第27話 *閑話 カツと 幸運の迷子
人によっては不快と感じる表現があります。ご注意ください。
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フラックス領は、木材と冒険者で成り立っている。それだけが原因ではないだろうが、陽の高い時間帯は街から人の気配が消える。
冒険者のほとんどが街の外へ出て行くから、昼間はどこも閑古鳥が鳴く。
冬が迫った今日この頃。
懐の暖かいベテラン冒険者は、南に下がったウロライの城下街へ移動する。
フラックスの街に残る大半の冒険者は、冬季だけ商店や工房に雇われた者だ。
その他の中堅冒険者は、冬山から下りてくる大型の魔獣を狩って生活する。
(俺たちぺーぺーには、関係ないことだがな)
今は臨時パーティーで受けた依頼が、ケイとカツの懐を温めていた。
(あー、小遣い以外は、ケイに管理してもらってるが)
シノブに有り金を持ち逃げされた時は、詰んだと絶望した。
ギルドの救援処置で装備を借り、コツコツ依頼報酬で、借りた装備の使用料を返す事になったが、情けないやら悔しいやらで、周りが全部敵に見えた。
最初にクロから声をかけられた時は、年下のガキに馬鹿にされるのかと腹が立ったし、緊張もしたが、クロもリオンも気持ちのいい奴らだった。
パーティーメンバーのアイラお嬢ちゃんは苦手だが、口調が素のままなら仕方ない。
同じ転生者らしいランカは見かけが子供なだけで、たぶん中身は大人だ。
(どっかで見たような設定だな)
ステータスボードの年齢は変更不可だった筈なのに、どうやって若返ったのか気になるが、相手は大人だし女性だ。直球で聞くのは難しい。
大人な女性は苦手だから、カツは柄にもなくランカの前で猫を被った。
(…手遅れかもしんねぇな)
カツを笑うケイも、ランカと対等になる度胸はないようだ。自分ではままならない本能で、ランカに遠慮するのは仕方がない。その点、人見知りでおとなしいモスミットは、緊張しなくて良い。話しやすいので何よりだ。
ドワーフの女の子が、こんなにも小さくて可愛いなんて知らなかった。
側にいると、確実に心拍数が上がる。
ケイもモスミットが気になるのか、格好をつけているのが丸分かりだ。
そんなこんなで過ごすうちに、忌々しく思っていた神の箱庭が、この世界が、いつの間にか嫌ではなくなっていた。
転生させられた時は、糞野郎の神を嫌悪したし、怒りが収まらなくて、暴れてやろうと無茶をしたのに。。
「完璧な問題児だったよね」
「…うっさいケイ」
依頼の帰りにかけてもらった清浄魔法は、シャワーを浴びたように気持ちよかった。
リオンたちと依頼を熟すうちに、宿屋で泊まれる余裕ができたと、ケイが言った。
なんだかマトモな人間に戻れたようで、嬉しかったよ。
今では宿の風呂場が使えるから、疲れも溜まらなくなった。
フラックス領は温泉が湧く療養地だったそうで、宿の風呂が無料なのは助かっている。
根を詰めて依頼を受けること、三週間。
ずいぶん資金が増えたと言って、ケイにまとまった小遣いをもらった。
自分のために使って良いと言われても、何を買えばいいのか決まらない。
「…もったいなくて、使えねぇ! 」
思わず叫んだら、ケイの奴が腹を抱えて笑いやがった。
(うん。自分でも笑えるわ)
昨日。いい加減に休養を取ろうとリオンに言われ、今日が初めての休みだ。
懐具合に合わせ、ひとりで買い物に出てみれば、人の少なさに驚いた。
「冒険者の街だからねぇ。まぁ、今日は市が出るから、半円広場に行ってみな」
のんびりと串焼きを焼いていたおばちゃんが、教えてくれる。
「ありがとな、おばちゃん」って言ったら、目を剥いて怒られた。それからは、充分に年を取ったばぁさんにだけ、おばちゃんと言うことにした。
おねぇさんとおばちゃんの境目が、いまいちわからん。
半円広場に、今年最後の市が出ていた。
結構な人出に、ちょっと驚く。
「街じゅうの人が集まってんのかね」
噴水も何もない、だだっ広いだけの半円広場に、どぎつい原色のテントが並んでいる。
他の街なら収穫祭かな。
香ばしい匂いや甘い匂いに、祭りの屋台を思い出した。
「ハァ…遠くまで来ちまったな」
お好み焼きみたいな物とラムネに似た飲み物を買って、人の波から抜け出した。
広場の外周にはたくさんのベンチがあり、買って来た物を飲み食いしている。
