第15話 難解 魔法陣学
魔法陣学は太古に滅びた種族の遺物を、後世の学者が発見し、発見者を保護した聖教会が、長年にわたり発展させた学問だと言われている。
自然界の力に依る精霊術の発動原理や、体内に保有する魔力の錬成発動術、いわゆる魔法を体系立て、現象を引き起こす条件を図式化した学問だ。
精霊術は大気に含まれる精霊の力、マナを集めて奇跡を起こす。魔法は生物の体内に取り込まれたマナを濃縮し、練りあげてオドに変換させて奇跡を起こす。魔獣の核も、オドに変換された魔力の塊だ。
採掘される魔鉱石は、大地のマナが結晶化したものだが、地中の生物の魔力も取り込む為、オドに近い物になる。聖域で生じる精霊石以外に、混じり気なしのマナの塊はない。余談だが、精霊石は聖教会で全て管理されている。
聖教会は大陸全土に散在する聖地に教会を建立し、拠点にしている。各国の政には一切関与せず、信仰と規律に基づいて独立する巨大組織だ。
大陸に分布する数多の国は、百年前から都市をカバーする
平和なる国の礎にと贈られた魔道装置のお陰で、有事の際でも首都市は陥落しなくなった。ただ、動力に使用される精霊石は、聖教会への寄進や奉納に対し、謝礼として主神より下賜される品らしい。
過去において精霊石の代わりに魔鉱石を使用した都市は、なぜか防御の魔道装置そのものが崩壊したらしい。
個人で使用する
「魔法陣学は、いにしえに滅びた文明の文字を、解読する事から始まったの」
あちこちに脱線しながらの講義は、世情に疎いランカにとって面白い。国を牛耳る王や貴族。強力な魔導装置を国に譲渡した上で、その国の弱みを握る聖教会。なんだか黒くて、なんだか睨み合っている雰囲気に、対岸の火事を見る思いがする。
「御伽噺を信じて遺跡を探し当てた信者の学者が、文字とも思えない瓦礫を、聖教会に持ち込んだのが始まりね。聖教会は何世代もの時間を費やして、位階第四位の古代文字を解読したの。そうして時の聖女が、精霊石を顕現させる光の精霊術を授かった……なんてね、言われている」
セレナと向かい合う食卓テーブルが、座学の教室だ。講義の流れに従って、手擦れした分厚い本の一項目を開く。
一般の魔術師や学生が習得する第五階位の共通語文字の下に、第四階位の古代文字が描かれ、その下に第三階位の精霊語文字が書いてある。古代文字は英文の装飾された文字に似ているし、精霊語文字はヒエログリフに似ていた。
これほど複雑で難解なものを駆使するより、普通に魔法を使う方が楽だと思う。
「師匠。人族って、誰でも魔力を持っていますよね。遺跡を発掘する前って、魔法は使えなかったのですか? 」
サポとリンクしながら、疑問に感じた事を擦り合わせてゆく。種族別に魔力量の上限はあるが、誰でも生活魔法は使えた筈だ。
「基本的に精霊以外は、精霊魔法が使えないのよ。マナを吸収してもオドに変換するから、純粋なマナを扱う精霊術は使えないの。精霊術も魔法も起こる事象は似ているけれど、似て非なりと言えばいいのかしら。光の精霊術を授かった聖女は精霊と交信して精霊術を行使するの。精霊と仲良くなれた人族なら、精霊術を使える者も居るにはいるのよ。ほとんどが聖教会に勧誘されるけど。その他だと、国に仕える医官の中にもいたかしら? 大抵の医官は、水か光の属性魔法を治癒に変換していると聞くわ。変換する分、効率は悪いけどね。精霊術の方が治癒の効果は高いから、聖教会で治療するのが一般的。わざわざ魔法陣学を学ばなくても、生活魔法だけで暮らしは成り立つもの」
自分の
初の魔道具師が莫大な富を手にした瞬間、魔法陣学は脚光を浴びたそうだ。
最初は遺跡などで発見した魔法陣をそのまま複製し、錬金術師が片手間に道具を作成して利益を得ていた。それらの中から古代文字を習得して独自の魔法陣を描く者が現れ、魔法陣を魔法式として売り出し始めた。
