第14話 すべての元凶は自分だった。

婚約披露パーティーは三日間かけて行われる。

第一王女の婚約は、今回に限っては弟・ジオの王太子宣下も兼ねていたわけで、彼の周囲はこちら以上に盛り上がっていた。


よく考えてみれば、弟が優秀で本当によかった。これでジオがポンコツだったら、私がディークと国政を担う方法を考えなければいけなかったもの。


今日は深紅のドレスを纏った私は、お揃いのカラーやデザインで衣装を揃えたディークの隣で安心しきって微笑んでいた。


まさかこの後、お色気ロシュネーによってトラブルに見舞われるとも知らずに……。



パーティー終盤、魔導士仲間に絡まれて連れ去られたディークを探して私は離宮の中をさまよっていた。

宮廷魔導士はエリートの集まりだけれど、ライバル関係かと思いきやそうでもないそうで、わりと仲良しだ。そう、ディーク以外は。


彼は基本的に他人に興味がないというか、世の中のことすべてに興味がないので、同僚との距離感は微妙。一部の明るい人たちには絡まれているけれど、向こうは友人と思っていてもディークからすると「知り合い」であり、そこには世界の果てにあると言われる海溝くらいの溝がある。


私はディークが自分の控室に逃げ込んでいると予測し、一緒についてきたサリアと共に最上階へと向かった。


「ディーク兄様って、本当に人づきあいが苦手なんですのね」


もうすでにディークを兄と慕うサリアは笑いながらそう言うけれど、サイコパスなあなたも同類でしょう?

まぁ、二人の違いは、サリアの方は人と仲良くやれていると思っていることなんだけれどね。ものすごく避けられているけれど、本人は気づいていないから幸せだ。


「ディークは繊細なの。自分のテリトリーに踏み込まれることを嫌うから」


でもそんなところも好き。

私だけに心を許しているって、最高じゃない?いつも言われるの、「ユウナさえいればいい」って。一応、それはダメよって窘めるけれど、残念ながら私は心の狭い女。


ずっとそのままでいてね、って思ってしまう。


「お姉様の深い愛が、お兄様の心をこじ開けたんですのね……!」


こじ開けたという表現はちょっと気になるけれど、間違いではないので訂正はしない。


「早く結婚したいわ~」


「ふふふ、羨ましいです。私もいつか、お姉様みたいに運命の人と出会いたい!それで、八つ目オオトカゲの産卵を見るツアーに行くのです」


「そうね、趣味の合う人は一緒にいて楽しいからいいわね」


妹の趣味と合う男性……?

場合によっては危険すぎるので、恋が芽生える前に抹殺しなくてはいけないかもしれない。


できれば、グロ耐性は強いけれど人間性は普通な人でお願いしたい。


妹と二人、そしてこっそり護衛としてついてきているイスキリを従え、私はディークの控室へとやってきた。


らせん階段を上がるとそこは魔法により結界がかけられた空間。しかし私は到着したとき、その結界が解かれてることに気が付く。


「……?」


イスキリも気づいたらしく、私と目を合わせて小首を傾げた。


「ディークが結界を張り忘れるなんてことはないわよね」


「はい。ユウナ様以外は即死するくらいの結界を張っていてもおかしくありません」


私の恋人、超危険。でもそこも素敵。中途半端よりは、振り切っていた方がいいものね。


疑問に思いつつも、彼がこの先にいることは何となくわかるので、躊躇せずに扉をノックした。


――コンコン。


あ、ノックできたわ。やっぱりおかしい。

いつもなら私が扉をノックする間もなく、中から扉が開いてディークが飛び出してくるのに。そして私を抱き締めるまでがワンセットなのに。


「ディーク?いるのよね?」


私は扉を開け、中へと入って行った。


するとそこには、虚ろな目をしたディークと、彼の胸に寄り添うようにしてしなを作るロシュネー王女がいた。


「っ!?」


眉根を寄せる私。ロシュネーは私の方を見ると、わざとらしく「あら」と言って口元をほころばせた。


絶対に殺す、と心の中で私は思う。


「やだぁ、見つかっちゃったぁ」


「……」


厚ぼったい唇を開き、甘い声を発するロシュネー。人をイラつかせる天才だわ!


