第4話
窓の外は大分暗くなってきている。腕時計で時刻を確認すると、すでに午後六時だった。どおりで暗いわけだ。冬の昼間は短い。
外の景色には、段々と都市の断片らしきものが見えるようになっていた。それでも、大都市というほどの規模ではない。都市の一部でもあるし、田舎の一部でもあるように見える。そんな曖昧な土地にこれから向かう施設は建っているらしい。なんとも洒落た趣向だ。
前方に視線を戻すと、転た寝をしているリィルの顔が見えた。
「リィル、起きて」腕を伸ばして、僕は彼女の肩を揺する。
「んん……」リィルは窓枠に押し当てていた顔を持ち上げ、片手で目を擦る。
「そろそろ到着するよ」
「うん……」
荷物は比較的少なかった。一応、五日分の着替えは持ってきている。施設でも借りられるらしいが、その場合は制服を着用することになるらしいので、今回は遠慮しておいた。職員の一人と思われたくない、といった謎の抵抗感があったためだ。
頭上の荷物置き場からトランクケースを下ろし、足もとに置く。衣類の類はこのトランクにすべて入っている。それ以外の仕事道具や飲み物は、今リィルが抱えている中程度のバッグに入っていた。
リィルはまた眠ろうとしている。
「いやいや、起きなって」僕は再度彼女の肩を揺する。
「翁って……、誰……」
「え?」
「うーん……」
「自問自答しないでほしいな」
「まだ、答えていないのに……」
「頭は回っているんだね。よかったよ。よし、じゃあ、そのまま目を開けようか、しゃきっと」
「うん……」
彼女はなかなか起きない。まるで質の低いパソコンみたいだ(これを直接彼女に言ったら怒られるが)。
そのとき、ジャケットのポケットに入れていた携帯端末が、小さくバイブレーション機能を発揮した。
僕はそれを取り出し、画面をタップして内容を確認する。
一件の新着のメッセージが届いていた(新着ではないメッセージは届かない)。
〉もうそろそろお着きになられる頃でしょう。
〉電車を降りられたら、階段を下ってロータリーに出て下さい。階段は一つしかないので、すぐに分かるはずです。ロータリーで係の者が待っています。
〉安全な旅路になられるよう、お祈りしています。
ヘブンズ
どうやら、これから向かう施設からのようだ。駅まで出迎えてくれるとはなかなか気が利くな、と僕は思う。
しかし……。
僕は最後に記された四文字の単語が気になった。「ヘブンズ」と書かれているが、これは誰かの名前だろうか。もちろん、メッセージを送信した者が最後に自分の名前を添えた、と考えるのが普通だが、こんな名前の人物がいるのか、と僕は少し不思議に思った。
まあ、そんなことはどうでも良いか……。
素敵な名前だ。
前の席を見る。リィルがじっとこちらを見ていた。
「起きた?」僕は尋ねる。
「見て分からない?」リィルは応えた。
「駅前のロータリーまで、職員が迎えに来てくれるらしい」
「そう……。うん、よかった」
「え、何が?」
「いやあ、もう、私、疲れちゃってさ、歩きたくなかったんだよね……」
「疲れたって……。ただ列車に乗っていただけじゃないか」
「うん、まあ、そうなんだけど」
「燃費が悪いね」
「君ほどじゃないけどね」
駅が近づいてきたので、僕たちは荷物の最終チェックをする。といっても、別にチェックするようなものはなかった。せいぜい切符を落としていないか確認する程度で、取り出したままになっているものはない。窓の外に小さな明かりの群衆が見え、その向こう側に黒い広大な空間があった。海があるようだ。
「綺麗だね」リィルが言った。
僕は頷く。
列車は間もなく速度を落とし、車内アナウンスとともに駅舎に入っていった。
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