第25話

 食器を載せたトレイがテーブルから消失し、僕はいつも通り昼寝をした。今日は寝室は使わなかった。寝室で眠る日とそうでない日があって、その日の気分次第でどちらで眠るかを決めている。寝室を使わないとなれば、ソファに座ったまま眠るしかない。眠るのに適した形状とはいえないが、これがまた適度に心地良かった。窮屈なバスの座席で転た寝をするのと同じ感じだ。


 今日は夢は見なかった。それほど疲れている感覚はない。目を覚ますとリィルも眠っていたが、彼女も特別疲れているわけではなさそうだった。口ではそう言っているが、きっと僕の気を引こうとしたのだろう。自分でそんなことを言うのは恥ずかしいが、しかし、それは、最近になって発見したリィルの特徴の一つだった。僕は今まで他人と積極的にコミュニケーションをとってきた方ではないから、どのような言動にどのような意味が含まれているのか、分析するのに慣れていないところがある。リィルとは毎日一緒にいるから、その日々の積み重ねを経て、少しずつリィルの行動の意味が分かるようになってきた。


 僕はぼうっと彼女の寝顔を眺める。


 何度見ても飽きない。


 どうしてだろう?


 そう思ったとき、テーブルに変化があった。


 僕の意識は自然とそちらに向く。


 今は何もないテーブルの表面が、青白い光を発している。これはスクリーンが投影される際の前段階だ。そして、予想した通りスクリーンが僕の前に出現する。


 僕はそこに書かれている文章を読んだ。


 しかし、途中で文字を追う目が止まった


 僕はもう一度始めから文章を読み直す。ソファの背凭れから身体を起こし、身を乗り出してスクリーンに顔を寄せた。


 メッセージの内容は以下の通りだった。



〉未だに全所員に知らせていないようなので、こちらから直接伝えることにする。



〉簡潔に述べよう。



〉トップシークレットに類するとあるテキストを拝借した。



〉返却を望むのであれば、七十二時間以内にヘブンズの活動領域を拡大せよ。



〉要求に応じなかった場合、テキストは二度とあなた方のもとに戻ってこない。



〉心するように。



統括者



 僕は三度通してその文章を読んだ。送信先を確認すると、この施設に勤める全所員に宛てられたものだった。


 僕は急いでソファから立ち上がり、肩を揺すってリィルを起こした。


「ん……」片手で目を擦りながら、リィルは声を漏らす。「……なあに?」


「これ」


「……え?」


 リィルはぼんやりとした表情で身体を起こし、僕が指差したスクリーンに目を向ける。まだ頭が回りかけている途中のようで、暫くの間黙って文字を追っていたが、途中から表情を変えて、真剣な顔で文章の意味を汲み取ろうとした。


 一通り文章を読み終えてから、リィルは僕の方を振り返った。


「これ、何?」


「分からない」僕は答える。「休憩していたら、突然現れたんだ」


 リィルは再びスクリーンに目を戻す。


「この、統括者って……。……誰?」


「さあ……」


「その前に、この意味が分からないんだけど……」彼女は該当する単語を指で示した。「ヘブンズって何?」


「分からない」


 そのとき、僕たちの背後でドアが開いた。


 ノックはされなかった。


 突然の音に驚いて、僕とリィルは揃って背後を振り返る。


 そこにサラが立っていた。


 僕は声を発しかけたが、サラは僕を見ようとしない。部屋の中に視線を巡らして、テーブルの上にスクリーンが投影されているのを見つけると、彼女は不愉快そうに小さく舌を打った。


「あの……」僕は呟く。


「お二人とも、それを読みましたね?」サラが尋ねる。


 僕とリィルは互いに目配せする。


「ええ……」


「そこを動かないで下さい」


 そう言って、サラは勢い良く廊下を駆けていった。

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