第3話 やっと街に来たけれど…

陽は傾きかけて、夕闇が迫っていた。

 道中で採った木の実は、生でもなんとか食べられた。

 野生の果実は酸っぱかったりエグかったりで、正直がっかりした。

 今は足元が見える間に、光魔法を習得しようと頑張っている。

 サポが女神の情報領域から得た箱庭の世界の仕組みには、属性魔法に生活魔法が含まれている。誰でも使える初級魔法の地、水、火、風が生活魔法だ。

 素養があれば習熟度レベルを上げて、上位の属性魔法も習得できる。

 聖属性や闇属性は持って生まれた技能スキルで、錬金術師には有利な魔法だったりする。

 属性魔法でも火魔法で灯りを得るほうが簡単だが、ここは森の中。サポに火属性の発動は禁止された。

 創造魔法を発動し、善行ポイントをつぎ込んで光属性を習得したが、実際に発現するべく頑張っている。

「光 ひかり ヒカリ ひかれー」

 半分以上は自棄で叫ぶ。

「もうぅ! ひ・か・り・ぃー」

 立ち止まって深々と息を吐き出すが、発動する気配すらない。

 自分の魔力を察知する為、サポの助言に従って集中する事しばし、身体の奥のほうに力を感じた。それが魔力の塊らしく、動かして身体中に巡らせるまではすぐにできた。おかげで物凄く身体能力が向上し、アスリートの爽快感と若干の筋肉痛を味わった。

