所持金0円で異世界に飛ばされました

おひるね

理不尽な異世界転生。それでも強く生きていく!


 あぁ、これは多分転生だ。


 異世界転生ってやつだ。


 空飛ぶ車。宇宙エレベーター。

 宙に浮く道路。リクルートスーツを着用し当たり前のように街を歩くガーゴイル。



 ……化学が半端なく進んだ世界。

 人間と魔物が共存している。

 

 想像していた異世界と全く違う。


 …………。けど、ここは紛れもなく異世界。女子高生の制服に身を包んだメスゴブリンらしき生物。


 疑いようもない。ここは地球じゃない。異世界だ。


 とりあえずコンビニで昼飯の調達。幸いにも金はある。生前は独身貴族だったからなぁ!


 へぇ〜! 棚に並ぶ初めてみる商品に心が踊る。

 あれもこれもカゴいっぱいになるまでたくさん入れた。


 ──事件は会計で起きてしまう。


 『ブブーー』


 あれ、電子マネーが使えない?


「あっ、すみません。現金でお願いします」

「かしこまりました」


 後ろがつかえている。早く会計済まさないと。


「あの、お客様……これはなんでしょうか?」


 差し出した一万円札を不思議そうな顔で手に取る店員さん。


 ──そりゃそうだっ。ここは日本じゃない。


「ご、ごめんなさい……」



 どうやらこの世界での俺は所持金0円っぽいです。


 ◇◇◇


  異世界生活2日目。


 ぐぅ〜

 俺は腹が減っていた。


 公園のベンチにボーッと横になっている。

 木で出来ているこのベンチは心地良い。

 化学が発達しても、変わらない物もある。そう、木の温もりだ。


 あぁ、なんたる贅沢。ゴロ寝最高!


 蛇口を捻れば水は飲み放題、おまけにトイレもある。

 此処に居れば大抵のことは出来る。


 しかし腹は減る。唯一の問題は食料だ。どんぐりでもあれば食ってしまうのだが、ない。


 何故こんな生活なのか。

 無一文、身分証なし。


 記録上、俺はこの世界に存在していない事になっている。


 なんと言うか、とってもリアリティのある異世界生活です。

 いきなり現実を突き付けられる。普通、こうだよね。この世界の人間じゃないし。あはは


 一応情報収集も試みた。しかし完全なるペーパーレス。紙媒体の新聞も無ければ図書館すらない。


 そして、今に至る。


 俺は詰んでいた。


 金も情報もない。おまけに腹ペコ。



 俺はなんとなーく遠くに見える山を見つめ消えちまえと思いながら指パッチンした。



 〝パチンッ〟



 〝ちゅどーーーーん!〟



 ……え。ぇぇえええ⁈

 山、消えちゃったよ……。


 

 ひょっとして、これって……。

 

 ◇


 (あのビルに移動出来ないかなー)


 〝パチンッ!〟〝シュッ〟


 〝シュタッ!〟


「ふぅー。空気が薄いぜぇ!」


 成功だ。

 一瞬でビルの上へと瞬間移動できた。


 やはりそうか。願い込めて『指パッチン』すればその願いが叶う!


 そうとわかれば、やることはひとつ!


 (……腹ペコ。ペコペコリン……。タダ飯食いてぇなぁ)


 〝パチンッ!〟〝シュッ〟


《試食コーナー》

「あ、すみません。」

 やばいやばい。突然現れたからみんなポカーンとしてるわ……。


 よぉーし!

 (試食じゃないタダ飯!)


 〝パチンッ!〟〝シュッ〟


 こ、これは!! 炊き出しだ!!

 なんていい世界なんだ!! これがあるのか否かで大体の事はわかる。この世界は素晴らしい!!


 ぐぅ〜。

 腹ペコ腹ペコ!!俺はさっそく列に並ぶ。


「兄ちゃん、整理券あんのか?」

「はい?」

「無いなら、あっちの列だよ」


 ガーーーーン。ま、まぁ良い。食える事は確定しているんだ。焦るな。焦るなよ。


 俺はもう立派な27歳だが、この中に居ると少し目立つようだ。視線が痛い。


「はーい!本日の炊き出しはここまでー!!」


 ……う、嘘だろ……。


「うそでーす!もうちょっと待ってねぇ!順番守らないとダメだぞ〜!」


「よっ!みきちゃん相変わらず!」

「いつものじゃな!」


 一気に場の雰囲気が和む。


 お家芸かよ。俺の心臓はショックで止まり掛けたぞ。笑えない冗談言いやがって!


