第43話
リィルの怪我は大したものではなく、ガーゼを当てただけで体液の流出は収まった。ただ、暫くの間毎日手入れをする必要があるだろう。彼女の皮膚組織がどのような因子で構成されているのか分からないが、腐敗したり欠落したりする恐れがあるのは確かだ。
リィルが目を覚ます前に、サラが目を覚ました。僕たちの姿を見て、彼女は何が起きたのかと尋ねたが、誰も何も答えなかった。どうやら、彼女には気を失う前の記憶が残っていないようだ。ロトと話し合った結果、彼女には起こったことの詳細を伝えないことにした。その方が僕にとって安全だし、ロトとの交渉に拘束力を持たせられるからだ。
ロトは椅子から立ち上がり、途中だった作業を片づけてくると言って、その場から立ち去った。彼に続いて、サラも僕たちの前から姿を消した。彼女の部屋は右手のドームの中だった。
ラウンジには僕とリィル、そして運転手の彼が残された。
「助かりました」僕は男性に声をかけた。
彼は目だけでこちらを確認し、ズボンのポケットに入れていた手を片方上げる。
「彼女、以外と軽いね」男性は話す。「持ち上げたとき、びっくりしてしまいましたよ」
「貴方は、どこの所属なんですか?」
「私ですか? この施設の警備会社です。だから、駆けつけてきた。ハイリが見つかった時点で、こうなることは予想できましたからね」
「自動車の運転が得意なんですか?」
「運転は、あまり得意じゃない」彼は少し笑った。「あれはサービスのつもりです。本当は、あんなことは柄に合いません。あまりやりたくない。しかし、頼まれたのなら仕方がない。あ、そうそう、帰りも送りますよ。……もう、ここにはあまり長くいないつもりなんでしょう?」
「ええ、まあ……」
「報酬がきちんと支払われなかったら、私ががつんと言ってやります」
「いえ、たぶん、それは大丈夫だと思いますけど……」
ロトがそんなことをするとは思えなかった。色々と隠し事をしていたが、それは仕方がなかったからだ。では、仕方がなかったら報酬を支払わなくても良いのかというと、それは違う。僕はもう仕事をしたのだから、その分の報酬は支払ってもらわないと困る。そうでなければ、ただ時間を無駄に過ごしただけになる。
いや……。
それは違うか……。
今回の出来事を通して、僕はヒントを得ることができたのだから……。
「彼女の怪我は、大丈夫そうですか?」男性は尋ねた。「女性だから、可哀想だ」
「貴方が投げたのでは?」僕は冗談のつもりで指摘する。
「ええ、そうなんですよ……。だからまったく困ってしまう。しかし、そうしないと、貴方が危ない目に遭っていた。そこのところ、理解してもらえると、こちらとしても助かります」
「どうして、僕を助けてくれたんですか?」
僕がそう尋ねると、彼は一瞬だけ鋭い目つきになった。
しかし、またすぐにもとの表情に戻る。
偽りとしか思えない笑顔。
本物の笑顔を知らないような未熟な口角。
「どうしてだと思います?」
僕はリィルを見る。頭部に当てられたガーゼが痛々しかった。髪にも幾分体液が付着しており、照明の光を鈍く反射している。
「僕たちと、同じだからですか?」
僕は言った。
男性は不敵に笑う。
「ウッドクロック?」彼は話した。「さあ、どうでしょう……。その点については、貴方の想像にお任せする、とだけ伝えておきましょう。まあ、というよりも、仕事だから、というのが一番の理由なんですけどね……。……貴方だってそうでしょう? 仕事だから、深くは立ち入らなかった。仕事だから、知っていて知らないふりをした。違いますか?」
「まあ、そうです」僕は頷く。
「大変ですね、お互い。大したやり甲斐もないのに」
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