第10話

 二十分ほどで一人分の料理を平らげたが、とてももう一人分は食べられそうになかった。リィルに指摘された通りだ。


「ほら、やっぱり、無理じゃん」案の定、彼女に言われた。「どうするの?」


「うん、やっぱり、こうなったら冷蔵庫に仕舞っておくしかないね」


「それを毎食続けるつもり?」


「無理かな?」


「一日三食届くんだよ。それを三日も続けたら、九食分が冷蔵庫に入ることになって……。……どう考えてもキャパシティーオーバーになると思うんだけど」


「キャパシティーオーバーって、和製英語?」


「知らない」


「まあ、とりあえず、今日の分は冷蔵庫に仕舞っておこう」そう言って、僕はリィルの分のトレイを持って立ち上がる。しかし、そこですぐに気がついた。「いや……。違った。きっと、この器も回収されるんだ。どうしよう……。料理だけ冷蔵庫に入れておくわけにはいかないし……」


 僕は歩いて冷蔵庫まで近づき、蓋を開けて中を確かめる。当然、食器の類はその中には入っていない。キャビネットはどうかと思ってその中も確かめてみたが、食器らしいものは見つからなかった。


「……食べたら?」


 僕の情けない行動を見ていたリィルが、最終手段の提案をした。


「いや、到底食べられないよ、こんなに……」僕は持っているトレイを見て話す。「もう、自分の分だけでお腹いっぱいなんだ。もう一人分なんて、そんなの……」


「でもさ、ほかにどうしようもないじゃん」


「……そうだね」


 というわけで、僕は無理してもう一人分の料理を胃袋に詰めることになった。


 当然、途中で吐きそうになる。


 そして、実際に少し吐いた。


「いやいや、そこまで無理しなくても……」向こう側の席で、リィルが無責任な発言をした。「うーん、もう、しょうがないから、どこかに隠しちゃえば? あ、クローゼットの中とか? それとも、塵箱に捨てるとか……」


「なんてことを言うんだ」僕は苦しい声で話す。


「だって、しょうがないじゃん」


 僕は鰤大根を一口食べる。鰤の上に生姜はあった。


 大洪水が起こる一歩手前でなんとか料理を食べ終え、僕はソファの背凭れに勢い良く寄りかかった。


「……明日から、一人分にしてもらおう……」僕は言った。


「どうやって?」


「いや、なんか、適当に理由をつけて……」


「どんな?」


「君に考えてほしい」


「え、私が? うーん……」


 僕は苦しくて動けない。別に動く必要もなかった。あとは風呂に入って眠るだけだ。


「あ、じゃあ、私、帰ろうか?」突然、リィルが提案する。「そうすれば、万事オーケーでしょう?」


 僕は彼女を見る。


「何言っているの?」


「駄目?」


「駄目」


 リィルは声を出して笑う。


「まあ、当たり前か」


「君さ、お風呂に入ってきたら?」


「え、どうして?」


「僕は暫く入れそうにないから、先にどうぞ」


「分かった」


 そう言って、リィルはソファから立ち上がる。


「……一人で大丈夫?」


「何が?」僕は尋ねた。


「苦しくて、踠いたりしない?」


「ここは海の中だから、踠くのは正解だ」


 リィルは笑った。


「大丈夫そうだね。じゃあ、行ってきます」


 彼女は浴室へと消える。


 暫くの間、じっとしていよう、と僕は思った。


 リィルがいなくなってから五分くらい経った頃、突然テーブルの上から皿が載ったトレイが消えた。よく見ていなかったが、先ほどと同じようにテーブルにスリットが入り、そこから下に回収されたようだ。


 こんなハイテクノロジーな施設で、僕はいったどのような仕事を任されるのだろう、と多少不安になる。


 その前に、明日の分の朝食を食べられるか心配するべきだった。

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