第17話 *初心者教習 一日目
不快な表現があります。ご注意ください。
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冒険者ギルドで待ち合わせたランカは、いつもと変わらないモスミットと、賑やかに挨拶を交わした。
朝の挨拶代わりにサポを抱きしめ、和むモスミット。あまりの愛らしさに見とれたのは内緒だ。
ランカに言わず、初心者教習の受講を決めたモスミットは、びっくりさせたかったと白状した。本当はひとりで参加するのが不安だったランカにとって、嬉しいとしか言いようがない。
モスミットの装備は姉のお古だが、鞄はセレナが見切り品として格安で提供した。収納庫機能は、きっちりランカと同じ容量だった。
気持ちが高揚したまま踏み込んだギルドは、冒険者で溢れ返っていた。ラリマーの窓口は、問題児の三人組が占拠していたので隣に行く。そこには、支払い窓口で見知ったサルファが座っていた。相変わらず、メリハリが凄いダークエルフのお姉さんだ。あまりにも妖艶すぎて、どこを見ても動揺する。
「おはようございます、サルファさん。今日は受付業務ですか? 」
モスミットも顔見知りらしく、サルファは片手を上げて挨拶を返した。
「おはようさん…ごめんよ、依頼受付の娘が風邪ひいちまって、代わりにあたしが座っているんだ。ン〜 あぁ、初心者教習だったか」
「はい。モスミットとパーティーを組みました」
ラリマーの手元から取り上げた束を繰って、一枚の書類を引き抜く。
「これだね」
すぐさま書類の束をラリマーに押し返して、差し出してくる。
「パーティー名は決まったかい? 」
昨日さんざん話し合って決めた名前を、パーティー欄に書き込んだ。
「クローバー? 」
「はい。サポも入れて、三人なので」
ぜんぜん強そうではない名前だが、三人で頑張ろうと決めた気持ちだ。
ある程度の素材収集なら領都の周りで充分だし、この領から離れるつもりも無い。
「装備の方は、揃っているかい? 足りなきゃギルドで貸し出すよ」
備品の目録は、昨日のうちにモスミットと確認済みだ。色々な物があって、結構ふたりで盛り上がった。
「セレナ師匠にも確認してもらいましたから、大丈夫です」
「そうかい、なら行っていいよ。使い魔も連れて行きな。メンバーだもんな」
渡された皮の紐には、番号札のタブと使い古した鍵が通っている。首から下げるように指示された。奥の訓練場にある戸棚の番号だと説明を受ける。鍵をもらい、階段横の扉を抜けた。以前、何の扉だろうと思った場所だ。
踏み込んだ幅広の廊下には、番号を振った縦長の戸棚が、奥まで並んでいる。
「これよね」
訓練場へ降りる階段の手前に、もらった番号を振った戸棚があった。すぐ側には比翼の剣の女剣士チェリンが立っていて、親しげに片手を上げる。今日も目の覚めるような青髪が、差し込む光に輝いていた。
「おはようございます、チェリンさん。友達のモスミットです」
予想外に人見知りだったモスミットと、腕を組んで挨拶する。舞い上がったモスミットは、アタフタしながら頷くように頭を下げた。
「あぁよく来た、チェリンだ。よろしくな、モスミット」
「はい。 おねがい します」
手足が同時に出そうなモスミットに、サポがすり寄って緊張を解す。
「ありがと サポ」
強張っていたモスミットの顔が、少し笑顔を取り戻した。
「荷物を片付けて、手に馴染む得物を持って行ってくれ。全員集合したら、力量を測る」
チェリンに教えてもらいながら、無理のない重さと長さのショートソードにする。あまり軽すぎても攻撃力が落ちるそうで、無難な物を勧めてもらった。
モスミットは、いつも愛用している物と同じで、模擬のメイスを選んだ。
「サポもおいで。パーティーメンバーだもんね」
サポを間に挟んで、なんとなくふたりして手を繋いで行く。
「ふはぁ、落ち着く」
すっかりとはいかないが、大分リラックスした声で、モスミットは呟いた。
硬く敷き詰めた訓練場の土床に降り立ち、その広さに圧倒される。
(うん、球場くらいの規模よね。天井が高い)
待たせてもいけないと、訓練場の中央にいる男を目指した。ゴツくて縦にも横にも大きいのは、依頼達成の窓口で踏み台代わりの木箱を貸してくれたボランだ。緑の髪と同色の獣眼が、笑みを溜めている。
「おはようございます、ボランさん。よろしくおねがいします」
「… しま す」
ランカにくっついたまま、モスミットも挨拶を呟く。
「良く来た、ふたりとも。あと一組揃えば始める。騒がず待つように」
講師らしい物言いに、ちょっと雰囲気が違う。思わず笑いそうになった。
