第19話 *初心者教習 クラッシャー その後
不快な表現があります。ご注意ください。
***** *****
「異常は ありません。衝撃で、手首を 軽く捻挫 しただけ です」
緊急事態かと駆けつけた治癒士は、息を弾ませながらカツの手首を治療して言った。
「初心者が よく、やらかし ます から」
色々な騒動で、午前が終わってしまった。集合と班分けしか熟せなかったのに、とても疲れている。
「昼食後、実力判定と装備品の確認を班ごとに行う。各自遅れないように。解散」
主任教官のジャスパーも、心なし上の空だ。無理もない。隙あらば詰め寄るシノブに、うんざりしている。魅了が効いていないのに、めげない性格が羨ましいくらいだ。
今日を含めて、二日と半日。
(うん。ご愁傷さまです)
怪我が治ったカツは、自分達以外を無視する事に決めたらしい。
無視の範囲は、シノブが追い出したケイも含むらしく、主任教官のジャスパーを追いかけるシノブを、カツも追いかけて行った。
「ランカ、モスミット。一緒に昼飯しよう」
微妙な雰囲気を気にせず、リオンが誘ってくる。棒立ちのケイをそのままにできないランカは、モスミットに目線で伺いをたてた。
「…いいよ、ランカに任せる」
『…良いのですか? ランカ。揉め事の原因になりますよ』
サポの言い分も解るが、自分に置き換えれば、切ない。
『ごめん、サポ。放っておけないの』
『……わかりました。ランカですから』
何だか釈然としないが、認めてくれたと解釈しておく。俯いたままで、動こうとしないケイの前に立つ。
「ねぇ、食事に行こう。お腹が空いたら、頭も働かないよ」
驚いて顔を上げたケイに、笑ってみる。
「行こう? 」
泣きそうになる顔を見て、ちょっと引いた。
「…お金 持ってない」
「え? 」
「ぼくたちの稼ぎは、シノブが全部持っていくから…」
ケイの返事に顔が引きつった。
(あの、おんな、許せん! )
黙ったランカを見て、ケイが息を引く。心の叫びで顔が強張ったらしい。が、怯えないでもらいたい。
「同郷のあなたなら、貸しにしとくわ。取り上げられたら、ダメだからね」
小声でささやき、ベルトのポーチから銀貨を数枚取り出して、誰にも見えないようにケイに握らせた。セレナからもらった支度金の一部だが、許してくれると思う。
節約すれば、何日かは生活できる筈だ。
「あ りがどう」
硬貨を握りしめて、ケイは頼りなく笑んだ。
「行こう。 これからの話しも、しようか」
*****
モスミットお奨めの食堂は、奥に個室を備えていた。馴染みの客しか通さない部屋は、窓から綺麗な坪庭が見える。本当に狭い庭だが、北風を防ぐ壁の色タイルが暖かい。他所では枯れた晩秋の花が群生して、女の子が喜びそうな景色だ。
「うまい」
ゴロリとした根野菜と柔らかな鳥肉が、金色のスープから顔を出して湯気をあげる。太めのパスタも味を吸って、モチモチ感がちょうど良かった。
「…生き返る」
半泣きのケイが不穏な事を言い、皆がなんとも言えない顔を見交わした。
「俺たち、協力して行けると思う。なぁ、クロも思うだろ? 」
熱々の口を冷たい果実水で冷やし、リオンが話し出す。
「僕も、そうありたいですね。何だか色々と起こりそうですし…」
「わたくs…も、同じ思いです。ランカとモスミットは、お友だちですもの」
足元のサポが、ケイに視線を向ける。ランカはモスミットと見交わして、頷き合った。
「ありがとうアイラ。クロもリオンも。…それで、ケイの事なのだけど」
名前を呼ばれたケイが、スプーンを咥えたまま動きを止めた。
「パーティーから外されてソロになれば、教習は受けられないでしょ? なら今回だけ、わたしたちと組むのも良いかしらって思う」
スプーンを置いたケイが、顔を伏せた。
「ありがとう。でも、あいつら無茶振りしてくると思う。…だから、今回は教習を諦めるよ。ギルドに頼んで、街の仕事を斡旋してもらう。もちろん、あいつらとは離れる」
領外から来た亜人種に、街中での仕事はほとんどない。ランカは成り行きで上手くいったが、珍しい部類だ。
これから寒くなる季節だ。ギルドでの依頼は少なくなるだろうし、身入りの良い依頼が回ってくるとは思えない。
どうにもならなくなる前に、生活の糧を手に入れてもらいたい。自立の道を掴み取れたランカにとって、他人事とは思えなかった。
「教習料金は払ったでしょ? それならもったいないわ。たった二日の臨時パーティーだもの、何とか凌ぎましょう。放っておけない訳なら、分かるでしょ? 」
