた莢が周りの葉を絡めこんで、蓑虫のように防寒対策をする現象だ。

 山脈のこちら側も、真冬には雪が積もる。

 種を守る莢は、葉っぱを着て冬を乗り越えるのか。。

「これはダルジア草の種。昔から冬の野菜代わりだって、婆さまが言っていた。まだ若いから、採れるのは来月くらいかな。三倍くらい膨らんだら採集できる。このまま篭に入れておけば、来年の春に芽が出るまで食べられる」

 実生活に添った知恵は、偉大だなと感心した。

「うん、覚えた。ありがと、モスミット」

 緩い調子で大方の調査を済ませた頃、休憩になった。

 中央寄りの岩の側で、各自携帯した保存食を出す。パンはカリカリの食感だ。

 あちらの乾パンを思い出す。某社の密閉した缶には、セットで氷砂糖が入っていた。

 こちらの乾パンも不味くはないが、これ自体の塩分は多過ぎる。

(身体を動かすからかな。冒険者だし、重労働をするし、塩分は必須かな)

 セレナが持たせてくれたサポの携帯食が、よほど美味しそうに見えた。

『…誰にも…あげませんよ』

 物欲しそうにする気配に、サポが牽制する。周りを見回せば、確かにサポを目掛けて視線が集中していた。

「美味そうだね」

 なんとなく零したチェリンの言葉で、サポは自分の携帯食を抱え込んだ。

「もぅ嫌。パンはカラカラで塩辛いし、干し肉も硬くて塩っぱいし。…帰りたいよぅ」

 食事の手を止めたのは、カツだけだ。ケイは視線を逸らして、黙々と食べている。

「仕方ないだろう? 夕べは頑張ろうって、三人で約束したよな? 」

 宥めるカツを無視して、シノブは味方を探すように周りを見回した。

「何でわたしが…貧乏人みたいな事…なんで いらないわよっ、こんな物! 」

 捨てようと振り上げた手を、ケイが掴んだ。

「これしか無いよ? 捨てても代わりは無いからね…もう、慣れようよ。ここには親も財も無いんだ。ほんとは、シノブも判っているんだろ? 」

 もがいても離してくれないケイに諦めて、シノブは食事を再開した。

 ブツブツ呟く様子から、魅了が発動しない事を不審に思っているようだ。

 時々こちらを睨みつけては、カツに宥められている。

 今回の教習が平穏に終わるように、あの神に祈るのは間違っている気がした。

 あの時、箱庭の神は言った。

(無様に生きろって…存分に生きて楽しませろって)

『ランカ。遮断を解除した後が、厄介ですね。自滅するのは、明らかですし…』

 サポが言いたいのは、シノブの技能スキルに干渉して、別の技能スキルに変更する創造魔法の事だろう。他人の技能スキルを弄れる技能スキルなど、人の領域ではない。

『…わたしは、神さまじゃないよ。憎たらしい神さまだって、手出しはしないと思う』

『ランカの成す行為にも、箱庭の神は手出ししないと思います』

 それは、屁理屈だと言いたい。

 自分で考えて、自分で選んだ設定を、勝手に改竄されたら嫌だろう。

 ランカだって身につけた設定は、他人に変更されたくない。たとえ奇跡が重なって、狡いくらいに都合が良くなった設定でも、駄目出しで現状を変更されるのは嫌だ。

『…確実に、ランカ自身が災いに巻き込まれます。ランカの周りも』

 深いため息が出る。

『怖いのよ。理不尽な力を持った後、自分がどう変わるのか、恐い。大丈夫だなんて、思える自信がない。それにあの神も、分を超えた者は許さないと思う。思いたい。でも、もしも転生者のする事に、あの神が何も干渉しないのだとしたら、最低よね。絶対に、楽しませたりなんて、するものですか』

 サポとの念話を終了して、分布調査の確認作業を始める。並列思考の練習も忘れ、思考の一部は問題児に向いていた。

 シノブの魅了は、確かに厄介だ。

 思うままに生きたいシノブは、きっと手軽な手段として魅了を使うだろう。

 都合良く周りの者を道具にしては、要らない者を使い捨てる。

 現実に、それが目に見える。

 力を行使した反動に気づいていないシノブを、ざまぁみろとは、流石に思えなかった。

 この悩みも、あの神を楽しませる一部なのかと腹立たしくなる。更には、こんな上から目線の感情自体が、優越感に浸ってシノブを侮っている心の現れだとは、思いたくない。

(はぁ。やっぱり先が思いやられる。見捨てられないよね。どうするかなぁ)

 消去するなり変更するなり操作すれば、この先の面倒ごとは減るだろうが、ランカの判断が正しいとは言えない以上、悩みはさらに深くなる。

(わたしは、神さまじゃ無い。それをやったら、いつか自分が詰む。色んな意味で…)

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