「あの時のハイエルフ? 」
傍から声を掛けられて思わず視線を移せば、綺麗な銀髪の少女が、緩く編んだ髪を弄りながら歩み寄ってきた。サポを挟んで横にいたモスミットが、いつの間にかランカを盾にしている。
「あの時は、助けてくれてありがとう。お礼を言いたくて、今日が楽しみだったわ」
あの時、絶望で濁っていた薄緑の目が、若葉の朝露みたいに輝いている。
「わたくs わたしはアイラ。よろしく」
機密事項だが、良い所のエルフお嬢様だと思い出した。
「気にしないで良いよ。わたしはランカ。後ろの友達はモスミット。この子は、使い魔のサポなの。よろしくね」
アイラは後ろからひょっこり顔を出した銀髪の少年を、前へ押し出す。
「従兄弟のクロ。ちょっと人見知りだけど、頼りにはなる かも? 」
押し出された少年も、見事な銀髪だ。
夜空のように濃い青の目は、はにかんで潤んでいた。
「酷い紹介だよ、アイラ……クロです。感謝しています。ありがとうございました」
気にしないでと言うランカに、横合いから茜色の髪が割り込んでくる。
「俺からも感謝を。この恩は忘れない。ありがとな」
髪より薄い色合いで赤味がかった金の獣眼が、悪戯っぽく笑った。
「おーいリオン、僕のお礼が、まだ済んでないよ。せっかちだなぁ」
気安いクロたちの掛け合いに、思わず笑った。
「後ろのお嬢さんも、今日から一緒だ。俺たちと仲良くしてくれたら、うれしい」
ランカの肩越しに声をかけられたモスミットは、呆気に取られていた口を閉じて、リオンに頷きかえした。
「よろしくな、使い魔くんって…白虎じゃないか! すげぇ」
行儀よくお座りするサポを見て、リオンの声が裏返る。
「わ、幼体なの? 触りたい。かわいい」
表情を緩めるアイラに、サポが頭を差し出した。
「はわぁ」
軽くそっと撫でる手つきが、止まらない。目を上げたアイラに微笑まれ、モスミットも漸く自然な笑みを浮かべた。
「ランカもモスミットも、お友だちになってくれれば、うれしいわ」
「うん。とも だち」
最初の対応を良い感じで乗り切ったせいか、モスミットからは硬さが消えている。このまま穏便に進んで欲しいと、ランカは願った。
「それにしても、おっそいなぁ。何やっているんだか」
待つのに飽きたリオンが、少し離れてロングソードを振り出した。木の模擬剣だが、重さは本物と同等に調整されている。
「リオンは狼人なの。力だけはあるわ」
アイラの言い方では、力しか無いみたいに聞こえる。
「狼人は、筋肉で会話するらしいよ」
クロも交えて、サポを囲んだ四人は和気藹々と喋り続けた。喋りすぎて喉が乾いても、遅れているパーティーは一向に現れない。ランカたちより先に、窓口で手続きしていた三人組を思い出した。関わり合いになりたくなくて、見ないようにしていたが、問題児たちだったと思う。受付が執事もどきのラリマーだったのが、遅れている原因かなと疑った。
あれこれ無責任な意見を交わしていると、機嫌の悪いチェリンがやってきた。一文字に引き結んだ口が、何か言いたそうに動いている。
(うへぇ。嫌な予感がするよぅ)
チェリンの後方から近づいて来るのは、初めて見る冒険者と件の三人組だ。ランカたちはパーティーごとに纏まって整列し、正面を向く。
「私たちのリーダーだよ。今日からみんなの主任教官だ」
横にいるチェリンが、小声で教えてくれた。
主任教官が立ち止まった時、真正面だったランカの前に、エルフの少女が滑り込む。
鼻先を掠る距離に思わず後退って、モスミットにぶつかってしまった。
「ごめん、モスミット。大丈夫だった? 」
よろめいたモスミットを抱きとめているうちに、更に少年が割り込んだ。何もなかったように、振り向きもしない少女と、気にも留めない少年を、もうひとりが窘めている。
「うるさいわね。ぐずぐず言わないで、あんたも並びなさいよ。後ろのあんたも騒がないでね、時間が勿体ないから」
思わず顎が落ちた。完全に此方を舐めきっている。何か言い返せば、究極に面倒臭い事になるだろう。
横にいるチェリンが、拳を固めている。少女の後頭部を睨んで、ため息が出た。
黙って横に移動するランカの後ろを、モスミットも付いてきた。サポは動かず、チェリンの足元で座ったままだ。
眉を潜めた主任教官は、ランカが姿勢を正したのを見て前を向いた。
「待たせてすまない。比翼の剣リーダーのジャスパーだ。三日間の教習を受け持つが、精一杯務める。みんな、よろしく」
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