第5話 冒険者って???

 大通りを歩きながら、サポに常識を教えてもらう。

 領都フラックスは、タイランド王国の北にある辺境の街だ。

 各領は治める領主の名を冠する為、領主が変われば領都の名も替わる。ただ、国家転覆などと国に反逆しない限り、領都の名称が替わった事例はない。

 街の北は東西に連なる山脈を挟んで、ローランド連合国と接している。

 連合国は、獣人族や地人族、翼人族、森人族、人族などの小国が、同盟を結んで共立する集合国家だ。

 タイランド王国は、亜人が統治する国家を認めていない。よって、ローランド連合国内に唯一存在する人族の小国を通じて、連合国との交易を行っていた。

 フラックス領の西側は南北に広がるヴォーラ大森林に恵まれ、林業が盛んだった。

 主産業は良質の木材の出荷で、間伐材を利用した趣のある家具や工芸も特産品だ。

「これ、可愛い」

 コロンとした曲線で仕上げた木のマグに、ランカは目をキラキラさせる。

 足元では、サポが大人しい子虎を演じていた。

 女子宿舎がある通りは、特産品の木を使った雑貨店や、工房が並んでいる。

 師弟制度が確立し、成人前から見習いを養育する工房は、店先に弟子の作品を並べて販売していた。食器の棚には袋物も並んでいる。物色するランカに気づいて、同い年くらいの少年が接客に出てきた。

「これは、宿り木の繊維で編んだ小物です。結構丈夫です」

 編み籠や小物入れの横に、幌生地で仕立てたような鞄が幾つも釣り下がっていた。

「これも宿り木の繊維を織り上げています。撥水加工をしたので、濡れても大丈夫です」

 緊張気味な少年が初々しくて、ランカの気分も急上昇だ。それぞれの値段を確認して、商品を選ぶ。

「じゃあ、使い勝手の良い肩掛け鞄と、ベルトに通すポーチもください」

 携帯用に広口のマグと木のスプーンなど、カトラリーも購入して、買ったばかりの鞄に詰め込んだ。アニスがくれた硬貨の小袋を、ポーチに入れる。財布代わりに使える優れものの小袋だ。

「行こうか〜」

 王国が成って七百年余り。

 国の隅々まで統治が行き渡り、戸籍も整備されている。が、それは人族での話。

 建前上、エルフが統治するヴォーラ大森林の民は、人族の戸籍に含まれない。

 領都フラックスで仮の戸籍を作る為、アニスの案内で冒険者ギルドに向かっていた。

 治療費も宿泊料も請求されず、朝食も宿舎でご馳走になり、領都の案内も門衛兵の仕事の内だと言われ、断る暇もなく同行している。

 こんなに優遇されて良いのかと聞けば、他民族に配慮するのは当たり前だと返された。

「お世話かけて、すみません」

「またまた〜、良いんだってば〜」

 緩さに押し切られ、かえって居心地が悪い。

 東西に領都を二分する大通りを中央辺りまで行けば、半円形の広場に三階建ての建物が並ぶ公園に行き着く。どのギルドも同じような大きさで、似たような建物だった。違うのは、入り口の壁に描かれた紋章だ。

「冒険者ギルドは交差する剣。商業ギルドは天秤と羽ペン。図書館は本。戸籍所の翼を広げた鷹は、王国の紋章。聖教会は、聖女の聖杯と聖杖だよ〜」 

 解りやすい。これなら文字が読めなくても迷わない。

 広場の縁に沿って冒険者ギルド、商業ギルド、図書館、戸籍所、聖教会と並んでいた。

「商業ギルドは戸籍がしっかりしていないと、入会できないんだ。だから、冒険者ギルドでギルドカードを作って、戸籍所で他種族滞在住民登録をしてから、商業ギルドに行こうね。ランカは錬金術師で薬師でしょ? 両方とも商業ギルドの管轄だよ? 師匠を見つけないと店も開けないけど、師匠の当てはあるのかな〜? 」

 戸籍が整備されている上に師弟制度が確立し、縁故でなければ、まともな就職先は望めないのだろう。当然ランカに、師匠の当てなど無い。これは冒険者になる他ないのかと、アニスの問いに首を振った。

「あぁ、ごめん。エルフに人族の師匠はいないか。でも、保証人にはわたしがなるし、心配しないでね〜。それと、もしかしたら師匠の店も紹介できるかも〜」

 連れ立って冒険者ギルドの扉を潜る。数歩入ってすぐ目の前が受付カウンターだった。右側のカウンターが途切れた場所に、地下と二階へ上がる階段があり、その先に食堂が見渡せる。階段下と突き当たりにある扉が気になる。