 あのまま調子に乗って走り続ければ、極度の筋肉痛でどうなっていたことか。止めてくれたサポに感謝だ。今は身体強化とライトの練習、鑑定の練習を順番に繰り返している。

『…短くて良いので、呪文の詠唱をしてください』

 サポに指摘されてアニメのヒロインよろしく、恥ずかしい詠唱をしてみたが、さっぱり光魔法は発動しない。魔力を練りながら現象をイメージし、発動する。らしいのだが。。

「難しいよぉ…物語では、手をこうやってから、言うだけなのに」

 手のひらを上に向け、動かせるようになった魔力を集める。

「ライト って… うえぇ! 」

 広げた手のひらの少し上。ゴルフボール大の明かりが、浮いていた。

「…どうやってできたのか…分からない。けど、やっとできた」

 ホッとした瞬間に消えてしまったが、繰り返すうち、自在に発動できるようになった。

 足元がよく見える。

 真っ暗になる前に、うまくできてよかった。

『目的地です』

 低い崖をよじ登り、重なる大岩の隙間を抜けた向こうに、目的の泉は湧いていた。思っていたより広そうだ。

「ちょっと…不気味かも」

 薄暗くて月のない夜に、波紋だけが押し寄せる。広い泉の周りは硬い地面だった。

 開けた頭上には、疎らな枝を透かして、驚くほど大きな星々が輝いていた。

「神の箱庭。 ほんとに地球じゃないんだ」

 この世界に来て、一日目。踏んだり蹴ったりだった気がする。

『取り敢えずは休みましょう。成獣形態をとります』

 並んで泉を見ていたサポが半透明に薄れた後、早回しで成長するように大きくなった。

『もたれて休んでください』

 伏せをしたサポの毛並みが、誘惑してくる。

「…おじゃまします」

 くたくたに疲れた身体を預け、まどろむ暇もなく眠りに落ちた。


*****

 目蓋を通して、強い光が差してくる。

「ん? 」

 寝ぼけ眼を擦りながら、仰向けになる。

「…おはよ」

 暖かい毛布だと思っていたサポが、目覚めとともに離れて子虎にかえってゆく。

 こんなサバイバルな状況で、よく眠れたものだと自分に感心し、寄り添ってくれたサポに感謝する。もしもサポが声だけの存在だったら、野宿は辛かったはずだ。

『摂取可能な水草の果実があります。常時買取りされている薬草もあります。先に朝食にしましょう』

 朝日に透けた泉の水は、信じられないくらいに澄んでいた。底は白い砂地だ。

 湧き出す地下水で、所々舞い上がった砂が踊っている。蓮に似た葉の上には、赤い実が房状に生っていた。

 顔を洗っているうちに、サポが岸まで引き寄せてくれた実を摘み上げる。

「紫なら、ぶどうよね。結構大きくて、美味しそう」

 硬めの皮を剥いて、齧り付く。

「んー おいしい」

 甘酸っぱくて、しっかりと食感もある。

 一房たいらげれば、充分満足した。ルッコという、一般的な果物らしい。

 五つの房を葉っぱに包んで、マントのフードに入れる。

 満杯だが、袋が無いので仕方ない。

 背中に垂れたフードが重くて、やや首が締まる。

『三種類です。冒険者ギルドの常設依頼の薬草です。ダリファは開花した花を、ケットは若い葉を、スタードは種が採取部分です』

 黄色いハイビスカスに似たダリファの花を摘み、マントの左ポケットに入れる。

 群生するケットの葉は、同じくマントの右ポケットへ。

 小豆大のスタードは、上着の両ポケットに仕舞った。

『チャビルがありました。…引き寄せます』

 薬草を摘みながら泉を半周した所で、サポが水に飛び込んだ。暫くして、何かを咥えながら岸に上がって来る。瑞々しい緑の藻だ。

「待って、ルッコの葉で包むわ」

 ずっしりと重い藻の塊は、引き上げるのに苦労した。

 大きめのルッコの葉に広げたそれは、黄味の強い透明な花が付いていた。

『めったに採れない水草で、妖精の恵と呼ばれ、美肌と美髪の材料です。見つけて良かったですね。これは高く売れます』

 価値を聞いて元気が出た。現金が手に入るだけに、げんきんな子? なんて。

(…ちょっと寒い…かも)

 ひとりで滑るには、いろいろ恥ずかしい。

「すぐに、街へ行きたい。 無理かな? 」

 子虎のサポが、少し仰向いて探索を始める。現在の習熟度レベルを越えた探索は切り離されているので、共有している部分だけ情報が読み取れた。

『…身体強化して山を突っ切れば、夜に到着できそうです。行きますか? 』

「行きます」

 即答した。

 

*****

 ルッコの葉で幾重にも包んだチャビルから、水が滲み出している。

 素材が入っているマントのポケットを濡らさないよう抱えているため、上着の袖や胸が濡れて冷たい。

 必要に迫られ、身体強化とライトの魔法を、同時発動できるようになった。

 必要は発動の母らしい。

(…やれば 出来る子 なのよ)

 山を抜け、街道に出たのが夜明け前。そこから緩い身体強化で駆けてきた。

 朝日に照らされて辺り一面に広がる景色は、長閑な穀倉地帯だった。少し先には街を囲う壁が連なっている。街道の突き当たりは街の門だ。

 朝取りらしい野菜や果物を積んだ荷馬車が、街へ入って行く。ゆっくり進む列の最後尾に並んだ。

『想定外でしたね。渡亀の移動方向までは、予測できませんでした』

 魔力の塊でも疲れるのか、覇気のない感触でサポの念話が伝わって来る。

 地鳴りと共に突進してくる大亀の大群を横切って、ジグザグ走行で山を越えてきた。目一杯の身体強化で逃げまくった結果は、どんな筋肉痛が待っているのだろう。

『休める場所に着くまで身体強化は解かないでください。それから一点注意を。私との会話はパスを通じて行っています。他人に私の声は聞こえませんので、ランカが声を出すのは推奨できません。人前での会話は、挙動不審者に見えるかもしれません。それから私のことは、使い魔だと言ってください。錬金術師なら、使い魔がいても普通です』

(注意に感謝ね…)

 いま身体強化の発動を解けば、恐ろしい結果しか思い浮かばないし、挙動不審者も遠慮したい。サポとの会話を、頭の中で思う感覚に切り替えた。

『サポ、こんな感じ? 』

 足元で仰向いたサポが、頷く。

『正解です』

『使い魔なんて、魔女のようね。ちょっと嬉しいかも』

 魔法が当たり前の世界だから、魔女や魔法使いは珍しくもない。

「次… 見ない顔だな。身分証を提示しろって その魔獣! お前の使い魔か! 」

 門兵に止められ、身元証明が必要なのかと冷や汗が出る。その上、サポに槍を向けて来たので飛び上がった。

「無いのか? おまえ何者だっ」

 唐突に緊張が高まり、門兵の三人に囲まれた時点で、腰を抜かしそうになった。

「あ いぇ。 わ わたり 亀の移動に、巻き込まれまして。 持ち物を全部無くしてしまって。あの、そう コレ、ツカイマネ」

 動揺しすぎて、言葉がおかしくなってきた。

「渡亀だと?  どの方向だ! 」

 聞かれるままに、昨日の状況で話せる分だけ説明した。つっかえたり、びびったりしながらの説明は、このさい動揺からだと勘弁願いたい。

 移動は山の中だった事。渡亀の進行方向が、この街とは逆だった事などを答える。

 話を聞いた兵士のひとりが、詰所の奥に駆け込んで行った。

「悪いな、確認が取れるまで詰所に居てくれ。一応魔道具で、犯罪歴が無いか調べる。こいつに着いて行ってくれ。使い魔と鑑定室で待機するように」

 反抗に意味は無い。

 穏やかそうな兵士に案内されるまま、ランカは詰所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る