第18話 *初心者教習 一日目 クラッシャー?

不快な表現があります。ご注意ください。

***** *****

「パーティーの専属教官を発表する。クローバーのランカ、モスミットは、チェリン教官の担当だ。明日への翼、クロ、アイラ、リオンは、わたしが担当する。…パーティー勇者のシノブ、ケイ、カツは、ボラン教官が担当だ。それぞれ別れt」

「納得できません! わたしたち勇者の担当は、主任教官が妥当です」

(うわぁ、自分で勇者って、言っちゃったよ)

 思わず精神に衝撃を受けたランカだ。

 ジャスパー主任教官を遮ったのは、転移初日でランカを排除したエルフの少女。心が痒くなる展開に、顔が引き攣る。

「のぼせるな。教官の指導に異議は通らない」

 きつい返事に目を見開いた少女は、ショックを受けて胸元に両手を当てた。

 シャラリと音を立て、色取り取りの石を連ねたブレスレットが光を反射する。

「酷いわ、どうして怒るのか分かんない。思った事を言っただけなのに。ねぇ、依怙贔屓なの? そんな姑息な事するんだ 」

 とてつもなくフライングする言葉に、ナンチャッテ唯我独尊の同輩を思い出した。思い通りにならないと影で根回しして、こっちを嵌めてくる手合いだ。

「何を言っている。我儘も大概にしろ」

 諭す主任教官を見て、集合時間に遅れた理由を察した。慇懃無礼なラリマーに、お疲れ様と言ってあげたい。

「そいつら、強いのか? 俺らより強いなら、まぁ、譲ってやっても良いけどよぉ」

 主任教官を物扱いするような、意味が分からん奴が、もうひとり増えた。

「止めようよ、ふたりとも。なんか、恥ずかしくない? 」

「ケイ、黙りなさい! ぐちぐちとうるさいのよ。何で急に良い子ぶってんの」

 止めに入った少年に怒鳴りつける少女が、異星人に見える。

(異星人に悪いよね……わけ分からん)

「俺たちが強いなら、大人しくするって? 」

 心底楽しそうに声を上げたリオンは、茜色の髪を掻き上げた。

「俺は、明日への翼で、前衛を任されているリオン。教官を無視して偉そうなお前。どっちが強いか、殺ってみる? 見たところ、あんまり強そうには見えないけど」

 完璧に煽っている。

「なっ ふざけんな! 俺たちは、勇者だ」

 赤面ものの受け答えに、周りが肩を落とした。 

「お前たち、勝手に決めるな」

 一方ジャスパー主任教官は、止める気が失せた感じで仲裁を口にする。

「良いぜ、初っ端からハッキリさせなきゃ、解んねぇだろうよ。無駄な時間も省けるし、いいんじゃね? なぁ、シノブ」

(訳わかんない! なんで時間云々って、あんたが言うのよ)

 心の中で、思い切り疲れるランカだ。

 モスミットはランカの後ろで小さくなり、周りのみんなは、げんなりしている。

「ジャスパー。こいつらにやらせれば? 身に染みて分かるだろうし」

 相当頭にきているチェリンが、口を挟んだ。

「リーダー。俺も、やらせてみれば良いと思う」

 ボランにまで言い切られ、ジャスパーは天を仰ぐ。

「…良いだろう。ただでさえ無駄に時間を使っている。代表ひとりを出して、三回戦。先に二回勝った方が勝者だ。やってみろ」

 明日への翼からはリオンが、勇者からは、偉そうな態度のカツが進み出る。場所を空けた集団から距離を取り、残りの勇者パーティーは壁際に離れた。

 シノブの「公平な人が良い」と言う言葉を受け、主任教官のジャスパーが審判に立つ。

 リオンはロングソードの木剣。対抗したのか、カツも同じ木剣に取り替える。

 準備運動がてらに軽々と剣を振るリオンに対し、張り合うように木剣を振ったカツは、思い切り剣の重さに振り回されていた。

「両者構えて。 始め! 」

 大きく振りかぶって、そのまま打ち掛かったカツの手首に、リオンの手刀が入る。軽い音をたてて、木剣がふたりの足元に落ちた。

 唖然とするカツの首筋には、リオンの剣先が突きつけられている。

「勝者、リオン」

 何が信じられないのかと、大声で問い質したくなるびっくり顔を、初めて見た。

「待てよ、今の無しだ。おかしいだろ」

 おかしいのがどちらなのか、首を捻りたい。

『ランカ おかしいのは、言った本人だと思うのですが…』

『うん、そうよね、サポ。同郷の人間だと思うのが、恥ずかしいレベルだわ』

 やり直しを主張して聞かないカツに、リオンが構わないと了承した。

「今度は本気だからな。辞めたいなら許してやるぞ」

 しっかりと剣の柄を握ったカツが、剣先を震わせながら正眼に構えて言い放った。

「別に、納得するまで付き合ってあげるけど? 」

 ぷらぷらと振っていた剣を肩に担ぎ、リオンは首を傾げる。

「両者構えて、 始め! 」

 さっきの失敗が堪えたのか、突っ込むのを止めたカツは横に移動し始めた。じっと立ち尽くすリオンを中心に、ぐるぐると周回し始める。一向に攻めてこないカツが煩わしくて、リオンがため息を吐き出した。

「なんか、面倒くさくなってきた」

 飽き飽きしたリオンの呟きと同時に、背後からカツが剣を振り下ろす。脳天を直撃するかと思ったカツの木剣は、打ち上げたリオンの剣に弾かれ、弧を描いて壁に当たり、土床を跳ねた。

