第5話
荷物を持って出口に移動し、僕と彼女は列車を降りる。ここが終点だから、僕たち以外にも降りる人は沢山いた。人の流れに乗って階段がある方へ移動する。列車と同じように、この駅舎もかなり古風であることが分かった。壁には煉瓦が使われている。階段はコンクリートでできていたが、それでも、それが最近作られたものではないことは明らかだった。
逸れないように、僕とリィルは手を繋ぐ。もう片方の手にはトランクケースを持っていたから、移動はなかなかの重労働になった。
階段を下りきると、なぜか自動改札がなかった。その代わりに、人間が切符を一枚一枚チェックしている。これにはかなり驚いた。こんな文化が残っているなんて、いったいどれほど時代遅れな街なのだろう。いや、わざとそうしているのかもしれない。そうした古風な雰囲気を観光のために残しているのだ。
切符をチェックしてもらい、前に進むと、もう屋外だった。目の前にロータリーが広がっている。それほど多くの自動車が停まっているわけではなく、やはりどこか田舎らしい雰囲気があった。繁華街のようなものはなく、きらびやかな照明はどこにもない。白や橙色を基調とした街灯が僅かに立っているだけで、街の喧騒もほとんど感じられなかった。先ほど、列車を降りたとき、かなり混雑しているように感じたが、あれは人の数が多かったからではなく、駅が小さかったからのようだ。
ロータリーを見渡してみたが、職員の自動車らしいものはなかった。どれも人の運送を仕事としている種類の車で、私的なものは一台もない。
ロータリーの中心に位置する比較的開けた場所に立って、僕たちは施設の担当者が来るのを待った。
「混雑しているのかな」僕の隣でリィルが呟いた。
「道路が?」
「そう」
「さあ、どうかな」僕は話す。「案外時間にルーズな人たちなのかもね」
「それって、大丈夫?」
「何が?」
「仕事なんでしょう?」
「そうだね」
「いいの、それで」
「まあ、僕たちは困らないし」
「でも、寒い……」
「まあ……。それはたしかにね」
列車を降りてきた人々が去ると、辺りはかなり静かになった。遠くの方から微かに波の音が聞こえるような気がする。もっとも、本当に聞こえているのかは分からない。先ほど列車から海があるのを見たから、それが原因で幻聴が聞こえている、という可能性もなくはない。
「翻訳ってさ、どういうふうにやるの?」
軽く足踏みをしながら、リィルが僕に尋ねた。
「うーん、そうね……」僕は手帳を見ながら応える。「文章の意味はそのままに、その国の言葉に置き換える感じかな……」
「ちゃんと答えてよ」
「答えたじゃないか」
「いや、それくらい私にも分かるって。もう少し、具体的な説明が聞きたい」
「聞いてどうするの?」
「だってさ、君の手伝いをするんじゃないの?」
「そのときになれば、教えるよ」僕は言った。「それに、僕もプロじゃないから……。正しい知識を身につけたいなら、ちゃんとした人に訊くのが一番だよ」
「え……。……それは、なんだか面倒臭いなあ……」
「さらに言えば、君がそういう作業をすることはないと思うよ。その……、いってみれば、サポーターみたいな感じだから。うん……、まあ、雑務をやってもらう感じかな」
「ますますつまらなさそう」
「そうだろうね」
遠くの方から明るい光が近づいてくる。僕は顔を上げてそちらを見た。
ロータリーに一台の自家用車が入ってくる。
かなり変わった車だった。しかし、僕はそれを知っている。カブトムシをモチーフにした骨董品だ。
あまりにも古いものばかり現れるので、僕はもう少しで気を失いそうになった。
なんだろう……。
僕たちはタイムトラベルでもしてしまったのか……。
自動車は僕たちの前で停まる。
エンジンが止まり、ドアが開いて、中から男性が一人現れた。
「やあ、ごきげんよう」
彼は、たしかに機嫌が良さそうだった。
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