第39話

 午後一時半になったタイミングで、昨日と同様にメッセージが送られてきた。



〉要求から四十八時間が経過した。残された時間は二十四時間となる。



〉ヘブンズの活動領域の拡大を急ぐように。



〉なお、私の居場所を特定しようとしているのなら、無駄な努力に終わる可能性が高い。



〉お互い最善の結果を得られることを願っている。



〉心しておくように。



統括者



 僕はそれを読む。もう全然驚かなかった。当たり前のことしか書かれていないからだ。リィルも同様の反応だった。


「こいつさ、馬鹿なんじゃないの?」リィルは言った。「こんなふうに気取っちゃってさ、何様のつもり?」


「この施設のリーダーなんだよ。それなりの頭脳の持ち主なんだ。馬鹿にしてはいけない」


「どうせ、肩書だけなんじゃないの?」


 そのとき、僕の上着のポケットで携帯端末が震えた。


 僕は端末を取り出し、画面の表示を確認する。友人から電話がかかってきていた。画面をタップしてそれに応答する。


「どうかした?」僕は尋ねた。


「今、話しても大丈夫?」友人の声が聞こえる。「大事な話なんだ」


 僕は端末を耳に当てたままリィルに目配せした。彼女は僅かに首を傾げる。


「どんな話?」


「見つけたんだ、君が言っていた人物を」彼は言った。「その施設のリーダーだろう? ハイリ・スルシという女性だ。ネットのニュースを回覧していたら、偶然見つけた。どうしてだと思う?」


「ニュース?」僕は訊き返す。「どういうこと?」


「彼女、死亡したんだ」彼は言った。「しかも、今朝の五時に」


 僕は驚いて声が出なくなった。


「地方の路上で死亡しているのが見つかった。いや、路上じゃないな……。どこかの橋の上? まあ、いいや、そんなことは……。見つかったとき、彼女は腹部にナイフが刺さっていて、出血多量で意識不明の重体だった。その後、搬送先の病院で死亡。死因はそのナイフに間違いないけど、自殺か他殺かは分かっていない。まあ、普通に考えれば他殺だろうけど……。……聞いている?」


「それで? そのあと、どうなった?」


「別に、どうもなっていない。死亡が確認されて、それで終わり」


「彼女の所有物について、何か書かれていない?」僕は質問する。


「所有物? いや、そんなことは書かれていないけど……」


「本当に? 重要なものなんだ。その……、いや、詳しいことは言えないけど、とにかく、とても大事なものなんだ。持っていたら、絶対に目立つ。警察も気づくはずだ」


 暫くの間彼は沈黙する。


「いや、そんなことはどこにも触れられていない。でも、あくまでネットのニュースだから、必要最低限のことしか載っていないよ。それに……。それは、貴重品なんだろう? 機密事項だと判断されたんじゃないの?」


「そうかもしれないけど……」


 僕は黙る。


 ……ハイリが死亡した?


 どうして?


 誰かに殺されたのか?


 なぜ?


 いや、それなら……。


 僕は彼に話しかけようとする。


 しかし、そのとき、ドアの方から激しい音が聞こえた。


 僕はそちらを振り返る。リィルも顔を向けた。


 ドアが開かれている。


 その向こう側。


 誰かが立っている。


 サラだった。


 彼女は部屋に入ってくる。


 そして、急停止。


 手に持っていたものをこちらに向けて、彼女は僕とリィルの顔を交互に見つめた。


 黒光りする鋼鉄。


 彼女は、ピストルを握っている。


 呆気に捕らわれて、僕もリィルも何も言えなかった。


「電話を切りなさい」サラが言った。「今すぐに」


 僕は端末の電源を切る。電話の向こう側で彼の声が聞こえていたが、僕の操作で通話は終了した。


「動かないで」サラは僕たちを睨みつける。「両手を頭の後ろに掲げて、百八十度方向転換」


 沈黙。


「言われた通りにしなさい」


 僕とリィルは黙って指示に従う。後ろを向くとき、リィルと一瞬だけ目が合った。彼女の目には恐怖とも疑問ともとれない、微妙な色が浮かんでいた。


「今、誰と話していたかを説明して」


 僕は溜息を吐く。


 肩の力を抜いた。


 不思議と、抵抗しようという気にはならなかった。


「友人と話していました」


「誰?」


「僕に、この仕事を紹介した者です」


「何を聞いた?」


 僕はリィルに目配せする。彼女はまだ内容を知らない。


「とある人物が、今日の朝に死亡したというニュースです」僕は説明した。「その人物は、ハイリという名前の女性です。この施設のリーダーでした。腹部の損傷で出血多量になり、意識不明の状態で見つかって、死亡しました」


 隣でリィルが息を呑むのが分かった。


 当然、僕も驚いた。


 しかし、今は……。


 そんなことはどうでも良かった。


「ほかには?」


「それだけです」


「予言書はどうなった?」


「知りません。彼が教えてくれたのは、あくまで、ネット上に公開されている情報だけでした」

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