第10話 スライムと遭遇

 十の鐘からそれ程経たない間に、目的地に到着した。やはり冒険者ギルドは、閑散としている。依頼を受けるには中途半端。むしろ遅いほうだろう。

 受付には執事然としたラリマーが、美しい姿勢で着席していた。

 若々しく柔らかな笑みを浮かべる好青年だが、棘を生やした言葉は神経を逆撫でする。受付カウンターの中央で、ひとり座る様は不気味だった。目を凝らして辺りを見ても、ラリマーしかいない。ランカにとっては、とても苦手な相手だ。

(仕方ない か。 ギルドマスターに取り次いで貰おう…)

 気合を入れて踏み出したランカに、ラリマーの口辺がヒクついた。

「こんにちはラリマーさん。セレナ錬金工房の師匠から、冒険者ギルドのギルドマスターへ、手紙を預かってきました。取り次ぎを、お願いします」

 とにかく要件を一気に告げた。封蝋をした手紙もカウンターへ置く。

「ほぅ。 中を改めても? 」

 片眉を上げて問い返した様子に、違和感がある。

『ランカ、断ってください。宛名の者にしか、封蝋は切れません』

 足元に座るサポから、駄目出しが出た。

「…わたしが師匠の代わりに、許可を出せるとは思えません。ラリマーさんは、封を切る資格をお持ちですか? 」

 質問に質問を返せば、僅かに見開いた目が鋭くなった。

「さようでございますか。 少々お待ちください」

 手紙をカウンターに残したまま、ラリマーは奥に消えた。

「…なんだろう。わたし、嫌われている? 」

 排他的と言うのだろうか。最初から嫌な感じだった。

『きっと、面倒臭い気性なのでしょう…』

「ん? 」

 サポの念話に、疑問しかない。ぼんやり時間を潰す内に、奥から白い人が出てきた。全体的に発光しているのかと思うほど、麗しい女性だ。ふんわり身体を包む白のドレスは、壁画に描かれた女神のようで、白銀の髪も薄い水面の瞳も現実離れしている。

「あなたがセレナのお弟子さん? わたしはフラックス領冒険者ギルドのギルドマスターで、ラナ・オプティス。よろしくね」

 柔らかく微笑まれ、我に返った。

「ランカです。宜しくお願いします」

 ギルドマスター直々に、二階の応接室まで案内された。

 緑茶に似たお茶をいただき、ほっとする。

「手紙の内容は聞いていて? 」

「…いいえ。でも、身の丈に合った依頼を受けるようにと、言われました」

 じっと見られてドキドキする。麗しいのは男女関係なく眼福だ。

「セレナの依頼は、あなたの能力を上げる事です。はっきり言ってあなたは、ハイエルフとしての基礎が低いそうなの。年齢的には平均内ですけどね。せめて倍になるまで、本格的な錬金は難しいそうです。今日は無理ですが、明日からパーティーを組んで依頼を受けてもらいます。ちょうど初心者の教習を申し込んでいるパーティーがいますので、一緒に学んで下さい」

 ギルドマスターの言葉に、もう少し熟練度レベルを上げておけば良かったと後悔した。

 大した知識もないのに熟練度レベルばかりが高いのも不自然かと思い、用心しすぎた。

「セレナの手紙で、ランカの事情も分かりました。少しこの領地について話しましょう」

 タイランド王国の最北端に位置するフラックス領は、北に国境の山脈を背負う。

 西に大森林が広がる辺境の領地は、地形と環境から人族以外の種族が多い。

 大森林には幾つもの森人エルフの里があり、国境の山脈には、地人族ドワーフを始めとする獣人族ビーストの里が散らばっている。

 よってフラックス領の人族が占める割合は、人口の三割りを切っていた。

 冒険者ギルドに所属する人族は、ギルド全体の一割にも満たない。

「人族以外にとっては、比較的住みやすい領地なのでしょう。あなたが安全でいられるのは、王国内でフラックス領だけだと、思って間違いありません」

 言外の意味が、恐ろしい。

 タイランド王国は、人族至上主義の国らしい。この分だと、奴隷も当たり前にいるかもしれない。

「フラックスは領都と呼ばれていますが、領主の辺境伯は、ここより南に下がったウロライの街に領城を築いています。…話しが逸れましたね。明日から教習を受けるとして、今日は装備も整っているようですし、採集依頼を受けて下さい。常設依頼ですので、事前の手続きは不要です。くれぐれも、森の浅い場所で採集して下さいね…明日は八の鐘までに、ギルドへ来て下さい。教習の手続きは、こちらでしておきます」

