第49話
リィルは首を左右に倒す動作を繰り返している。端末を上着のポケットに仕舞い、どんな意味のジェスチャーだろう、と僕は考える。
僕も彼女の動きに合わせて首を交互に倒してみた。
彼女は笑い出す。
「何やっているの?」
彼女が動きを止めたから、僕も止まって質問に答えた。
「君と共振していた」
「変なの。気持ち悪い」
「酷いね」
「私さ、今、トランプをやりたい気分なんだけど、持っていない?」
「残念ながら」
「買ってきてよ。車内販売で売っていると思うから」
「トランプなんて、どこにでも売っているじゃないか。しかも、帰れば、家にもある」
「今やりたいの」彼女は顔を近づける。「ねえ、買ってきて」
「駄々を捏ねないでほしいな……」僕は横を向いた。「……自分で買ってきたら?」
僕がお金を渡すと、リィルは勢い良く廊下に飛び出していった。彼女はすぐに戻ってくる。手にはプラスチックのケースが握られていた。
「へへん」僕の対面に座り、リィルは意味の分からない言葉を発する。
「よく見つかったね。まさか、予めチェックしておいたんじゃないよね?」
「日頃の行いが良いからだよ」
「え? ……聞き間違いかな」
ババ抜きをしたが、なぜか三連続で負けてしまった。二人でやっているのだから、自分がジョーカーを持っていなければ、必ず相手が持っていることになるのに、その内のどれがジョーカーか見抜く力が僕にはなかった。こういう駆け引きはリィルの方が得意なようだ。というよりも、どちらかというと、自分よりもリィルの方があらゆる面で優れている。料理だって彼女の方が手際が良いし、事務作業も僕の一・五倍くらいの速度でこなせるし……。
ババ抜きのあと、今度は神経衰弱をやった。二回戦の内、こちらは僕も一度勝つことができた。単純に無秩序なデータを記憶するだけなら彼女の方が上だが、位置情報や分布をから状況を分析するのはあまり得意ではないらしい。
トランプで遊ぶのは久し振りだったが、不思議とルールは忘れていなかった。一度自転車に乗れるようになったら、もうずっと乗れるのと同じかもしれない。
トランプで遊び尽くしたあと、リィルは再び眠ってしまった。
よくこんなに短いスパンで、睡眠と起床を繰り返せるな、と僕は素直に感心する。僕もそんな能力が欲しい。それができれば、ありとあらゆる作業の効率が劇的に向上するに違いない。質の高い作業を瞬発的に行い、一度短い休息をとって、それから再び作業を行うわけだ。
僕は窓の外に顔を向ける。
もう山や海はとっくに見えなくなっていた。段々と都市の気配を感じられるようになっている。時刻は午後四時で、空は相変わらず曇り気味だった。夜になれば雨が降ってくるかもしれない。そうなる前に帰りたかったが、携帯端末で降水確率を確認してみたところ、現在地から僕たちの住む地域は、今から三時間後に七十パーセントとの数値が出ていた。どうやら、降らないことを祈るよりも、降った場合に備えて対策を講じておいた方が良さそうだ。どう考えても、あと三時間で到着できる距離ではない。
車内販売が周ってきて、僕は見たこともない雑誌を購入した。様々なバラエティー関係のトピックを集めたもので、正直なところ、僕には全然面白さが分からなかった。有名なミュージシャンのコンサートや、太古の骨董品の展覧会の案内などが掲載されている。ただ、それらの催し物に一度くらいは足を運んでみたい、と思うことは今までも何度かあった。一言でいえば、まだ経験したことがないことに挑戦してみたい、といった感情だが、そういうものは、多くの場合、実際に挑戦してみても面白さは理解できない。だからついつい疎遠になってしまう。積極的にはたらきかけるだけの活力がない、とでもいえば良いだろうか……。
リィルは完全に隣の椅子に倒れている。被っていたベレー帽が頭から離れ、空気抵抗を受けてゆっくりと地面に落ちた。僕は前屈みになり、腕を伸ばしてそれを拾う。
そのとき、帽子の裏側に、小さな紙の切れ端があるのを見つけた。
何だろうと思って、僕はそれを手に取る。
紙は内側に向けて折られている。順番に開いていくと、中に手書きで文字が連ねられているのが分かった。
『前から四つ目の乗車口へ』
僕は何度もそこに書かれている文字を読んだ。
それは、明らかにリィルの筆跡ではない。
僕は途端に寒気がした。
手が震え出す。
……いつから?
この紙は、いつからここにあったのだろう?
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