第27話
ロトは自分の席に座り、僕たちの顔を交互に見つめた。
「私たちの間で取り引きが行われたことは、全所員に伝えます。そして……。これが最も重要なのですが、私が今からお話しすることは、絶対に他言しないようにお願いします。それだけは徹底して頂きたいのです」
僕はコーヒーを一口飲む。苦かった。
リィルの分のコーヒーをどうしようか、と僕は考える。
「ええ、お約束します」僕は言った。
「それでは、お話しましょう……」彼はテーブルに肘をついて手を組む。「まず、この一連の出来事の発端についてです」
ロトの説明によると、すべての出来事には、この施設のリーダーが深く関わっているらしい。というのも、その人物があのメッセージを送ってきたのだ。リーダーは長い間行方不明になっており、しかも、この施設に保管されていたとあるテキストを無断で持ち出した。
メッセージには「とあるテキストを拝借した」と書かれていたが、この「とあるテキスト」というのが、リーダーが持ち出した対象を表している。それは「予言書」と呼ばれる実体のある書物であり、この施設の創設当時から厳重に保管されてきた。リーダーが姿を消したのは約一ヶ月前のことで、それから秘密裏に捜索が行われたが、行方は一向に掴めなかった。捜索範囲を国土全体に広げても、目撃情報はまったく得られなかった。そして、失踪から一週間が経った頃、その人物から初めてメッセージが届けられた。
通常であれば、外部からこの施設のクラウドにアクセスすることはできないが、リーダーだけは特別であり、それを可能にするパスを持っている。施設には全所員が使用可能なメインクラウドと、一部の人間しか使用できないサブクラウドが存在しているが、そのメッセージはサブクラウド、しかもロト個人に宛てて送られてきた。メッセージには、今回送られてきたのとほとんど同じ内容が記されており、それをロトが全所員に伝えるように、との指示が成されていたが、ロトはそれをしなかった。その前にリーダーを探し出し、事件そのものを隠蔽しようとしたからだ。
そして、そのメッセージ。
メッセージの差出人は「統括者」であり、要求は「ヘブンズの活動領域を拡大せよ」というものだった。
「この統括者というのが、リーダーのことですか?」僕は尋ねた。
「ええ、おそらくそうでしょう」ロトは応える。
「予言書とは、どんなものですか?」
「それが、我々も詳しくは知らないのです。そもそも、その書物は開けないようになっています。鍵がかかっているからです」
「鍵? 実体のある本に鍵がかかっているんですか?」
「そうです」
「えっと、それから、この……、ヘブンズというのは?」
ロトは再び説明を始める。
ヘブンズとは、この施設に存在するすべてのシステムを管理する人工知性のことらしい。施設にいる間は、クラウドを通して様々なツールを使うことができるが、それらの管理や運用も、このヘブンズがすべて行っている。ほかにも、翻訳が終了したテキストを管理したり、勤務者の作業の進行状況を確認したりなど、多種多様な作業をヘブンズが担当しているとのことだ。
「でも……。それでは、どうして、リーダーはそんなことを要求してきたんですか?」彼の説明が終わったところで、僕は一番気になっていたことを質問した。「ヘブンズの活動領域を拡大するなんて……」
「私にも分かりません」ロトは首を振る。「ヘブンズは我々の作業を補助するためのものであり、これ以上活動領域を広げる必要などないのです」
僕はコーヒーを飲む。リィルに尋ねる振りをして、僕は彼女の分のコーヒーも飲んだ。
「今、貴方が話したことを知っているのは、誰ですか?」
「現段階では、私と各分野の上級管理者だけです。その中にはサラも含まれます。しかし……。先ほどのメッセージが全所員の目に触れてしまったので、これ以上隠し通すことはできないでしょう。所員にはこれからできる範囲で伝えるつもりです」
ロトが最初のメッセージを隠蔽したために、今回、リーダーはメインクラウドを介して同様の内容を直接全所員に伝えた。だから僕たちの部屋にもあのメッセージが送られてきたのだ。僕たちは部外者だから、それが知られてしまうのはかなりの損失だろう。所員に知らせることさえロトは躊躇したのだから……。
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