第4話 筋肉痛だよ こんにちは

 鑑定室は、普通の小部屋だった。

 案内してくれた兵士に指図されるまま、持っている荷物を机に並べる。

 チャビルの包み。ルッコの房。ダリファの花。ケットの葉。スタードの種。

 ランカの脱いだマントをひっくり返し、穏やかな兵士は不審物が無いか調べている。

 待機状態なのか、お休みモードなのか、サポは荷物を広げた机の下にいた。

 後から女性兵士もやって来て、部屋の隅で身体検査を受けた。

 門衛警備隊鑑識課医療部の、アニス衛生兵だと名乗った。

 ここはタイランド王国の北にある辺境都市で、領都フラックスと言うそうだ。

 領都の外は魔獣や盗賊などの危険も多い為、道中で怪我をする人がいる。非常時に備えて、門の詰所には衛生兵の常駐が決められているらしい。

 女性の身体検査行は女兵士の仕事だと、緩い話し方で説明された。アニスは長身で、兵士らしく鍛えた身体つきをしている。

 女だけど、対応は男前だ。

 終わったら頭をなでて「大丈夫だよ〜」と、慰めてくれる。

 子供だから甘いのかと思ったが、今の身体年齢より五才は幼く見えたらしい。十三才だと言えば、本気で驚かれた。この世界の人は概ね発育が良く、十代の前半で成人する。

 ランカの歳なら殆どが自立し、普通に生活しているのが当たり前だという。

「さて、今の内に鑑定しましょう。犯罪歴の有無を調べるだけだからね。痛く無いよ〜」

 向かい合わせの小テーブルには、飲み干したお茶のカップがある。ご馳走してくれたのは、ほうじ茶のような香ばしいお茶だ。

 茶器を片付けたアニスは、虫眼鏡型の器具とコードで繋がった透明な水晶板を棚から取り出した。

「はい、額を出してね〜」

 虫眼鏡? の、ガラス部分を眉間に当てられた瞬間、ごっそりと魔力が抜けていった。

「わ…だめ わぁ」

 魔力量のバランスが崩れ、身体強化が解ける。

 襲って来た猛烈な全身筋肉痛に、意識が跳ね飛んだ。 

「え、ちょっと、ランカさん! 」

(し ぬ )

