第16話 冒険者ギルド 再び…
「お久しぶりです、セレナ。お元気そうで、何よりです」
待たされる事なくギルドマスターの執務室に通されたランカたちは、素早い接待を受けて、極上のお茶を味わっていた。
足元のサポにまで、天然水が出されている。
「ええ、ありがとうラナ。あなたも元気そうで嬉しいわ」
対話の感じから、ギルドマスターよりセレナの方が目上な気がした。ふたりとも人族ではないので、年齢は考えないほうが良さそうだと判断する。
「早速、犯罪者の処分をお伝えします。本来なら領城の官吏から説明するのが道理なのですが、国軍の詰所など有象無象の巣窟ですから、近寄らないほうが良いと判断しました。誘拐犯と関与した奴隷商は、街の警備隊から国軍に引き渡されています。男爵とは言え、貴族が関与していますので、警備隊の管轄からは外れます」
フラックス領の街を警備する衛兵と、国境を警備する国軍は身分が違うと、サポから念話が入った。国境警備の国軍は、王国から辺境伯に貸し出された中央騎士団の部隊で、領の衛兵はフラックス辺境伯の私軍だ。
街の衛兵は近隣から志願した農村の若者たちが中心で、人族の割合が少ない。閉鎖的な村にそぐわない者や、子沢山で生活が大変な農家。流れ者がフラックス近辺の村に住み着いて、自立や安定した収入を得るため衛兵に志願する。対して国軍は、貴族の三男以下が入隊する。官吏や宮廷騎士団から漏れた子息が殆どで、成人と共に貴族籍から外れるのを厭い、騎士団より格下の国軍に志願した者で編成されていた。
次男ならば長男に後継が生まれた時点で、他家に政略的な婿入りをしたり、能力によって城勤めも可能だ。だが三男以下は、余程良い後ろ盾を得ない限り、うまい話は少ない。
実力があれば王城の騎士団に推薦され、秀英であれば文官への道も開けるが、どちらも月に梯子を架けるほうが現実的だろう。
無駄に突っかかってきた小隊長のスタロウ・オーツは、上位貴族の三男だ。本来なら、身分だけで宮廷騎士に成れる筈だが、祖父の側を選んだらしい。
「あなたたちを監禁していた男は、ケルビム・マカライド男爵です。ウロライにいる辺境伯の寄り子で、フラックス領の財務補佐官でした。役職は剥奪されましたが、男爵の正妻は辺境伯の次女です。ウロライの領城に護送された後は、無罪になるかと…」
人族至上主義のこの国で、マカライド男爵が罪に問われる確率は低い。
「辺境伯家御用達で、奴隷商のコラン商会代表のコラン・ドリッツも、ウロライに護送されます。御用達商人の裏側で奴隷商を営んでいたようですが…先日、準男爵に陞爵されていますので……わたしが伝えられるのは、ここまでです」
消化しきれない嫌な感情は残ったが、直接に訴える術はない。ランカも、穏やかに暮らせれば上々だと思った。
「分かったわ。とりあえず今は、それで落ち着くでしょう。で、ランカの初心者教習だけど、教官や他の受講者の情報は貰えるのかしら? 」
「ええ、決定しましたので、これを。他の受講生には、配布済みです」
書類を受け取ったセレナは、じっくりと目を通していった。一枚見終わるごとに、ランカに手渡してくれる。
教習は三日間。座学は無く、実習と体験学習が中心だ。
(初日が実力判定と、装備の点検補充。武器の貸し出しもしてくれるのね。二日目が植生の確認調査。野営の実地訓練って、森で一泊かぁ。三日目は、森の浅い場所で魔獣の分布調査と、低レベルの魔獣討伐。うぅ…スライムなら良いな。マップの習熟を兼ねているのかな…あ、ギルドからの調査依頼だから、報酬が貰える! )
正規の調査依頼より安いが、熟練者に引率してもらえるのは運が良い。次に渡された書類は準備する備品の一覧で、揃わない物の貸し出しは可能と書かれていた。セレナが用意してくれた装備一式を、丸々書き出したような一覧表だった。
「師匠に貸してもらった装備ですね」
嬉しくて、思わず声が出た。
「何を言っているの? あれは師匠として、弟子にあげた教材よ」
照れ隠しに、セレナの目線が揺れる。
「師匠。…装備を、ありがとうございます」
思わず感謝するランカに、上品な笑みが返ってきた。
最後の書類には、臨時パーティーの組み合わせが書いてある。
「え モスミット? 」
今回受講するのは三組だ。ランカとモスミットで一組。後は三名一組のパーティーが、二組書かれている。
「モスミットの希望で、今回の教習に参加することになりました。後は、最近フラックス領に来た初心者パーティーと、あなたと一緒に監禁されていた子供たちです。一名を除いて、聖教会の孤児院預かりになったのですが、十五歳の成人までに、ある程度自立できるようにと、院長から要請がありました…」
なんとなく微かなため息を吐くギルドマスターに、嫌な予感がした。
「すみません。なにか、問題でも? 」
ランカの問いに、ラナは唇を引き結び、眉間に皺を寄せる。
「ラナ。問題があるのね? あなたがそんな顔をするなんて、資が悪そうね。まさか、悪戯に危険を引き寄せる者が、教習に参加するとでも? 」
気まずそうに目を逸らせたラナに、セレナは表情を消した。
「ランカの教習は見送ってくださいな。危険は少ないと言っても、ヴォーラ大森林は未開の森です。危機管理のできない者との同行は、拒否します」
セレナの過保護発言に、ランカは目を見開いた。立ち上がったセレナに、ラナも慌てて立ち上がる。