カツも空いているベンチに腰掛け、かぶりつこうと大口を開けたところで、ガン見してくるチビっこいガキンチョと目が合った。
金貨のような髪と澄んだ空色の目が、外国の人形みたいでびっくりする。
生唾を飲み込む様子がおかしくて、手に持った食い物を上げ下げすると、ちっちゃくて綺麗な顔も上下した。
「…半分、食うか? 」
聞いてみれば、驚いて固まった。
零れ落ちそうな目が落っこちたら、受けて止めてやらなきゃなんないか。。
「こっち来い。いっしょに食おうぜ」
手招きしてやると、嬉しそうに笑った。が、どっかが痛むのか、歩き方がおかしい。
やっとこさ隣りに座った手に、葉っぱで包んだほうを半分渡してやる。
ちまちまと、ちっこい口でかぶり付いては、ほっぺたを膨らませるのが可愛らしい。
「ゆっくり食えよ。喉、詰まるぞ」
飲み物も飲ませてやって、頭をガシガシ撫でてやる。
時間をかけて食い終わるの待って、服の袖で口の周りを拭いてやった。
「もう帰れ。親が心配すんぞ」
途端に何かを思い出したのか、泣きそうに顔が歪んだ。
「どした? 帰れねぇのか? 家はどこだ? 」
「…きょうかい。かあさん まだいないの」
(うー、言ってることが、今いちわかんねぇ)
とりあえず、尖塔が見える教会に送っていくか。。
腹一杯で眠りそうなガキンチョを背負い、人波を避けて外周路を歩く。
他の場所は閑古鳥が鳴いているだろうに、ここはぶちまけたような混雑具合だ。
「ま、だいじょうぶだろ」
のんびり歩いていた俺の後ろから、慌てたように回り込んで道を塞ぐ奴がいた。
着ている服は、ビシッと決まったスーツ。
俺の目には、ちょび髭の古い役者が着ていた、アンティークな三つ揃えに見える。
ちょい斜めに被った粋な帽子が、気障に見えない男前だ。
「失礼するよ、君。わたしはその子の知り合いなのだが、君はその子を、何処へ連れて行く気だい? 場合によっては、考えがあるのだが…」
まぁ、今の俺の格好といえば、ボロい上下に薄いローブ。胡散臭さ大爆発だ。
「…教会。このガキンチョが、きょうかいって言ったから、送ってやろうと思ってな」
「ほぉ、送って行くと。ならばもう、お役御免だ。知り合いのわたしが送って行こう」
ほんの一瞬信用しかけ、クロならどうするかと考え直す。
確かクロたちは、教会の運営する孤児院にいたはずだ。なら、答えは決まったな。
「俺のポリシー。 悪い奴ほど身なりが良い。簡単には信じるな。って事で、心配なら俺の後を付いて来い。こっちもお前は信用できない。ここで騒ぐなら、警備隊の詰所で話し合おうぜ」
眉間に皺を寄せて片眉を上げるだけで、男前が一層男前をあげた。
世の中、どっか間違っていないか。
「良いだろう。同行しよう」
格好つけんじゃねぇ! と言いたいが、格好が決まってるから、どうしようもない。
(世の中、無常だ。こんちくしょうめ)
もうすぐ教会という所で、門前をウロウロしているクロと鉢合わせした。
「やぁ、クロ。迷子らしいの届けに来た。お前んとこの落とし物か? 」
いつものように気安く声をかける。
滅多に見せないクロの心配顔が、爽やかに晴れ渡った。
(まずった、ここにも男前がいた。ハァ…世の中、不条理だ)
やっぱりガキンチョは孤児院の子で、あんまり丈夫じゃなくて、皆して探してた。
起こさないようクロに手渡した後、着替えを買いに広場へ引き返す。
どうゆう訳かついてくるスーツ姿の男前が、親しげに並んできた。
「勘違いして済まなかった。己の失態に謝罪の言葉もない。申し訳なかった」
あっさり謝るところも男前で、ちょっと前にやらかした事を思い出して、凹んだ。
「別にぃ。俺ってこんなだし、疑われても仕方ねぇよ」
「…ふむ」
顎に指の甲を当てて考え込んだ男前が、俺の服を観察する。
(やめてくれ。凹んでる現実が、もっと凹んで埋没する)
居心地悪さマックスになる前に、どっかへ逃げてぇ〜。
「見た所、駆け出しの冒険者君だね。見かけない顔だが、この冬の就職先は、もう決まっているだろうか」
男前のマジ顔に、ビビった。
(何だってんだ)
立ち止まった俺と目を合わせた男前が、溢れるような笑顔を見せる。
「わたしはクレスト・パーカル。パーカル商会の、フラックス領支店長だ。話しがある」
これが、クレスト店長と、俺たちの出会いだった。
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