第13話 婚約のお披露目

今日はディークとの婚約披露目パーティーが開催される。

初代国王の寵姫が、晩年を過ごしたという湖のほとりにある離宮で、王侯貴族や有力者たちが集い、私たちの婚約を祝ってくれるのだ。


「ユウナ、見て。虫の大群みたいだ」


もっと他の表現はなかったのかしら?確かに燕尾服って、遠くから見ると虫っぽいけれども。

続々と集まってくる人たちをバルコニーから見下ろし、ディークがうれしそうに笑っていた。


「ブラックアントが大量発生したとき、討伐に行ったんだ。それを思い出した。あのときは死ねなかったことを悔しく思ったけれど、今はユウナがこうして俺の腕の中にいるんだから生きていてよかったと思う」


「ディーク……!」


なんてかわいいことを言うの!?

蕩けるような甘い笑みを浮かべる彼を見上げ、私の心は歓喜に震えた。


あんなに世の中すべてを蔑むような目をしていたのに、今では随分と瞳に生気が宿っている。恋って人を変えるのね……!しかもその相手が私って、こんなに幸せなことはない。


「私も幸せよ。生きていて本当によかったって思ってる」


背後から優しく包み込んでくれるディークは、黒地に紫の意匠の入った正装姿。会った瞬間、倒れるかと思うほどかっこよかった。


「魔導士の制服も素敵だけれど、今日のディークもとっても素敵よ」


「ユウナの方が、この世に舞い降りた女神かと見紛う美しさだ。今すぐ檻に閉じ込めて俺だけのものにしたい。きっと君なら、どんな首輪も手枷も着こなしてしまうことだろう」


「まぁ……!ディークったら、想像力が豊かなんだからっ!」


今日は私も、とっておきのドレスを纏っている。水色のドレスはプリンセスラインでふんわりとお姫様らしく、アップにした髪には蒼い水晶のティアラを。右側にゆるく流れる一房をディークがそっと持ち上げ、キスをする仕草はとてつもなく色っぽい。


際限なくイチャつけてしまいそう。

好き。

ほんっとうに、好き。


「もうこのまま部屋に戻る?」


うなじに唇を寄せ、そんなことを言い出す彼は本気でそう思っている。

けれど今日は婚約のお披露目。さすがに欠席するわけにはいかない。


「あとでね?私だってあなたと二人で過ごしたいけれど、世界一素敵な婚約者をお披露目する機会だからとても楽しみにしていたの。皆に宣言させて?ディークは私のものだって」


振り返ってねだるようにそう言うと、彼はうれしそうに目を細めて頷いた。


「わかった。今日だけ、我慢しよう。でも俺以外と踊らないって約束して?俺以外が君に触れたら、街ごと焼き尽くしてしまいそうだから」


「困った人ね、ふふっ。でもあんまりそういうことを言わないで?ヤキモチを妬いてくれるのがうれしくて、本当に街を焼いてみてほしくなっちゃう」


「君が望むなら」


くすりと笑ったディークは、私の腰に手を回して控室を出る。

これからいよいよ、この素敵な人を皆に自慢できるのだと思ったら胸が高鳴った。


王族専用の区域を通り、私たちはときに微笑み合い、ときに触れ合いながらホールへと向かう。



しかしその途中、私を待ち構えていた女性がいた。



「ごきげんよう、ユウナリュウム王女殿下」



派手な化粧に、黒いレースのけばけばしいドレス。黒バラをイメージさせるその女性は、漆黒の長い髪にド派手なダイヤモンドの飾りをつけ、赤い唇がなまめかしい。


うちの重鎮たちから「魔性の王女」と呼ばれている、隣国のロシュネー第二王女(18歳)だ。健康的美女な私と正反対の、お色気王女である。


我が国に留学しているということになっているのだが、実のところ自国で姉妹の婚約者を寝取ったあげく、全員を袖にしたので事実上の追放扱いになったのだ。


そのうち王族の除籍処分を受けるのでは、と言われているが、いざとなればぞの美貌と色気を武器に、どこぞの令息をたらしこんで嫁入りするだろう。


「ごきげんよう、ロシュネー王女。ようこそお越しくださいました」


表面上は和やかなご挨拶だけれど、私たちの視線はバッチバチに火花が散っている。だってこの性悪王女、会うたびに遠回しに私のことを脳筋だとか女らしくないだとか嫌味ばっかりなんだもの。


さぞ悔しがっているでしょうね?私がディークのような生ける宝石系男子と婚約したことを。


案の定、ロシュネーは私の隣にいるディークを見て口元を引き攣らせた。

あぁ、多分どれほどイケメンが見てやろう、たいしたことないんでしょ?ってそういう感じで来たのよね。


おあいにく様。私のディークは世界一かっこいいんだから!


「このたびは、ご婚約おめでとうございます」


「ふふ、ありがとうございます」


「けれど、ディークバルド様にとっては残念な結果かもしれませんわね?ユウナ様が王位継承権を放棄なさったそうで、王配となられる機会がなくなったとか」


おおっ、さすが嫌味なしでは引き下がらないか。

ディークが王位目当てで私と婚約したのに、私が女王にならないから失敗だったわねってこと?まったく本質がわかっていなんだから。


ディークは不快感を隠そうともせず、私を抱き寄せて頬にキスをした。


「なっ……!」


彼はまるでロシュネーがいないかのように振舞い、私だけを見て構い倒す。


「ディークったら、こんなに人がいるところで困るわ」


いいえ、まったく困らないわ!!!!いつでもウエルカムよ!照れたふりをして、私は彼の胸を両手でそっと押してみる。


「あまりにユウナがかわいくて、触れずにはいられない」


「もう……!」


どうだ。見たか!この相思相愛っぷりを!

愕然とした表情で、はしたなくも顎が開きっぱなしのロシュネー。私は勝ち誇った目を向けて鼻で笑う。


「あら、まだいらしたの?ごめんなさい、すっかり忘れていたわ」


「きぃぃぃ!!」


ウェーブのかかった黒髪を振り乱し、鼻息荒く去っていくロシュネー。


勝った。


転生人生で初めて、女の戦いに勝った。

前から嫌いだったのよ、私がいいなと思った男の人に近づいては身体で落としてまわっていたから……!!

ざまあみろ、だわ。


「ユウナ、愛している」


まぁ、ディークは相変わらず私を囲うように抱き締めていて、本気でロシュネー王女を視界にも入れなかったみたいだけれど。


「ダメだからね?ユウナの笑顔も、怒りも、悲しみも、全部俺にだけ向けて欲しい。他のやつに、君の心をカケラすら渡さないで」


「やだ、もうディークったら!これ以上、好きにさせないで」


幸せすぎて怖い。


衛兵たちの「何言ってるんだこの二人」っていう呆れた眼差しは気になるけれど、あまりそっちに意識を取られてもディークがまたヤキモチを妬いちゃうものね。


「さぁ、行きましょう?皆にディークを見せびらかしたいわ」


「ユウナと踊れるなら、煩わしい挨拶も付き合おう」


「うれしい」


こうしてお披露目パーティーは、順調に過ぎていくのだった。

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