「…はい。ありがとうございます」

 あまり嬉しい情報ではなかったが、身近に危険が転がっているのは理解した。

 常設依頼の内容を確認後、急いで南門から森へ向かう。

 西門と違い、森は遠かった。

『西門に引き返したほうが、近かったかもしれません』

 サポの言う通りだ。

「そうよねー。ここから街へ入ったのに、すっかり忘れていた」

 街道を離れ、軽く身体強化をかけて走る。

「採集する薬草の分布図って、展開できる? 」

 傍を走るサポに聞くと同時に、目前で地図が浮かび上がった。森の端に沿って、黄色い帯が伸びている。

「結構あるね。割と簡単に見つかるものなの? 」

 見る間に赤い点が散らばった。

『スライムです。かなりの量ですよ』

「…なるほど。これは厄介だわ」

 真っ赤になるほど居るわけではないが、少なくもない。採集に集中して不意を突かれたら、けっこう危ない量だ。

「ミール草とキナセア草? 身体を温める薬草茶と風邪薬だったかな」

『これからの季節には、必須です』

 駆けること約数分。群生地に辿り着いた。

『提案です。身体強化をかけて、スライムを斃しましょう。剣術の技能スキルが生えれば、明日からの教習が楽になります。たぶん、耐性や精神安定の技能スキルも生えます』

 前の生活から考えて、生き物を斃す心構えは無い。生き物に対して命を奪う行為に、忌避感が拭えない。

「…でも。この世界でなくても、わたしは生き物を食べていたもの。甘えは禁物」

 想像して身体が震えた。

『全力でサポートします。生き抜きましょう、ランカ』

 すぐ目の前の草が揺れた瞬間、サポが跳躍した。濡れタオルを叩きつけるような音と共に、足元で水が弾ける。

『ランカ! 短剣を』

 言われるままに、腰から短剣を抜く。目の端を掠める影に、思い切り剣を叩きつけた。手応えは、弾力のあるボールに似ていた。反動でふらつくランカの背中に、飛び上がったサポがぶつかって支えてくれる。

「スライムがいっぱい…でも、思ったより大丈夫かも」

 丈の長い草を踏みつけて、そこかしこに白く濁った塊が涌いて出た。血が飛び散るでもなく、エグい内臓が噴き出すでも無い。水の入ったゴム風船を叩きつけて破裂させる、そんな感覚だった。

「サポ、斃せそう」

『了解です。殲滅しましょう』

 身体強化を発動する。急に跳ね回っていたスライムの動きが、鈍く見えた。

(これくらいなら、斃せる)