「い゛っでぇ! …痛い いた゛いぃ ったいよぅ 折れた かも 痛 い」

 両手を抱き込んで蹲ったカツが、泣きそうになっている。

「そりゃ まあ、あれだけ柄を握り絞めていたら、打ち合った時の衝撃が なぁ」

 何とも言えない呆れ顔で、リオンは頬を掻いた。生き返る前の空間で、いったいどんな技能スキルを取得したのかと思う。

 転移して初めての日。魔力もあって魔法技能スキルもあったランカだが、簡単に発動する魔法はなかった。底上げした技能スキルも、実戦で身体に覚えさせないと上達しない。

 スライム相手に戦って生えてきた短剣術の技能スキルも、実戦で使った分しか熟練度レベルは上がらなかった。技能スキルを取るだけでは使い物にならない事を、知らない筈はないのだが。。

「おかしいわ。何かズルしているでしょ! 本当に強いなら、奴隷商になんか捕まる筈ないもの。絶対にズルしている! 」

「……うっざぁ。この女 とことんうざい」

 遠慮のないリオンの呟きも、聞こえていないようだ。どうあっても、負けを認めたくないらしい。

「ケイ! 今度は、あんたが行きなさいよ! 」

 これは全敗するまでやる気だと、その場にいた者すべてが思った。

「何で僕が? やだよ。勝てるわけがないでしょ」

 ケイと呼ばれたおとなしそうな少年は、両手を振って拒否した。半分涙目だ。

「なに逆らっているのよ。行かないならあんたなんかいらないわ。パーティー抜けてよ。役立たずなんかいらないわ! ソロでやって行けば良いのよ」

「なんで? なんでいつも…… 」

 蹲って痛いと泣く、偉そうだったカツ。シノブの命令に、初めて反抗したらしいケイ。どこまで迷走するのか、支離滅裂なシノブ。

「良い加減にしろ。今回の依頼は三組だ。ソロで一組増やす訳にはいかない」

「そんなぁ」

 途方にくれるケイを無視して、シノブはリオンに詰め寄ると、上目遣いで見上げた。

「あなたって、強いのね。良かったら、わたしのパーティーに迎えてあげても良いわよ」

「は? 」

 惚けるリオンに、魅惑のポーズをとるシノブ。さっきまでズルだと言っていたのは、どの口だったのか。勇者パーティー以外の皆が、うんざりと目線を反らせた。

 行動のすべてが、自分にだけ都合良く進む筈がない。主人公でもないのに、思い違いも甚だしいと思う。

(まさか、ゲームのつもりじゃないでしょうね? )

 あの神は「君たちの好きなゲームだ」と、言った。

 神の箱庭が架空の世界で、生き返った者が駒であるなら、ここはゲームの世界だ。馬鹿げたパーティー名も、ある意味間違ってはいない。間違っていないかもしれないが、自分を鍛えて高めない限り習得は不可能だ。それを、彼らは、分かっていない。のか?

『ランカ。状態異常をもたらす魔力を、感知しました。解除しますか? 』

 惚けていたリオンが、いつの間にか恍惚とした表情でシノブと見つめ合っていた。辺りを見回せば、みんなの表情も微妙におかしい。

『…ひょっとして 魅了? うぇぇ サポ、解除して』

『了解』

 すっと立ち上がったサポが、威圧を込めて咆哮した。身体中に振動が突き抜け、思わずへたり込みそうになる。後ろで可愛い悲鳴をあげたモスミットが、腰を抜かした。

「だいじょうぶ? どっか痛くした? 」

「うぅん、だいじょうぶ。 何だかびっくりして、吹っ切れた気分? 」

 いろいろと驚きすぎて、引っ込み思案が吹っ飛んだとモスミットは笑った。

「! び びっくりした」

 瞬きしたリオンは、鼻先まで近づいていたシノブから、慌てて後退さった。不思議そうな顔をするシノブに、やはり魅了を使ったのかと思う。辺りを見回したシノブが、原因はランカなのかと睨んでくる。

「…あんた、やっぱり邪魔だわ」

 魅了が掛からなかった理由に、気づいたようだ。

(…やだなぁ 穏便に暮らしたいだけなのに)

 こういう場合、目を反らすのは良くないと思い、無表情を維持する。

「そんなに、わたしの事が妬ましいの。あの時も思ったけど、無様な女ね」

 見つめるシノブの目が、赤く変化した。 

『先程と同じ、状態異常誘発の魔力を、感知しました。継続遮断に切り替えます』

 足元にすり寄ったサポが、警戒態勢にはいる。

『危害は加えないで。後々揉め事になりそうだから』

『了解です…いちいち面倒なので、封印してもよろしいですか? 』

 サポの魔力行使は無限大だ。やろうと思えばできる。

『…ううん、神さまのギフトだから、勝手に手を下すのは良くないと思う。教習が終わるまで、妨害してくれる? 』

『はい』

 息を詰めて真っ赤になるシノブに、怪訝な視線が集まった。

「ズルい! あんたズルいわ! 滅茶苦茶よっ」

 思い通りに魅了が掛からず、シノブが叫び出す。周りは迷惑そうに距離を空けた。

 詰め寄られたランカも、痛い子に心がむず痒い。

「訳のわからない奴だ。チェリン。医療部から、治癒士を出してもらってくれ」

「了解です」

 蹲ったままのカツを見下ろし、ジャスパー主任教官は肩を落とした。

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