第19話
妙な出来事が起こっても、朝食はいつも通り届けられ、僕はそれを食べた。今日は朝からスパゲティーグラタンだった。別に、朝から、と断った理由はない。ちょっとボリューミーだな、と思っただけだ。
「それにしても、なかなかスパイシーだね」スパゲティーを口に押し込みながら、僕は話した。
「その料理が?」
「いや、この施設が」
「何が?」
「なんか、色々と新鮮なことがあって、面白い」
「今回の出来事も?」
「うん、そうだね」僕は頷く。「理由が分からないというのが、一番不気味だ」
「ロトに訊いてみれば?」
「いやいや、施設の所員にさえ教えないんだから、部外者の僕たちに教えてくれるはずがないよ」
「私が訊いてこようか?」
「君が?」僕は思わず笑ってしまった。「興味深いけど、やめておこう」
「何が興味深いの?」
「いや、なんだか、君に尋ねられたら、彼も答えてしまうかもしれない、と思って……」
「え?」リィルは少し目を丸くする。「じゃあ、なおさら訊いた方がいいじゃん」
「あとが面倒になる」僕は言った。「彼が上司から責任を追求されるところなんて、僕は見たくないよ」
ふうん、と言ってリィルは黙った。
午前九時になって、僕は今日の分の作業を始めた。やはり、クラウドが使えなくても不便は感じない。いたっていつも通りだといえる。
十時になった頃、ドアがノックされ、僕は作業を中断して立ち上がった。
ドアを開けると、そこにサラが立っていた。
「おはようございます」無表情のまま、彼女は軽く頭を下げた。「何も問題はありませんか?」
ドアを閉めて、彼女は玄関に入ってくる。しかし、部屋には上がらずに、そのまま立ち話をする形になった。
「ええ、特には……」僕は答える。「あの、何があったんですか?」
「それについては、お答えできません」彼女は僕の質問を一蹴する。「問題がなければ、引き続き作業を続けて下さい。問題が起きたら、私が対処します。いつでも内線で呼び出して頂いて結構です」
「分かりました」
「では、私はこれで……」そう言って、サラはドアを開けようとする。
「これから、すべての部屋を周るんですか?」
「いえ、違います」彼女はこちらを振り向く。「お二人が、何か不便を感じていないか、気になりましたので」
「お気遣い感謝します」
「感謝しても、何も出ません」
僕は、サラが少し笑ったのを見逃さなかった。
彼女は部屋から出ていった。
ソファに座り直し、僕は自分の作業を再開する。
「やっぱり、何かあったんだね」対面に座るリィルが言った。
「だから、何かはあったんだよ」
「何かなあ……。私たちに関係があることだったりして」
「え、それ、どういう意味?」僕は手を止めて顔を上げる。「この出来事が生じた原因に、僕たちが関わっているってこと?」
「うん……。だって、タイミングがよすぎるから」
「ただの偶然じゃないかな。機器の不具合なんて、定期的に起こるものだよ」
「でもさ、なんか、違うと思う」リィルは説明する。「サラがここに来たのも、私たちの手助けをするためじゃなかったんじゃないかな。きっと、偵察に来たんだよ。私たちが何も怪しいことをしていないか……」
「勘繰りすぎだと思うよ」
「でも、そうとも考えられるでしょう?」
「そうだけど、そうだとしても、それだけではないだろう。たぶん、助力と、偵察の、どちらの意味もあったんじゃないかな。あとは、抑制の効果もあるだろうね。自分たちは、いつでもあなたたちに干渉できる、みたいな……」
「私、やっぱり何が起きたのか知りたい」
「いや、だからさ、どうしてそんなに興味津々なの?」僕は意識を完全に手もとから乖離させて、彼女に質問した。「なんか変じゃないか。ここに来たときから、君、妙なことばかり言っているよ。何か気になることがあるの? 言ってごらん。些細なことでも、ちゃんと耳を傾けるようにするからさ。報告は、ないよりはあった方がいい」
「ただの勘だよ」彼女は言った。「でも、はっきり言うと、この施設は普通じゃないと思う」
「普通じゃない? どういう意味?」
「うーん、よく分からないけど、でも、なんか、そんな気がする」リィルは天井に目を向け、脚と腕を同時に組む。途端に精悍な顔つきになった。「一言で言えば、変。この施設も、この施設に務める人間も、何か変だよ。隠していることがあるんじゃないかな。あるいは、隠されているわけじゃなくても、私たちがまだ知らない何かが存在する……。うーん、なんだろう……。はっきりとは言えないけど、そんな確信がある、というか……」
「分かった。じゃあ、これからは君の勘に従おう」僕は瞬時に方針を転換した。「気づいたことがあれば、僕に教えてほしい」
「うん……」
「ただし、あまり大それたことはしないでね。ロトに直接訊きに行くとか、サラに無理矢理詰め寄るとか、そういうことは控えるんだ。でも、そうだな……。施設内を歩き回る程度なら、まあ、やってもいいことにしよう。なるべく隠密に行動するということで……。いざとなったら、僕が責任をとるよ」
「それは、どうも、ありがとう」
「で、君は何がしたいの?」
「まずは、うーん……」彼女は考える。「それを、考えること、かな」
「なんだ」僕は笑った。「まあ、じゃあ、ゆっくりと考えるといい」
リィルは静かに一度頷き、そのまま思考モードへと以降した。
僕も作業を再開する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます