第23話

 休憩室といっても、部屋の明確な入り口は存在しない。三面が壁で囲まれているだけで、開いている所から自由に出入りできる構造になっている。円形のテーブルがいくつか並べられており、その周りに背の高い椅子が向かい合って配置されている。一つのテーブルに椅子は二つずつだった。奥の方に自動販売機が三つ並んでいる。一つは飲み物を売っているものだったが、あとの二つの内一つは軽食を、もう一つは煙草を取り扱っているものだった。


 サラはもういなかった。自分の部屋に戻ったようだ。


 五分くらい、僕とリィルは休憩室の中を調べた。調べるといっても、この部屋に置かれているものはそもそも限られているから、調べる対象は本当に僅かしかない。テーブルに椅子、自動販売機の周辺をそれぞれ調べてみたが、特に何も見つからなかった。


「うーん、何もないなあ……」手近な椅子に腰かけながら、リィルが言った。


「そんなに簡単にヒントを貰えるわけがないね」僕は彼女の対面に座る。


「この部屋に、何かがあるのは、確かなんだけど……」


「ま、そうだろうね」


「そうだろうね、じゃなくて、君も考えてよ、ちゃんと」


「考えている。口と頭が連動していないだけだ」


 リィルはテーブルに両肘をつき、掌に自分の顎を載せてこちらを見る。


「どうしたらいいと思う?」


「どうしたらって?」僕は身体を横に向けた。


「うーん、なんかさあ、だんだん、つまんなくなってきちゃった……」


「勉強して、理解できないと、すぐに投げ出してしまうタイプだね」


「そうだよ……。……もう、退屈」


「天井に向かって話しかけてみたら?」


 僕がそう言うと、彼女はその姿勢のまま、天井さん、聞こえますか、と大きな声で尋ねた。


 しかし、もちろん、何の反応もない。


 リィルは溜息を吐いた。


「たぶん、対人会話を実現するシステムが備わっているんだ」僕は言った。「少なくとも、人間同士で会話をするためのシステムではないと思う。その可能性も捨てきれないけど、それなら自分の部屋からでもできるし、休憩室で大っぴらにやる意味がない」


「でも、そういう人もいるかもしれないんでしょう?」リィルは挑戦的な目を僕に向ける。


「その通り」


「君ならどうする?」


「僕は、そもそも、誰かと話したいとは思わない」


「私と話しているじゃん」


「君は例外なんだ」僕は言った。「可愛いから」


「でも、もしそんなシステムが存在するとしたら、私たちにも使えるはずだよね? 何かキーが必要ってことかな……」


「その可能性が高い」


「どんなキーだと思う?」


「さあ……。向こうから個人を判別するのか、それとも、こちらから相手に承認を求めるのか……」


「サラに訊けばよかった」


「うん、それはやめよう」


「ロトに訊きに行く?」


「君さ、もう少し自制したら?」僕は話す。「僕たちは部外者なんだよ。好き放題やっていいわけじゃないんだ」


「さっきいいって言ったじゃん」


「好き放題やっていいとは言っていない。ばれないように調べる分にはいい」


「ロトの口を封じるとか?」


「怖いね。ジェットコースターよりも怖い」


「はああああ……」リィルは勢い良くテーブルに突っ伏した。「なんか、疲れちゃった、色々と考えすぎて……」


「僕はお昼ご飯を食べよう」


 僕が椅子から立ち上がっても、リィルは何の反応も示さない。


「帰らないの?」


「うん……。もう暫くここにいる……」


「そう。気をつけてね。健闘を祈る」


 僕は長い廊下を一人で歩き始める。途中で立ち止まり、顔を上げて天井を見てみたが、そこから何かを感じ取ることはできなかった。まあ、当然だろう。対人会話を可能にするシステムと言ったが、そんなものは個人レベルのデバイスからでも使用できる。何も珍しいシステムではない。問題はそこではない。サラが何をしていたのか、それを考えることが重要だ。


 ただ……。


 僕はあまりそういったことには立ち入りたくなかった。


 なんというのか……。……それが僕のポリシーなのだ。


 他人のことは気にしすぎない。そうすることで、自分の領域からもある程度他人を排除できる。


 今までずっとそうしてきた。


 それなのに……。


 どうやら、ずっと近くにいることで、僕は少しずつリィルの影響を受けてしまったようだ。


 磁石の傍に置いてある金属が、同じように磁力を帯びてしまうような……。そんなことが起こりえるのかは知らないが、なんとなく、そんなイメージに近い。


 僕は再び前進する。


 数メートル先でドアが開き、サラが僕の前に現れた。


 僕に気づいて、彼女はこちらを振り返る。サラは無表情のまま軽く頭を下げて、ロビーがある方へ歩き始めた。


「あの」


 遠ざかる彼女の背中に向かって、僕は声をかけた。


 サラはこちらを振り返る。


「はい、なんでしょう?」


「一つ訊きたいことがあるんです」僕は言った。「クラウドが復旧する目処が立っていないのは、なぜですか?」


「その質問にはお答えできません」サラは答える。「クラウドの使用禁止に関して、私から詳細な情報をお伝えすることはできません。これは命令なんです」


「なぜですか?」


「今の回答でご理解頂けませんか?」サラは僕を軽く睨む。


「いえ、理解はします。ただ……。……そう、ちょっと、不便だなと思いまして」僕は嘘を吐いた。「ええ、だから、その……、そうですね、そんな不満をついつい口にしてしまったんだと思います。すみません」


 サラはじっと僕の表情を伺っている。


「結構です」サラは言った。「ご不便をおかけしているのは、事実ですから」


「早く使えるようになるといいですね」


 頷いてから、サラは廊下の先に消えていった。

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