第33話

「解析が終わったら、それをすべて記憶してほしい」僕は彼女に指示する。「長期保存する必要はないけど、その分的確に記憶してね」


「うん……。……でも、できるかな」


「できないと困る」


 デバイスの画面には、黒い背景に白い文字がずっと流れている。もの凄いスピードだった。そして、もの凄い量がある。けれど、これも僕たちの数分の一でしかないはずだ。実際に会話をしてみて分かったが、ヘブンズは人間と思考の仕方が異なる。どのように異なるのか、具体的に説明するのは難しいが、一言でいえば、論理展開の順番が違っている。


「どれくらいで終わりそう?」


「えっと、どうかな……。……上手くいけば、だいたい三時間くらいだと思うけど」


「よし、じゃあ、僕は風呂に入ってこよう」僕は立ち上がる。


「え、いや、ちょっと、待ってよ」顔を上げてリィルは訴えた。「誰か来たらどうするの?」


「ドアに鍵をかけておけばいい」


「そういう問題じゃないって。困るよ、そんなの。私一人じゃ何もできないんだから」


「何が?」


「いや、だって……」


「誰も来ないよ」僕は話す。「今まで、この時間帯に誰か来たことなんてないだろう?」


「そうだけど……」


「誰か来たら、寝室に隠れればいいよ。僕は浴室にいるから、すぐにドアの鍵を開けて対応できる」


 リィルは何やら呟いている。彼女に次の一手をとられる前に、僕は一人で浴室に向かった。


 服を脱いで風呂に入る。衣服は毎日洗濯しているが、もう以前着たのと同じものが被るようになっていた。もともとファッションに気を遣う方ではないが、またこれを着るのか、と思わないわけではない。思ってもどうにもならないが……。


 湯に浸かりながら僕は考える。


 ヘブンズがベーシックで記述されていることは、だいたい予想がついていた。それは、僕の発想力や想像力が優れていたからではない。一定の手順を踏めば、誰が考えても同じ答えに辿り着く。つまり、単純な推論を行ったにすぎない。リィルは気づかなかったみたいだが、それは、おそらく、彼女が最悪の可能性を無意識の内に排除していたからだろう。推論を行う際には、すべての可能性に目を向ける必要がある。そうでないと、大事な可能性を見落とす結果に繋がる。


 さて、そうなると、次は、ヘブンズがベーシックで記述されていることが、どのようにほかの出来事と繋がってくるかだが……。


 それについても、ある程度の結論は出ていた。


 けれど、まだ材料が足りない。確信できるだけの根拠がない。


 それをどうするか……。


 それ以上何も思いつかなかったから、僕は考えるのをやめて、衣服を入れる籠から携帯端末を取ってきた。それで適当にニュースを見る。専門分野に関する新しい情報がいくつか見つかったが、どれも僕の興味を引くものではなかった。


 なんとなく友人に電話をかけてみようと思って、僕は番号をプッシュした。


 五回目のコールのあと、相手が応答する気配があった。


「はい?」彼の声が聞こえる。


「あ、僕だけど」


「番号を見れば分かる」彼は言った。「そのあと、どうなった? 何か面白いことはあった?」


「あった」


「どんな?」


「説明するのが面倒」僕は答える。「それよりも、ちょっと調べてほしいことがあるんだ。ハイリという人物に関する情報を集めてくれないかな」


「誰?」


「この施設のリーダー」


「へえ……。その人がどうかしたの?」友人は笑っている。もっとも、彼はいつも笑っている。


「詳しいことは教えられないけど、その人物に関する情報が、今、必要なんだ」


「なるほど。大分苦戦しているようだ」


「半分は君のせいだけどね」


「酷いなあ、まったく」彼は言った。「まあ、いいよ。気が向いたら調べておこう」


「気が向かなくても頼む」


「うん、できれば」


「じゃあ、よろしく……」


 電話を切る。

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