第27話 *閑話 カツと 幸運の迷子

人によっては不快と感じる表現があります。ご注意ください。

***** *****

 フラックス領は、木材と冒険者で成り立っている。それだけが原因ではないだろうが、陽の高い時間帯は街から人の気配が消える。

 冒険者のほとんどが街の外へ出て行くから、昼間はどこも閑古鳥が鳴く。

 冬が迫った今日この頃。

 懐の暖かいベテラン冒険者は、南に下がったウロライの城下街へ移動する。

 フラックスの街に残る大半の冒険者は、冬季だけ商店や工房に雇われた者だ。

 その他の中堅冒険者は、冬山から下りてくる大型の魔獣を狩って生活する。

(俺たちぺーぺーには、関係ないことだがな)

 今は臨時パーティーで受けた依頼が、ケイとカツの懐を温めていた。

(あー、小遣い以外は、ケイに管理してもらってるが)

 シノブに有り金を持ち逃げされた時は、詰んだと絶望した。

 ギルドの救援処置で装備を借り、コツコツ依頼報酬で、借りた装備の使用料を返す事になったが、情けないやら悔しいやらで、周りが全部敵に見えた。

 最初にクロから声をかけられた時は、年下のガキに馬鹿にされるのかと腹が立ったし、緊張もしたが、クロもリオンも気持ちのいい奴らだった。

 パーティーメンバーのアイラお嬢ちゃんは苦手だが、口調が素のままなら仕方ない。

 同じ転生者らしいランカは見かけが子供なだけで、たぶん中身は大人だ。

(どっかで見たような設定だな)

 ステータスボードの年齢は変更不可だった筈なのに、どうやって若返ったのか気になるが、相手は大人だし女性だ。直球で聞くのは難しい。

 大人な女性は苦手だから、カツは柄にもなくランカの前で猫を被った。

(…手遅れかもしんねぇな)

 カツを笑うケイも、ランカと対等になる度胸はないようだ。自分ではままならない本能で、ランカに遠慮するのは仕方がない。その点、人見知りでおとなしいモスミットは、緊張しなくて良い。話しやすいので何よりだ。

 ドワーフの女の子が、こんなにも小さくて可愛いなんて知らなかった。

 側にいると、確実に心拍数が上がる。

 ケイもモスミットが気になるのか、格好をつけているのが丸分かりだ。

 そんなこんなで過ごすうちに、忌々しく思っていた神の箱庭が、この世界が、いつの間にか嫌ではなくなっていた。

 転生させられた時は、糞野郎の神を嫌悪したし、怒りが収まらなくて、暴れてやろうと無茶をしたのに。。

「完璧な問題児だったよね」

「…うっさいケイ」

 依頼の帰りにかけてもらった清浄魔法は、シャワーを浴びたように気持ちよかった。

 リオンたちと依頼を熟すうちに、宿屋で泊まれる余裕ができたと、ケイが言った。

 なんだかマトモな人間に戻れたようで、嬉しかったよ。

 今では宿の風呂場が使えるから、疲れも溜まらなくなった。

 フラックス領は温泉が湧く療養地だったそうで、宿の風呂が無料なのは助かっている。

 根を詰めて依頼を受けること、三週間。

 ずいぶん資金が増えたと言って、ケイにまとまった小遣いをもらった。

 自分のために使って良いと言われても、何を買えばいいのか決まらない。

「…もったいなくて、使えねぇ! 」

 思わず叫んだら、ケイの奴が腹を抱えて笑いやがった。

(うん。自分でも笑えるわ)