 若干スローモーションなスライムに、思い切って短剣を叩きつけた。バットをフルスイングする感覚で振る。正直言って、剣に振り回されている。

『がんばってください、ランカ。技能スキルが生えて熟練度レベルが上がれば、剣筋も整います』

「…がん ばる」

 身体強化無しは、考えられない。無我夢中で剣を振り、何匹目か分からないスライムを叩きつけた時、感触が変化した。

「へ? 」

 次に短剣を振った時、綺麗に二分したスライムが左右に飛ぶ。

『剣の技能スキルが、生えたみたいです』

 体幹のブレがなくなったと、サポに指摘されて理解した。短剣を振るたび、空気を切り裂く音がする。

技能スキルって、すごい」

 延々と無心に振る。最後のスライムを切り裂いた頃には、水浴びしたくらいに汗をかいていた。

 死屍累々。血を流した屍なら、吐いている自信はある。あたり一面を覆うのは、破けたり綺麗に切られたスライムの外皮と、小指の爪くらいの白く濁った魔石だ。

『何か入れ物はありますか? 』

 サポに促されて、背負い鞄の蓋を開ける。引っ掛け式のストッパーで留めた蓋は、引き上げる動作で簡単に開いた。

「? は? 」

 鞄の中身は、空っぽだった。

『ランカ、鞄を鑑定しましょう。結果を共有します』

「…あ はぃ」

 じっと鞄を見つめて鑑定技能スキルを発動。最初と比べ、随分とスムーズにできる。


 ・錬金術師。魔道具師。セレナ・カルサイド作の収納庫鞄

 ・空間魔法が付与された鞄。使用方法=付属の魔石に所有者の魔力を流す。

 ・空間魔法レベル五

 ・所有者 ランカ


「え〜と。レベル五の空間魔法って、容量は分かる? 」

『ランカの感覚では、一辺五メートルの立方体くらいでしょうか』

 急に鳩尾が寒くなった。

「とんでもない物を貰った? いやいや…貸して貰ったに決まっているって。あ〜びっくりした。汚さないように気をつけよう」

 使い方は簡単だ。鞄に付いた魔石に魔力を流し、出したい物を思い浮かべる。それだけで、出したい物が鞄の中に現れる。

 サポに手伝ってもらい、スライムの外皮と魔石を別々の防水袋に回収した。この袋も優れもので、一メートル立方の空間魔法が付与されていた。

「お腹すいた。お昼にする? 」

 探索スキルを発動して、余すところ無くスライムの素材を集めたランカは、遅い昼食に取り掛かった。


*****

「攻撃魔法、使えないかな」

 食後のお茶を飲みながら、なんとなく思う。スライム以外の魔物が現れた時を想定すれば、短剣で戦う勇気はない。

『種族的には弓術ですが、風魔法と植物の魔法が良いと思います』

 エルフなら森の自然に順応し、精霊術又は魔術を駆使する。この辺りが定番だと、サポは女神の領域で得た検索結果を述べた。 

 精霊術と魔術の違いなど、ランカには分からない。両者の違いを、きちんと理解している者も少ないらしい。こういうところは、いかにもあの神らしいと思う。

 主にゲーム感覚で。。

「風って言えば、ウィンドカッター? 植物…プラント。捕獲…バインド? 」

 週末になるたび、独り住まいのランカの部屋に押しかけて、ゲーム三昧だった従姉妹を思い出す。

「創造魔法で作れるかな」

『補助誘導して、サポートスキルの権限で技能スキルの創造をします。先ずは効果のイメージを。次に相応しい単語呪文ワードを。術式が成立すれば発動可能な現象が完成します』

 テレビ画面で見たエフェクトを想い描く。

(確か、かまいたちみたいに…こう、スパンと切れる…う? ウィンドカッター)

 魔力操作で捉えていた魔力が、スルリと手のひらに乗った。渦巻く先端に、鋭角の透明な刃が浮いていた。

『方向性を短縮呪文センテンスで』

「穿て、大地」

 風切り音とともに、見つめていた地面が抉れる。

「あ〜、怖いね。これ」

 殺傷力抜群の効果に、冷や汗が出た。

『構築の単語呪文ワードが、無詠唱でした。方向付けの短縮呪文センテンスだけで、発動しています』

 何やら面倒臭そうな説明に、全部を無詠唱で行こうと決める。今更チートとか何とか、気にする方が気疲れしてきた。存外ランカは、理詰めの思考が苦手だ。

 次は周りの草木に魔力で干渉し、獲物を拘束する場面を思い浮かべる。

(えっと、あ うさぎ! プラントバインド 捕縛せよ)

 跳ねながら逃げて行く兎らしき動物に、拘束魔法を放つ。

『…あ』

 サポが何か言いかけたところで、絡まる草を引きちぎった兎が逃げて行く。

「うん、草では弱いのか。あはっ」

 逃して惜しいと思うより、ホッと安堵した。

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