「どういうこと!?」


ディークは私を見ても何の反応も示さない。

まるで目を開けたまま眠っているかのように、ぼんやりとしている。


「あなたディークに何をしたの!?」


尋ねながらも彼のことを観察したら、その首元には見慣れないチョーカーが。

黒い生地には魔術の言語が書かれていて、喉の中心に赤い宝石がある。




……………………どこかで見たことがあるわ、これ。




私は記憶を掘り起こそうと努める。



そうだ、多分、遥か彼方。

昔々にあれを見た気がする。



うんうん悩んでいると、イスキリが先に声を上げた。


「ユウナ様、あれは魔女の魔道具では?」


「はっ!!!!」



そうよ!!思い出した!!


あれは隷属の首輪!私が作った隷属の首輪だわ!!



え、



え?



え。



待って、あれって確か浮気ばかり繰り返す夫に困っていたご夫人に頼まれて、罰としてこれを着けさせればいいと言って与えたものじゃなかったかしら?


確か効果は200年くらいだろうなって思っていたけれど、500年経ってもまだ使えるの!?


嘘っ!

私ってはさすが世界に名をはせた魔女!すごい魔道具作ってる!!



いやいやいや、そうじゃない。

今大事なのはそこじゃない。自分の実力に驚いている場合じゃない。



「ディークになんてことするのよ!」



あれは赤い宝石を破壊しないと、彼が正気に戻ることはない。


ロシュネーは私を見下すように笑みを浮かべ、するりとディークの肩に両腕を這わせて、抱きついた。


「うふふ、私、ディークバルド様が気に入っちゃった。お父様のコレクションだった隷属の首輪、使う機会なんてないだろうなって思っていたけれどまさかこんなところで役に立つなんて。これでもう、ディーク様は私のものよ」


「ふざけないで!今すぐ殺すわよ!?」


国際問題?

知りません!そんなことは!

こんな不埒な王女は、どこぞの男と駆け落ちしたことにして、存在を抹消すればいいのよ!


胸元がざっくりVに空いた黒いドレスは、これ見よがしに胸のふくらみを露わにしていて腹立たしさ倍増だわ!ディークに汚いものを押しつけないでくれる!?


苛立ちで、激しい魔力を全身から放つ私。


けれど妹が突然、悲壮感に溢れた声を上げた。



「大変!お姉様っ!わたくしったら」


「何?」


「目玉えぐれドロドロ黒トカゲに餌をやるのを忘れていました!ロシュネー王女を見ていたら急に思い出したのです!」


「「「は?」」」


王女と私、イスキリの声がハモる。

サリアはマイペースが過ぎるわ!


今は妹のことは無視して、私はロシュネーを睨みつける。


「私のディークは隷属の首輪なんかに負けないわ。すぐに解除するっていうなら、内臓を口から引きずり出すくらいにしておいてあげる。今すぐ彼を解放しなさい」


「ユウナ様、それ死にます」


イスキリに注意されるけれど、こんな女はここで始末するべきだと本気で思った。だって、生きていても害しかない。


ロシュネーときたら余裕たっぷりにくすりと笑い、ディークから離れるつもりはないらしい。


「いいじゃない。ディーク様だって、あなたみたいな脳筋王女より私のように官能的な美女と一緒に過ごしたいはずよ」


「はぁぁぁ!?ディークはあなたみたいな歩くわいせつ物が嫌いなのよ!きっと今頃、袖の下は蕁麻疹じんましんが出ているわ!」


「そんなわけないでしょ!?ほんっとうに失礼な女ね!ディーク様、あなたが愛しているのは私よね?」


ロシュネーは彼の顔を見つめ、にこりと笑いかける。

しかしディークはまったく反応を示さない。


「ディーク様?ねぇ、愛していると言いなさい」


さらに詰め寄るロシュネー。けれど相変わらず無言を貫くディーク。


「ディークの魔力が強すぎて、隷属の首輪がうまく作用していない……?」


そうか。

いくら私が偉大な魔女とはいえ、500年も前の魔道具がかつての力を持っているわけがない。持っていたとしても、ディークほどの魔導士がそれに抗おうとすればきっと抵抗はできるはず。


容易く隷属されたりはしないんだわ!!