 昨日。いい加減に休養を取ろうとリオンに言われ、今日が初めての休みだ。

 懐具合に合わせ、ひとりで買い物に出てみれば、人の少なさに驚いた。

「冒険者の街だからねぇ。まぁ、今日は市が出るから、半円広場に行ってみな」

 のんびりと串焼きを焼いていたおばちゃんが、教えてくれる。

「ありがとな、おばちゃん」って言ったら、目を剥いて怒られた。それからは、充分に年を取ったばぁさんにだけ、おばちゃんと言うことにした。

 おねぇさんとおばちゃんの境目が、いまいちわからん。

 半円広場に、今年最後の市が出ていた。

 結構な人出に、ちょっと驚く。

「街じゅうの人が集まってんのかね」

 噴水も何もない、だだっ広いだけの半円広場に、どぎつい原色のテントが並んでいる。

 他の街なら収穫祭かな。

 香ばしい匂いや甘い匂いに、祭りの屋台を思い出した。

「ハァ…遠くまで来ちまったな」

 お好み焼きみたいな物とラムネに似た飲み物を買って、人の波から抜け出した。

 広場の外周にはたくさんのベンチがあり、買って来た物を飲み食いしている。

 カツも空いているベンチに腰掛け、かぶりつこうと大口を開けたところで、ガン見してくるチビっこいガキンチョと目が合った。

 金貨のような髪と澄んだ空色の目が、外国の人形みたいでびっくりする。

 生唾を飲み込む様子がおかしくて、手に持った食い物を上げ下げすると、ちっちゃくて綺麗な顔も上下した。

「…半分、食うか? 」

 聞いてみれば、驚いて固まった。

 零れ落ちそうな目が落っこちたら、受けて止めてやらなきゃなんないか。。

「こっち来い。いっしょに食おうぜ」

 手招きしてやると、嬉しそうに笑った。が、どっかが痛むのか、歩き方がおかしい。

 やっとこさ隣りに座った手に、葉っぱで包んだほうを半分渡してやる。

 ちまちまと、ちっこい口でかぶり付いては、ほっぺたを膨らませるのが可愛らしい。

「ゆっくり食えよ。喉、詰まるぞ」

 飲み物も飲ませてやって、頭をガシガシ撫でてやる。

 時間をかけて食い終わるの待って、服の袖で口の周りを拭いてやった。

「もう帰れ。親が心配すんぞ」

 途端に何かを思い出したのか、泣きそうに顔が歪んだ。

「どした? 帰れねぇのか? 家はどこだ? 」

「…きょうかい。かあさん まだいないの」

(うー、言ってることが、今いちわかんねぇ)

 とりあえず、尖塔が見える教会に送っていくか。。

 腹一杯で眠りそうなガキンチョを背負い、人波を避けて外周路を歩く。

 他の場所は閑古鳥が鳴いているだろうに、ここはぶちまけたような混雑具合だ。

「ま、だいじょうぶだろ」

 のんびり歩いていた俺の後ろから、慌てたように回り込んで道を塞ぐ奴がいた。

 着ている服は、ビシッと決まったスーツ。

 俺の目には、ちょび髭の古い役者が着ていた、アンティークな三つ揃えに見える。

 ちょい斜めに被った粋な帽子が、気障に見えない男前だ。

「失礼するよ、君。わたしはその子の知り合いなのだが、君はその子を、何処へ連れて行く気だい? 場合によっては、考えがあるのだが…」

 まぁ、今の俺の格好といえば、ボロい上下に薄いローブ。胡散臭さ大爆発だ。

「…教会。このガキンチョが、きょうかいって言ったから、送ってやろうと思ってな」

「ほぉ、送って行くと。ならばもう、お役御免だ。知り合いのわたしが送って行こう」

 ほんの一瞬信用しかけ、クロならどうするかと考え直す。

 確かクロたちは、教会の運営する孤児院にいたはずだ。なら、答えは決まったな。

「俺のポリシー。 悪い奴ほど身なりが良い。簡単には信じるな。って事で、心配なら俺の後を付いて来い。こっちもお前は信用できない。ここで騒ぐなら、警備隊の詰所で話し合おうぜ」

 眉間に皺を寄せて片眉を上げるだけで、男前が一層男前をあげた。

 世の中、どっか間違っていないか。

「良いだろう。同行しよう」

 格好つけんじゃねぇ! と言いたいが、格好が決まってるから、どうしようもない。

(世の中、無常だ。こんちくしょうめ)

 もうすぐ教会という所で、門前をウロウロしているクロと鉢合わせした。

「やぁ、クロ。の届けに来た。お前んとこのか? 」

 いつものように気安く声をかける。

 滅多に見せないクロの心配顔が、爽やかに晴れ渡った。

(まずった、ここにも男前がいた。ハァ…世の中、不条理だ)

 やっぱりガキンチョは孤児院の子で、あんまり丈夫じゃなくて、皆して探してた。

 起こさないようクロに手渡した後、着替えを買いに広場へ引き返す。

 どうゆう訳かついてくるスーツ姿の男前が、親しげに並んできた。

「勘違いして済まなかった。己の失態に謝罪の言葉もない。申し訳なかった」

 あっさり謝るところも男前で、ちょっと前にやらかした事を思い出して、凹んだ。

「別にぃ。俺ってこんなだし、疑われても仕方ねぇよ」

「…ふむ」

 顎に指の甲を当てて考え込んだ男前が、俺の服を観察する。

(やめてくれ。凹んでる現実が、もっと凹んで埋没する)

 居心地悪さマックスになる前に、どっかへ逃げてぇ〜。

「見た所、駆け出しの冒険者君だね。見かけない顔だが、この冬の就職先は、もう決まっているだろうか」

 男前のマジ顔に、ビビった。

(何だってんだ)

 立ち止まった俺と目を合わせた男前が、溢れるような笑顔を見せる。

「わたしはクレスト・パーカル。パーカル商会の、フラックス領支店長だ。話しがある」

 これが、クレスト店長と、俺たちの出会いだった。

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