 念のためアニスにサポを預けて、空いている窓口へ足を向けた。行き着いた窓口で、執事風の受付青年紳士? と対面する。

「領都フラックスへ、ようこそ。わたくしは冒険者ギルド受付のラリマーと申します。お見知り置きを。本日は当ギルドに、どのようなご用件でございますか? 」

 落ち着いた声が心地よく、思わず聞き入ってしまった。爽やかな美青年に微笑まれて、要件を思い出す。

「あ、ランカと申します。冒険者登録と従魔の登録を、お願いします」

「承知致しました。…人族の文字は、習得なさっていますか? 無理でしょうから、わたくしが代筆致しますが」

 少しだけ、神経を逆撫でされた。ラリマーの手元を見れば、見たこともない文字が書かれている。

『ランカ。自動翻訳と自動手記で、アシストします』

 黙って書類を受け取った瞬間、頭の中で文字が変換した。

『ありがと、サポ』

 殊更丁寧なラリマーの対応で、つつがなく提出書類を書き上げた後、台座に固定した透明な水晶板を差し出された。

「ランカさまの手と、従魔の手を乗せてください。情報を転写致します」

「はい」

 ちょうど手の平を置くような浅い窪みがふたつある。抱いたサポの前足を、アニスが水晶板に乗せた。

「はい、そのまま動かないで下さい」

 水晶板がほんのり暖かくなり、浮き上がるように光った後、ゆっくりと収束した。

「お疲れさまでございました。手を離しても、大丈夫でございますよ」

 台座から押し出されたカードとタグを取り出し、ラリマーは角盆に乗せて差し出した。

「こちらが冒険者ギルドのカードと、従魔のタグでございます。紛失なさった場合はペナルティーとして、金貨一枚で再発行しなければなりません。また、従魔による騒動、傷害の責任は、所有者にございます。領都内での行動には、御配慮ください」

 受け取ったカードは金属製で、銀地に黒の文字が浮き出していた。

 ちょうどスマホくらいの厚みと大きさだが、不思議なくらい軽かった。


 氏名 ランカ

 種族 ハイエルフ

 年齢 13

 職業 錬金術師 薬師

 

 従魔契約 

  白虎・幼体


 従魔

 氏名  サポ  白虎・幼体

 所有者 ランカ 錬金術師 薬師


 氏名と年齢、職業が書かれている。サポのタグも、従魔である事と所有者の名前で、実にシンプルな表示だった。

 ホッと胸を撫で下ろすランカの横で、サポはアニスに頭を撫でられていた。

「では、ギルドの規約も説明致します」

 緊張して説明を受けた規約の印象は、人としての常識を求めるものだった。

 曰く、他人に迷惑をかけない。

 曰く、他人には礼儀をもって接する。

 曰く、国の法、領都の法に従って行動する。等々…。

(…うん。冒険者って、どんな印象か、分かった気がする)

 性格は別として、常識に疎かったり、結構危なかったりする人たちが多いようだ。

「冒険者のランクでございますが、依頼人の評価、仕事に対する真摯な態度、依頼達成時の成果及び依頼品の状態など、魔道具にて正当に評価させて頂き、厳正なる審査を元に、初級・中級・上級・最上級とランク分け致します。くれぐれも、人として…失礼。人を見習って頂き、無様…恥ずかしくない行動を取って頂くよう推奨致します。幾許かでも、ご理解頂けましたでしょうか? 」

 にこやかに、半端ない威圧と侮蔑を込めたラリマーが、とても腹立たしい。

「はい。 分かりました」

 反射的に良い返事をしたが、ラリマーの視線に悪寒が走った。

「ご理解頂き、感謝致します。では、これからのご活躍を、期待します」

 立ち上がったラリマーは、片手を胸に当てて綺麗な礼をした。

「はい、失礼いたしました? 」

 つられて背筋を伸ばしたランカも、職場で叩き込まれた礼を返す。

 綺麗に足元を整え、両手の指は真っ直ぐに伸ばして丹田に添える。背中は意識して伸ばし、顎は引き、ゆっくりと頭を四十五度下げる。

 膨れ上がる怒りを飲み込んで、一拍置いてからゆっくりと頭を上げた。

「…大変に、お上手です」

 副音声で舌打ちが聞こえてもおかしくないような、褒め言葉が返ってきた。

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