やだっ、さすが私のディーク!すばらしいわ!


感動で震える私。


ところがディークが反応を見せないことで焦ったロシュネーは、鬼のような形相でディークをにらんだ。


「私を!愛していると言いなさい!」


「…………」


目線すら合わせないディーク。

まるで人形のように、その場に立っているだけだ。


「もう!こうなったら身体でわからせるまでよっ!」


「なっ!?」


怒ったロシュネーは、ディークの頬を両手で挟み、無理やりキスをしようとする。


いやぁぁぁ!!

私のディークにっ!!


思わず魔法で攻撃しようとした私だったけれど、ロシュネーが唇を合わせる前に、部屋にゴンッと鈍い音が響いた。


「ぎゃっ!!」


「ディーク!?」


私は目を見開いて、衝撃的な光景に手で口元を覆う。


なんとディークがロシュネーに頭突きしたのだ。

しかも額を押さえて苦しむロシュネーの真上から、顔を歪めたディークがおもいっきり吐いた。


「おええええええ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


断末魔のように響く、ロシュネーの悲鳴。

私たちは茫然となった。


「ディークったら、そんなにキスされるのが嫌だったのね……!」


私は頬を紅潮させ、彼の一途さに感心する。


「ユウナ様、うっとりなさっているところお邪魔しますが、今のうちに」


「はっ!」


ドレスをたくし上げ、太腿につけた短剣を握る。そしてそれを握ると即座にディークとの間合いを詰め、彼の首にある赤い宝石を剣で突いた。


パリンと音がして、宝石は見事に砕け散る。


イスキリがディークの粗相を魔法であっさり片付け、白目で気絶しているロシュネーはすぐにサリアが捕縛した。縛り方が研究用の動物を捕まえるときと同じなんだけれど、まさか研究に使うつもりじゃないでしょうね?


まぁ、いいか。


サリアが懐から注射器を出し、勝手にロシュネーに注射したのを見なかったことにした。


「……ユウナ?」

「ディーク!目が覚めたのね!」


私は彼にぎゅうっと抱きつき、喜びを全身で表現した。


「すまない、魔導士たちの酒に付き合って、そのときにユウナからの贈り物だと言われてこれを着けられた。嘘だとはわかっていたが、どうせ俺をどうにかできるものなどないと思って」


おそらく、その魔導士はロシュネーに誘惑でもされたんだろう。後でそいつも処罰してやろう、私は心の中で決めた。


「謝らないで。あなたが無事ならそれでいいのよ。それに、このことがあなたの心の枷になって私の支配下に落ちるならそれはそれでうれしいわ」


ふふっ、罪悪感であなたを絡めとれるなら、それもいい。

背伸びをしてキスをすると、ディークはその美しい顔を歪めて笑った。


「こんな俺を許してくれるのか……?なんて心が広いんだ」


「あなたなら、どうなっても好きよ。何をしてもずっと一緒よ」


囚われた王子様を救い出すのは、私というお姫様の仕事だもの。


それにもとはというと、私が魔女時代にやらかしたことが今回の原因だ。やはり、過去の遺物は私自身が回収しなくては。


「二人で幸せになりましょうね?」


「あぁ。絶対に君を放さない」


床に転がされているロシュネーをヒールで踏みつけ、私たちはパーティー会場へと戻っていった。


その後、かの王女様の姿を見た者はいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る