第11話 拉致 監禁は 犯罪です

 日が沈む前に、ランカは冒険者ギルドまで帰って来た。常設依頼の薬草もたくさん採集できた。

 この時間。依頼を達成した冒険者でギルドは満員だったが、目立たないようにフードを被り、買い取りカウンターの端の列に、こっそりと並んだ。

 子虎のサポは、踏まれたら危ないと判断して、ギルド横の路地で待機している。

 冒険者の大半が獣人族で、しなやかな肢体の者から厳つい体格の者まで様々だ。ただ、想像していたような、猫耳だの兎耳だの尻尾だのは無く、見掛けは人族と変わらない。

 何と言うのだろう。醸し出す雰囲気と言うか、纏っている種族の根源と言うか、鑑定を発動する迄もなく、簡単に人族ではないと見分けがついた。

(…割とエルフも多いよね)

 ある意味、耳で種族が分かるエルフのほうが、一目で判別できる。人間観察…獣人観察に夢中になっている間に、前の人が依頼達成の木札を貰って移動した。

 支払い窓口は奥にあるようだ。同じような木札を持った冒険者が、階段下の通路に消えて行く。

「次の方、どうぞ」

 受付嬢は猫系の獣人かもしれない。愛くるしくて、メッシュの金茶の髪が艶やかだ。

「常設の依頼で、薬草を採って来ました。あと、スライムの外皮と魔石もあります」

 カウンターぎりぎりの身長しかないランカは、伸び上がるように爪先立ちになる。

「はい、大丈夫ですよ。全部こちらで買い取れます」

 鞄から出した包みを押し上げようとするランカの足元に、ちょうど良い高さの木箱が置かれた。

「無理すんなよ、嬢ちゃん。これ、使いな」

 振り向けば、見上げるような大男がいた。緑で縦長の瞳孔から、爬虫類系だと分かる。髪も深い緑色だ。

「ボラン、怖がらせないでよ。 ごめんね、お嬢ちゃん」

 大男の後ろから、若干小柄な大女? が顔を出した。こちらは見事な青い髪に、宝石のような青い獣眼だ。

「あ いぇ、ありがとうございます。使わせていただきます」

 パッと見は怖い。それでも気さくな人たちだと思った。ちょうど良い高さの木箱で、カウンターから顔が出る位置になる。採集した薬草と、スライムの素材を並べ、ギルドカードも手渡した。

「綺麗に採集しましたね。少し高めで買い取れますよ」

 防水紙に包んだ薬草は、採りたてのように新鮮だった。師匠を思い浮かべ、やはりただの紙ではないと遠い目になる。

 スライムの外皮は、叩き破ったほうの買い取り価格が下がった。綺麗にスパッと切れた物は、やや高いと説明を受ける。

 最初のほうは剣筋も何も滅茶苦茶で、棍棒扱いだったなと、またもや斜め上に視線が行った。魔石は標準価格で買い取ってもらえた。

「はい、先にカードをお返しします。それから、これを支払い窓口に出してください。階段下の扉を潜れば廊下です。開いている扉があれば、そこが使える窓口ですよ」

 今日が初日で初心者だと、見れば分かるのだろうか。随分と親切だ。

「はい。ありがとうございます」

 木札を受け取って箱から降りる。

「お兄さん、ありがとうございました」

 木箱を貸してくれた大男に声をかけ、後ろにも頭を下げる。

「いや、いいさ。礼儀の出来た嬢ちゃんだ。暗くなる前に、早く帰んな」

「はい」

 並んでいる列を大回りして避ける。変に横切って絡まれては、かなわない。

 階段下の扉を潜れば、意外と明るい廊下が伸びて、先入観で不安だったのが笑えた。

 廊下に沿ってズラリと並んだ扉は、ひっきりなしに開閉して、人が出入りしていた。

 すぐ近くで開いていた扉から、室内へ入る。

「入ったらすぐに閉めてね。次の方と鉢合わせするから」

「はい、すみません」

 もたもたしている内に、叱られた。随分と狭くて、細長い部屋だ。部屋の幅は、扉一枚分だろう。低いカウンターと椅子があり、カウンターを挟んで強烈な女性がいた。

 褐色の肌と、金の髪に金の瞳。長い耳に、めりはりが凄い受付嬢だ。

(…ダークエルフ )