独自の魔法式を秘匿する為に、分解不可能な魔道具まで作成するようになり、錬金術師から分かれて魔道具師が誕生する。それらの先駆者は、独立したギルドを立ち上げた。
「それなら、錬金術師は皆、魔道具師になれるのですか? 」
単純な疑問だ。錬金術師が魔道具を造れるなら、わざわざ独立する必要はない。
「錬金術と魔工技術が揃ってこそ、魔道具士になれるの。職業にふたつが揃えば、間違いなく魔道具士になれるけど、どちらかが欠けているのなら、相当の努力が必要ね。欠けた
スライムを殲滅した時に生えてきた剣術の
『
『並みの鍛錬や修練の仕方では、難しいと思います』
ランカの考えでは甘かったらしく、サポの駄目出しが入った。
「職業が錬金術士ではなくても、錬金術が
「なるほど…」
とんでもなく困難だが、セレナの効率的な指摘に納得した。
「魔法陣学と平行で、付与魔法も育てなさい。付与魔法を極めて転写魔法を習得すれば、後が楽になるわ」
黙々と文字を書き写し、サポの誘導でランカの記録領域に保存する。
昔から暗記は苦手なランカだ。長文ならスルリと覚えるランカの脳は、単語や地名の暗記を拒む。頭が白紙になる。丸投げで記録できる領域の便利さに、ランカは楽を覚えた。
『ふひぃー、楽勝』
指定記憶の
『お願いサポ〜、助けて、ズルさせてぇ』
サポのため息が聞こえたような…。
『できるだけ、自力でがんばるからぁ』
…実体からのため息も、聞こえた。
古代文字で構築された魔法式は、魔物の核や魔鉱石を媒体にして発動する。
魔法式と核を別々に用意しなくても、魔力を込めたインクで書けば発動する。ただし、液体に魔力を込めて描いた文字は、効果が霧散しやすい。持って一日だ。
セレナ錬金工房で販売している魔法式のカードは、粉末状に砕いた魔鉱石を、粘り気のある薬草と混ぜて練り、形成したあと貼り付けている。透明なスライム製の密閉シールを剥がして外気に晒さない限り、数年は持つ。
(さすが師匠だ。工夫がすごい)
魔法式は、方向付けを明確にするだけで、望む現象を引き起こす。
簡単な魔法式を書き込んだ魔道具は、体内魔力が乏しい者でも扱えるので、一般の人々や、初級冒険者にとって必須だった。
「ふぇ〜 きついぃ」
頭が沸騰して、記録領域に文字を保存する集中力を拒否する。くたりと頭を垂れるランカに、セレナは薄く笑った。
「まぁ初日だし、これくらいにしましょう」
先に風呂を勧められ、精神的に消耗して風呂場へたどり着いたが、今はバラの香りに包まれて身体も頭も心もほぐしている。
『初心者教習のあいだに、できれば
洗濯桶に張ったお湯に浸かりながら、緩みきった様子のサポが言う。とてつもないズルだが、元が平凡で平均値なランカには底上げが必要だ。
『…魔道具で広範囲の防御壁を展開するのよねー。ん〜…なんで、魔鉱石じゃだめなのかな。魔鉱石の元もマナからできている、オドも元々はマナからできている。どこが違うのかな。精霊石なんて、見たことないし分からないけど』
『…残念ながら、女神の領域でも接続できません。おそらく不可侵領域の事柄です。箱庭の住人には、知り得ない知識なのでしょう』
しばらく女神の領域を検索していたサポが、首を振った。
『あの神さま、結構意地が悪い? でも神さまって、あんな感じなのかな…なんで私たちがって思うけど、これも慈悲? 無様に生きて楽しませよ。なんて、本物の神なの? 根性悪が神さまの様式美なの? 女神さまの気まぐれって、こっちも分かりにくい…はぁ、疲れたよ』
目まぐるしく過ぎた幾日かに思いを馳せて、盛大にため息が出た。
『静かに暮らす筈だったのにね。上手くいかないわ』
香り高いバラの湯気に、幾つもため息が混ざり込む。
「…永い老後に備えて、がんばるわぁ」
逸れ続けるランカの思考回路に、サポもため息を吐いた。
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