第47話
眠り始めてから三十分くらい経過した頃、リィルは、窓枠に預けていた頭を勢い良く上げて、目を開いた。
「……何?」
あまりにも唐突だったから、僕は驚いた。
「あのさ、一つ訊いてもいい?」
「え? いや、いいけど……」僕は話す。「突然活性化するんだね、君の頭脳って」
「予言書は、どこに行ったの?」
僕は答えない。
リィルの目をじっと見た。
彼女も僕の目を見つめる。
「僕には分からない」僕は答えた。「ただ、誰かが持っているのは確かだ」
「それは、そうだけど……」リィルは下を向く。
「君は、誰だと思う?」
僕の問いを受けて、リィルは顔を上げてこちらを見た。
「……分からない」
「本当に?」
彼女は答えなかった。
今回の一連の出来事には、必ず僕たちと深い関係がある。それは以前も考えたことだが、きっとリィルもその点には気づいているだろう。
狭義に考えれば、事の発端は施設のリーダーであるハイリという人物が、およそ一ヶ月前に予言書を盗み出したことだった。その異常事態が起きたために、ロトは急遽人手を補う目的で僕たちに仕事の依頼を持ちかけた。しかし、それは表向きの理由でしかない。実際にはあの施設に人間の所員は存在しなかったわけだし、リーダーが逃走したことと、人手が不足することの間には、強い相関があるとは思えない。
あの施設で行われていた解析と翻訳は、実際にはヘブンズと呼ばれる人工知性によって行われていた。ドームの入り口を抜けて真っ直ぐ進むと階段があり、その先に左右にいくつものドアを伴った廊下が伸びているが、そのドアの向こう側には各種の装置が設置されていたに違いない。一度、サラが休憩室で独り言を呟いているのをリィルが目撃したことがあったが、おそらく、それはヘブンズと会話をしていたのだ。しかし、どうして、彼女がわざわざ休憩室に向かったのかは分からない。彼女の部屋からではアクセスできない理由があったのかもしれない。しかし、それ以上に考えられるのは……。
実は、ハイリが予言書を盗み出したのは、彼女の意思の結果ではなかった。彼女はヘブンズに支配されていたのだ。同じことがサラの場合も考えられる。その支配がどの程度のレベルかは分からない。人工知性によって人間がダイレクトに支配されることはないし、間接的なものだとしても、それで人間が自らの意思を失うわけではない。しかし、人工知性と付き合い続けることで、徐々に依存していく可能性はありえる。人間よりも人工知性の方が演算能力が高いのは明らかだし、綿密な計算を行って人間の行動を左右することくらい簡単にできる。リーダーであるハイリはヘブンズに支配され、行動を完全に制御されて、予言書を施設の外に持ち出した。サブクラウドやメインクラウドを通してメッセージが何通か届けられたが、そこには必ず「統括者」のサインが成されていた。それは、施設の外部からクラウドにアクセスして、ハイリ本人がメッセージを送信していたのではない。ヘブンズが施設内からクラウドに直接メッセージを送信することで、あたかもハイリが外部から施設にメッセージを送信したように見せかけていたのだ。ヘブンズはあの施設に存在する各種のクラウドを操作できるから、送信もとを探っても虚偽の情報しか出てこない。履歴を改竄するくらい簡単にできただろう。
そして、ヘブンズは、自らの活動領域の拡大を要求した。これは僕の憶測に過ぎないが、おそらく、ヘブンズは、独自にある程度までその拡大に成功していたはずだ。しかし、あるポイントまで到達したところでそれができなくなった。ヘブンズの本体はあの施設のクラウドに存在するが、おそらく電波的な問題ではないはずだ。何らかのセキュリティーの問題が生じたために、次の手段として、ロトに自らの活動領域の拡大を求めたのだ。
僕たちは、その場にたまたま居合わせてしまった。いや、本当にたまたまだったのかは分からないが……。しかも、そのタイミングで、僕たちはロトよりも早くハイリが死亡した情報を手に入れた。僕たちを脅威だと判断したヘブンズは、サラの行動を制御して僕たちを抹消しようとした。
そして……。
ウッドクロックであるリィルは、サラよりも容易にヘブンズに乗っ取られてしまった。
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