 思わず息が止まった。

「なに?」

 不機嫌に顰めた眉も、色っぽい。

「いえ、あんまり綺麗で… ごめんなさい、失礼しました」

 クスリと笑った口元に、白い歯が覗く。

「座って  木札を頂戴な」

 言われるまま腰掛けて木札を渡す。

「今日が初めてなの? 初心者さん」

「はい、昨日が登録日です」

 背後の壁に差込口があり、受付嬢はランカから受け取った木札を差し込んだ。時間が掛かるのか、向き直ってのんびりカウンターに肘をつく。

 蒸し暑い部屋の空気に、ランカもフードを肩へ落とした。

「あぁ、噂のハイエルフって、あんたの事だったのね」

 フードで隠れていた耳に気づいて、声が柔らかくなった。

「は…噂って」

 まいったなと笑った後、受付嬢は背筋を伸ばした。

「ラリマーに立ち向かってくれて、ありがと。あいつも悪い奴じゃないんだけど、色々と難しい事があって…悪く思わないでくれたら、嬉しいかな。あたしはサルファ。見た通りのダークエルフよ」

「はぃ。ランカです」

 緊張して座り直したランカに、サルファが破顔した。

「ごめんよ。あたしって、ぶっきら棒だから。怖がらせたら…謝る」

 半端ない気配が、笑った瞬間に霧散した。

「いぇ、怖くはありません。その、綺麗だなって…思って」

 サルファが照れて挙動不審な事に、ランカは気づかなかった。

 木札を差し込んだ板壁の下部が開き、四角い盆に乗った硬貨が差し出される。

 すぐに閉じた向こうは、支払い用の貨幣が積まれた部屋らしい。

「おや、頑張ったね。新人さんにしては高額だ。明細と比べて確認してね。んー、計算は大丈夫かな? 」

 簡単な足し算は、余裕で暗算できた。

「…はい、きちんとありました」

「……優秀だね」

 一呼吸間合いがあった事に、ランカは小首を傾げる。

「じゃぁ、またのお越しを期待します」

 サルファの下げた頭より、深い胸の谷間が気になった。

「はい。ありがとうございました」

 外に出ようと勢いよく開けた扉が、何かにぶつかって止まる。

「おっと、気をつけな、嬢ちゃん」

 扉のノブを持ったまま、思わず硬直した。

「ん? エルフかよ。気をつけろ」

「…すみません」

 間の悪いことに、人族の冒険者だった。態度の早変わりが見事だ。睨みつける透明な鉄色の瞳が、荒れた白髪の間で嫌悪を浮かべる。

「ごめんなさい」

 なんとか脇をすり抜けて、フロアに戻った。纏わりつく粘っこい視線が、気持ち悪い。

 ギルドから通りへ出た時には、すっかり暗くなっていた。

 ちょうど五の鐘が鳴る。宵の鐘で暗くなるほど、冬が近づいている。

(早く帰ろ。師匠に心配かけるなんて、できないよ)

 パスで繋がっているサポは、通りに出た時点で足元まで来ていた。

「お待たせ、サポ。お腹すいたね」

『はい、帰りましょう』

 夕方の人出は多い。半円広場の屋台からは、香ばしい匂い流れてくる。

「お腹すいたぁ」

 街に戻って注意散漫になっていたのだろう。横合いから伸びてくる手に、ランカは気づかなかった。あっと思った時には、馬車の中に引き込まれていた。

「嬢ちゃん! 」

『ランカ! 』

 ツンとする匂いに口を塞がれ、慌てるサポの念話が遠くなる。歪む視線の先に、白髪と透明な瞳が掠めた。

(サポ…)


*****

 とても息苦しいのに急かされて、ランカの意識が戻る。開ききらない目を動かし、ぼんやり辺りを見回した。

「…知らない天井 パートツー…ん? スリー かな」

 喉が突っ張って気持ち悪い。確かめようとした手は、腕ごと動かなかった。

 頭がしっかりするにつれて、状況が分かってくる。

「誘拐? 拉致? 同じか…」

 あまり心配はしていない。寝転がったまま気配察知を発動し、今度はゆっくりと周りに意識を向けた。心持ち発動しにくいので、魔力量を引き上げる。堰き止めた栓が抜けたように、多量の魔力が迸る。視界が闇に慣れて、足元の木箱の上に、ランカの背負い鞄が見えた。

(中身が空っぽだと思った? )

 見回した暗い部屋には、幾人かのエルフの子供が転がっていた。今のランカと同年代くらいだ。

 半分意識を取り戻した者。未だに気絶している者。そして、逃げようと机の足に縄を擦り付けている者が…約一名。

(ん〜 あれでは切れないと思う)

 無駄でも努力し続けるエルフの美少女を、ランカは知っていた。

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