『ランカ、しっかり  』

 サポの念話を聞きながら、アニスに抱き止められた衝撃で意識の欠片が砕け散った。


*****

「では、調査と身体検査に、不自然な食い違いはないのか」

 門衛警備隊詰所の小隊長執務室で、アニスは直立不動のまま報告をしていた。

 日当たりの良い小隊長の執務室だ。オークのような小隊長がいなければ、昼寝でもしたくなる心地良さだ。

「は、調査隊の報告と、ランカの供述に食い違いはありません。ただ…」

「ん? ただ、何だ」

 チラリと目線を向けられて、アニスは冷や汗を流す。

「渡亀と遭遇した地点から、フラックス領都に辿り着いた距離を考えますと、あの年齢のエルフ族の魔力量では、身体強化に些か無理があるのではないかと愚考いたしました」

 考え込む小隊長の机の上には、ランカに関する調書が乗っていた。

 簡単に計った魔力量と、鑑定機で判明した技能スキルなどが記載された書類だ。

 年齢から見れば平均的な数値だが、距離的に魔力量が足りない。もっともエルフ族は、危険なヴォーラ大森林で暮らす種族であり、その詳細は不明だ。 

「よし、アニス衛生兵。この少女の観察と保護、並びに諜報部と連携する許可を与える。北の犬とは思えないが、この時期だ。用心に越した事はない。以上だ」

「は、了解しました」


*****

「…知らない天井だわ」

 小説のお約束は、こう言うのだったと思う。

 年季の入った内装の木目は、これでもかと磨き上げられて飴色に光っていた。

『大丈夫ですか? ランカ』

 ベッドの足元で丸くなっていたサポが、身体を起こす。

 横を向こうとして力つきる。力の抜けたランカの身体に痛みが走った。

 身体強化が解けた瞬間に襲ってきた痛みほどではないし、まだ我慢できる範疇だ。

『やはり まだ痛そうですね』

『大丈夫…たぶん。 いま、何時頃? 』

 窓から見える景色は、気持ちの良い快晴だった。

『ランカが倒れて、三日と半日が過ぎました』

 何を言われたのか、初めは分からなかった。

『三日と 半日 です』

「…げ」

 固まっている間にそっと扉が開いて、カートを押したアニスが入って来る。

「あ  あぁ゛!  気がついた? 気がついたんだ。 あぁ 良かった」

 カートを蹴飛ばし、転がりそうになりながら駆け寄ったアニスに、思わず引いた。

「心配したんだからね〜。いやぁ、まぁ…気の毒な事をした自覚はあるのよ〜」

 確か、凛々しく男前? だった印象のアニスから、凛々しさが抜け落ちている。栗色の癖毛は好き放題に突っ立ち、茶色の目の下には濃いクマがある。

「…もしかしてアニスさん。ずっと看病してくれたのですか? 」

 照れてクシャリと崩れた笑みが、疲労を纏って怖い。

「お世話かけて、すみませんでした! 」

 痛みも忘れ、ベッドの上で土下座する。勝手に筋肉痛で倒れるなんて、迷惑な事この上ない。

「いや、こっちとしても、通常の任務だったからね〜。ランカが悪いわけじゃ…」

 アニスが言うには、連れて行かれた鑑定室には、発動中の魔力を感知する魔道具が設置されていたらしい。この魔道具は、認識阻害で実力を誤魔化した間諜や、隠蔽で犯罪歴を隠した者を捕縛する目的で設置されている。僅かでも不審な魔力を感知した場合、鑑識課に警報が行く仕組みになっていた。

 微小な放出魔力も感知する魔道具は、ランカの身体強化で消費される魔力も拾った。隠蔽か認識疎外かと疑って、アニスが使った虫眼鏡型の魔道具が、ランカの魔力を強制的に吸引する。急激に吸収された結果、魔力量のバランスが崩れ、身体強化が解けたランカは意識を失った。壮絶な筋肉痛で。。

「考えれば分かるの〜。渡亀の移動から逃げて来たのだもの、身体強化で逃げなきゃ死んでるわ〜。限界まで使っていたのを解いたら、その場でああなるよね。宿でもない門衛の詰所で、身体強化は解けないしね。疑ってごめんね〜」

 緩い調子で謝るアニスに、ホッとランカの緊張が解けた。

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。すっかりお世話になりました。それで、あの…ここは、どこでしょうか? 」

 目に入るのは古い建物だが、徹底的に手入れされた清潔な場所だ。

「あぁ、門衛警備隊の女子宿舎よ〜」

 ランカが倒れた後、門で対応した衛兵から事情を聞き、ランカに掛かっていた不審者の容疑は晴れた。意識のない一般人を、放り出すわけにもいかない。今回の事態を招いた責任を取る形で、女子宿舎の空き部屋が病室に当てられた。

 ランカにとっては、最高の流れだ。

「あ、チャビル」

 現金に替えようと、苦労して持ってきた植物を思い出した。

「…売れるかと思っていたの もう、枯れているよ ね 」

 ランカの呟きに微笑んで、アニスは席を立つ。

「やっぱり売り物だったのか〜。はい、これ」

 ベッドの脇にある机の引き出しから、アニスは手のひらに乗る皮袋を取り出した。

「渡亀のせいで荷物を無くしたって聞いたから、素材は換金の為に採集したんだろうって思ったの。即日ギルドに売却したわ〜。勝手にごめん」

 皮袋には、金貨一枚と銀貨三枚。銅貨と鉄貨が数枚入っていた。

「もう、高く売れたわよ〜」

 ホンワリしたアニスに癒されて、有難く受け取る。

『分かり易く換算します。十三万と端数です』

 貨幣の感覚が掴めないランカに、サポが伝えてきた。

『ありがと、サポ』

 アニスに勧められるまま、軽い食事を終えて横になる。色々な事に安堵して、ランカの意識はコトリと途切れた。

 次に目覚めたのは、あくる日の早朝だった。

(あ、筋肉痛 治ってる! )

 まだ若干、だるい気はするが、あの独特の痛みは消えていた。

「ランカ? 起きてる〜? 」

 目覚めを計ったように、扉の外からアニスの声がする。

「はい」

 素足を着けた床は板張りで、思ったほど冷たくはない。

 長く寝込んだ割には、眩暈もふらつきもなかった。

 ゆっくり開けた扉の向こうには、洗面道具を乗せたカートと、衛兵の制服をビシッと着こなしたアニスがいた。

「着替えたら、食堂に案内するね〜」

「…はい。ありがとうございます」

 やっぱり緩い雰囲気のアニスに、ランカも緩い笑顔を返した。

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