「セレナ…講師を引き受けたパーティーは、ランカの救出で活躍した者たちです。わたしの信頼に、必ず応えてくれます。どうか安全のために、ランカは参加させてください」
「ラナ! どういう意味かしら」
背中を伸ばしたセレナの視線を、ギルドマスターは真摯に受け止めた。口出しできないランカは、他パーティーの名前に視線を落とす。
(シノブとかケイとかカツって、やっぱり前世の名前っぽい。女の方がエルフで、男ふたりがダークエルフでしょ? マジか。監禁されていた時も、態度悪かったし…もし、あの人たちだったら、ヤダなぁ…ん? 安全のために参加…あっれぇ〜誰の安全? )
ランカの安全の為なら、セレナの言う通り参加しなければ良い。モスミットも今回の教習を見送るくらい、恐らく大丈夫だろう。それでも参加を促すギルドマスターの様子に、違和感が拭えない。
(なんか、奥歯に物が挟まったみたいで、気持ち悪い)
睨み合っていたセレナが、投げやりに息を吐く。
「ギルドマスター。ランカを利用する気なら、わたしにも考えがあります」
言葉に詰まって固まった後、ラナは飛び降りるように土下座した。
「最高機密ですっ! でっでっでも…話したら、協力してくださいぃ 」
冷や汗を流しながら、ギルドマスターは言葉を続けた。問題児パーティーが参加するものの、そちらは教習を行う為のカモフラージュらしい。問題児のひとりが、ランカと一緒に監禁されていたエルフの少女だと分かる。
(やっぱり? やだぁ)
最初からランカを排除しに来た少女だ。何があっても、仲良くできそうもない。ランカを巻き込む指令を出したのは、聖教会の孤児院院長だという。
一緒に監禁されていたエルフの子供たちは、山脈を越えたローランド連合国の要人と、深い関係にある者たちらしい。内乱で権力闘争が勃発した事を踏まえ、連合国の要人が中立の立場を宣言する聖教会へ、秘密裏に子供たちを隔離…保護して貰おうと、動き出したのだと白状した。
奴隷を販売した組織の拠点は連合国側にあるらしく、フラックス領にあったアジトは、引き上げた後だった。組員の行方も不明だ。
アジトからは、子供たちを売った連合国国家のいずれかと、購入した我国の者が交わした数通の密書が回収されている。用心を重ねた密書に署名は無い。ただ、子供を名指しで出荷するよう要請している。他の子供では替えがきかないため、再度の襲撃も懸念されるなか、妙な動きをする者たちが聖教会に探りを入れてきた。
聖教会の枢機卿である孤児院院長は、子供たちの安全を確保する為に、組織の殲滅を国軍に要請した。国境を挟んで軽々しく軍が動くなどもっての外だが、聖教会の要請は無視できない。内密に動くフラックス駐在軍司令官の指揮のもと、今回の作戦は発動された。
保護対象の安全を図りつつ囮にすれば、領内に潜伏する厄介な組織を殲滅できると、聖教会の枢機卿が提案し、軍司令官と手を結んでの立案らしい。ただし、現場の手配や殲滅行動に軍の兵士は出ない。街の衛兵と冒険者ギルドに、丸投げされた形だ。
王国の軍が動けば、隣国に対する侵略行為と、とられる恐れがあるという。本人たちの意見も身の安全も無視し、全くもって迷惑な話しが、今回の顛末だった。
売り手が減ろうが奴隷商人が捕縛されようが、客は塵ほども傷つかないというのに、肝心の買い手の悪趣味な奴らを、摘発する気はないようだ。
「…こちらを無視して、勝手にやってくれるわね」
元々亜人種など、道具程度に認識している者たちだ。こちらが腹を立てても、感情を理解する気持ちさえ持たない人種だ。
「最悪の場合、セレナたちになら機密を開示しても良いと、シラー院長が…」
「もぉぅ、むかつくわね。最悪の場合って何よ! 変態司教のくせにっ」
何気に不穏なセレナの言葉だが、拉致された子供たちに非はない。
「師匠。あの子たちなら、助けてあげたいです。若干一名、放置したいのはいますけど」
高飛車な顔見知りに近づくのは、かなり神経を削る。
「あなた、良い子すぎるわ」
安堵するギルドマスターと、苦虫を噛み潰す師匠に、ランカは苦笑して首を竦めた。
*****
「…良かったのですか? シラー卿」
古びた聖教会の外装からは想像できないほど煌びやかな室内で、国軍司令官セプター・バイライトはテーブル越しに問いかけた。対面のソファーでは、寛いだ姿勢の枢機卿がお茶を味わっている。
豊かな濃い金髪は背中に流れ、美味そうに細められた褐色の瞳と相まって、独特な雰囲気を醸し出していた。細面のかんばせに浮かんだ笑みが、匂うような色香を溢れさせる。
これが男だと解っていても、思わず見惚れた己が腹立たしく、セプターは眉を顰めた。
枢機卿でありながら辺境の聖教会に所属し、孤児院の院長に収まった男だ。セプターから見れば、フラックス領の懐に投げ込まれた危険物に等しい。
「嫌と言える立場ではありません。あなたも…でしょう? 」
セレナに命じて、否を封じるほどの男だ。何処まで見透かされているのか、恐くなる。だが、引けない己をセプターは笑う。
「何を指しておられるのでしょうか。戦闘以外、このような智略には疎いもので」
応えは無く、企んだような枢機卿の含み笑いが霧散する。
「…構いません。楽しませてくれるなら」
シラー卿の呟きに、嫌な汗がセプターの背中を伝った。
「食いつかねば、誰も先には進めない」
幾重もの意味に聞こえ、臍が凍える感触に、セプターは暫し息を殺した。
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