否応無く放り込まれた世界だ。同郷というだけで、なにかしら捨て置けない。
ランカの真剣さが伝わったのか、ケイの瞳が涙で揺れた。
「いいのかな? 迷惑をかけるのに…ごめん。よろしく お願いします」
微妙な表情を貼り付けたリオンたちが、確認するように互いの目を合わせる。
「そうね、ケイはランカと顔見知りのようですし、わた…しは、協力しますわ」
「僕も異論はないよ」
「うん。面白そうだし、良いんじゃないか? 」
リオンの煽り体質に、物申したいランカだ。
*****
集まった訓練場に、シノブとカツは、まだ来ていなかった。
「教官。ケイの事で相談があるのですが、よろしいですか? 」
打ち合わせをしている教官たちに、声をかける。
「どうした、嬢ちゃん。なんか揉め事か? 」
口調が元に戻ったボランは、翠の獣眼に笑みを溜めた。
「いえ、ケイの事で、お願いがあります」
意味深長に目配した教官たちが、聞く体制になる。
「浮いてしまったケイを、教習の間だけメンバーに迎えても良いでしょうか」
明らかに、間が空いた。
「絶対に揉めるぞ」
(ボラン教官。絶対と保証しないで…)
ちょっと泣きたくなるランカだ。
「俺たちも、協力しますよ。…できるだけ? 」
疑問符のリオンを、アイラが小突く。
「それなんだが。…抜けたケイの教習料金を、返金しろと揉めているらしい…」
一瞬意味が解らなくて、顎が落ちた。事態が飲み込めて、怒りが湧いてくる。
「ケイ…」
「な なに? 」
料金を叩きつけて来い、とは言えない。そんな事をしたら、有り金ぜんぶ巻き上げようと荒れるだろう。
「教官に、ケイからお支払いしたら、良いんじゃないかしら? きっと」
とってつけたランカの口調に、黙って頷いたケイが、銀貨一枚をチェリンに差し出す。
「よし! 受け取った」
そのまま駆け出したチェリンを見送って、基礎訓練が始まった。
小剣は片手で扱う分、初心者は手首の故障に泣く。武器云々の前に、先ずは身体強化を完璧に操作する事から始めるらしい。
「魔力は練るほど濃密になり、使い辛くなる。だが、繊細な操作を身につければ、練り上げた魔力でも、容易く魔法を発動できるようになる。では、始め」
ジャスパー主任教官の号令で、それぞれ身体強化の状態になる。
「どれだけできるか確認する。止めと言うまで続けるように」
『端から鑑定をかけていますね。ランカの魔力操作に矛盾が無いよう、干渉します』
隙の無いサポに丸投げする形で、魔力を操作していった。
「ほぅ、慣れているな。これなら大丈夫だ」
ランカもモスミットも合格で、ジャスパー教官に褒められた。ケイは初めての魔法で、ボラン教官と個人訓練だ。なかなか筋が良いと言われ、テンションが上がっている。
身体強化の維持ができるようになった者から、打ち込みの練習が始まった。剣を構えて待っているジャスパー教官を目掛けて、順番に打ち込んでゆく。アイラは精霊術師見習いだったらしく、自前の短杖で参加していた。
杖の上部に埋め込んだ薄水色の石が、打ち合う度に光を散らし、とても幻想的だ。
リオンの打ち込みは年齢のわりに豪快で、クロの小剣は剣舞のように綺麗だった。
チェリンが帰ってきた時点で、パーティーごとに別れて担当教官と打ち合いになる。
モスミットのメイスがチェリンと打ち合って、木製とは思えない打撃音を立てた。
「いいね、よく訓練している。普段の成果か? 」
褒められて嬉しそうに笑んだモスミットの顔が、戦闘的で、ちょっと怖い。
「次、ランカ。 来い」
スライムを斃した感触を思い出し、小剣を振る。思いの外、空を切る鋭い音がした。跳ね返されて手が痺れる。が、あまり痛みはない。
斜めに切りおろし、素早く横に払う。
「変わった剣筋だ。けど、いいね。ブレがない。 よし、止め」
心底楽しそうなチェリンが、ケイに向き直った。
「経験は? 」
「ありません。 ごめんなさい…」
オドオドと落ち着かないケイに、チェリンは笑いかけた。
「謝らなくて良い。なら、構えてみろ。あ、モスミットとランカは、クロがやっている素振りを。始め」
無心に素振りするクロが、騎士のように見えた。じっと観察して、なぞるように小剣を振る。モスミットも小剣に持ち替えて、真剣に振り始めた。
「ちょっと! どうして先に始めるのよっ」
シノブの荒々しい声が、訓練場に響いた。
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