第2章 さらに継続

第6話

 車の振動に揺さぶられながら、僕たちは夜の街を通り抜けていく。すぐ隣にはリィルが座っていて、僕の前の席に運転手の男性がいた。この車は、かなり古いものだが、それは見た目だけで、内部構造はすべて電子化されているみたいだ。生卵の殻を被った茹で卵のようなものといえる。


 僕たちを出迎えてくれた彼はまだ若かった。ざっと見て二十代くらいだろうか。きちんとした服を着ているところを見ると、それなりの役職の人間らしい。名前は尋ねなかったし、向こうも自ら名乗ることはしなかった。おそらく、僕たちが彼と関係を持つことはないだろう。この送迎のためだけに用いられた人員だといえる。


「いやあ、それにしても、お若いですねえ、二人とも」その運転手が話した。「おいくつなんですか?」


「さあ……」僕は答える。「知りません」


「まあ、そういう人もいますね。そちらのお嬢さんは?」


「今年で四十になります」リィルが答える。


「え?」運転しながら、彼は後ろを振り向いた。「本当ですか?」


「ええ」


「はあ、そうですか……」


 そう言ったきり、彼は何も話さなくなった。


 窓の向こうでは、街を出歩いている人がちらほらと見える。家は洒落ているものが多く、同じ国のものとは思えないようなものもあった。この街の住民も、身につけている衣服は様々だ。フォーマルな格好をしている者もいれば、ラフな格好をしている者もいる。僕たちは、どちらかというと、今はラフな格好をしている。これは、若さを主張するためではなかった。堅い人間だと思われないようにするためだ。そういう人柄だと思われると、思いがけない仕事が飛び込んでくることがある。そうした事態は極力避けたかった。


「ねえ、あのさ」リィルが小声で言った。「ちょっと、気になることがあるんだけど……」


「何?」僕は尋ねる。


「この街さ、なんか変じゃない?」


「何が?」


「なんか……、皆、気ままに動いていない気がする、というか」


「え? どういう意味?」


「いや、気のせいかな……」


 僕は窓の外に目を向ける。別に、何も変わっているところはないように見えた。普通の生活が展開されているように思える。


「何もおかしいとは思わないけど」


「そう……」リィルは頷く。「なら、いいんだけど……」


 車は細い道を入っていく。左右は草原で、道も舗装されていなかった。平たい草原というよりも、小高い丘を上っているような感じだ。暫くすると、前方に明るい光が見えた。そこに建物があるようだ。


 車はその光の前で停車した。


「さあ、着きましたよ。お疲れ様です」運転手が後ろを振り返って話す。


 シートベルトを外して、僕たちはドアを開けて外に出た。この車は前にしかドアがないので、前の椅子を倒して、その隙間を通って僕たちはドアを抜けた。


 外は寒かった。


 すぐ傍に夜の海がある。


 そして、前方。


 そこに目的地の建物があった。


 一見すると、「山」という漢字と同じ形をしているように見える。中央に大きなドーム状の構造があり、その左右にそれより小さなドームがそれぞれ配置されている。窓はなく、壁面はクリーム色だった。ドームの頂上にかなり強い光を発する照明が設置されており、それはくるくると回っている。どうやら、この建物は灯台の役割も担っているようだ。丘の上に建てられているし、海の傍にあるのだから、きっとそうだろう。しかし、文書の解析と翻訳を行う施設が、どうしてそのような役割を兼ねているのか、僕には分からなかった。わざわざ別に灯台を建てる費用がなかったのかもしれない。


「さあ、どうぞ」


 立ち止まって建物を眺めていた僕たちに向けて、運転手の男性が手招きする。僕とリィルは彼についていき、ドームの入り口の方へと近づいていった。


 入り口には重厚な扉が設置されている。ドアではなく、両開きの扉だった。城の入り口とも思えるようなデザインだが、素材は近未来的なものが使われている。少なくとも、木造ではない。


 運転手の男性が近づくと、扉が勝手にこちら側に開いた。


 僕たちは建物の中に入る。


 その先は、赤い絨毯が敷かれた広大なロビーだった。


 天井には、木造の梁のようなものが巡らされている。左右にドアがあり、そちらは先ほどの小さなドームに続いていると思われた。目の前にフロントのようなスペースがあり、その向こうに雑多なものが置かれているのが見える。


 まるでホテルみたいだな、と僕は思った。


「まるでホテルみたい」僕の隣で、リィルが言った。


 僕は彼女の顔を見る。


「君さ、超能力者じゃないよね?」


 右手に硝子製のテーブルや革張りの椅子が並べられた一画があり、運転手の男性にそこで暫く待つように言われた。これから担当者を連れてくるようだ。


 僕たちは、指示された通り椅子に腰かける。僕の対面にリィルが座った。


 今、このロビーには、僕たちのほかに誰もいない。


 とても静かだった。


 耳を澄ますと、波の音が微かに聞こえてくる。しかし、ある程度の防音加工が成されているようで、必要以上に音が大きく聞こえることはなかった。

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