 でも偉いなぁあの子。しかも可愛い。腹ペコでイラついてたはずなのに、この和んだ空気は不思議と空腹を忘れさせてくれた。


 そして、ついに俺の順番が来る。カレーだ!カレーだ!


「あれ、お兄さん若ぁーい!初めてですよね?」


「あ、はい。は、初めてです!!」

なんかドキドキしちゃうなぁ。


「あはっ!頑張って下さいね!あと、これはおまけです♪」


 そう言うと、お肉だけすくって追加で入れてくれた。その手付きはすごい手慣れていて、ボランティア活動の長さが伺えた。


 天使だ……。いや、女神……。


「やっだ!お兄さん!涙出てますよ」

 ハンカチを差し出される。


「あ、あっ、、」

 安心……だろうか。無意識の涙。わからない。


「おーい早くしてくれー! 腹ペコじゃー!」


「す、すみません」

 俺は逃げるようにその場を去ってしまった。ハンカチも受け取らず、お礼も言えず……。


 はぁ。完全におかしな人じゃん俺。それでも腹は減る。まさに腹ペコの極!


 少し離れた木陰に座り、ガッついた。うめぇ、うめぇよ……。ポロポロと涙が出る。


 追加で入れてくれたお肉は最後まで残した。


 そして、遠くに見えるみきちゃんに頭を下げ、心の中で感謝を伝えながら食べた。



 あ、お皿返さないと……。


 ◇◇◇


 俺は心底困っている。皿を返さなければならないのだ。


 今はみきちゃんの視界に入りたくない。気まづいからだ。


 俺の事なんか、ミジンコ程度にしか思っていないのは百も承知。


 でも、そうじゃない。男ってのはそんな簡単に割り切れる生き物じゃないんやぁぁ!!


 さぁて、どうしよう。


 やはり、指パッチンしか……。


 (皿を戻せ!)


 ──パチンッ!



 ────パリーンッッ‼︎


 えーーーー?!

 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁ〜?!!


 (公園!)

 ──パチンッ!

 ──シュッ。


 やってしまった。働いて弁償しよう……。働いて……。


 仕事探さないと……。


 そろそろベンチも腰が痛くなって来たなぁ。

 炊き出しがあるって事はキャンプ場的なのもあるんじゃないか


 よしっ!


 (キャンプ場的なの!)


 ──パチンッ!


 ──シュッ。



「あわわわわ」

 爺さんが尻餅をつく。


「あ、すみませーん!」


「君、今、飛んで来た?」

「いえ、歩いて来ましたけど?」

「あ、そうじゃったか。すまんのう。はて?」


 テレポートは危ないな。マジで気を付けよう。


 ◇◇◇


 やっぱりあるじゃん!! キャンプ場!!

 此処に住みたいなぁ。キャンプ場の主、長的な人に挨拶しないとだよな。


 キャンプ場を散策していると、爺さんに話しかけられた。


「なんじゃ? 冷やかしか?」

「いえ、此処に住みたいなぁと思いまして」

「ほう、若いのに苦労してるんじゃのう」


 やけに貫禄のある爺さんだな。

 今まで意識して見てなかったけど、大小はあるが、どの爺さんも貫禄が出てやがる。

 この世界の爺さんは格好良いんだなぁ。


「どれ、ワシが取り次いでやろう。ちと待っとれ!」


 ……。


「2畳ならすぐいけるって!」


 あ、そういう感じ……。

「出来たら3畳でお願い出来ませんか? 2畳だと足伸ばすと窮屈なので」


「縦にすればええじゃろ?」


 あ、やっぱそういう感じ……。


「横が狭いですよ〜、どうにか……お願いしますよ……」


「はぁ。じゃ待っとれ」


 ……。



「3畳でもOKじゃて! 月1000Gじゃが!」


 か、金取るの?!


「あ、すみません。手持ちが無くて……」


「なんじゃ、文無しか!! 若いのに苦労してるんじゃのう……。じゃあタダでええよ!」


「えっ、いいんですか?」


「うむ。元々タダでええって言われてたからのう。気にするでない!」



 こ、このじじい……搾取しようとしたのか!中間マージンのつもりか……。侮れないぞこのじじい。この世界での生き方を知っている。


「そこにあるダンボールやら枝やら好きに使ってええぞ!」



 やはり無一文が効いたのだろうか。親切にしてくれる人が多い。

 このキャンプ場は縦ではなく横社会のように見えた。


 不思議とみんな余裕が垣間見える。

 この余裕の正体が今の俺にはわからない。


 そんな事を考えてる間に家が完成した。中々の出来栄えだ。


 俺はこの家を「ジャステイスハウス」と名付けた。


 ◇◇◇


 俺はボーッと天井を眺める。高さ1m半ちょっとしかないジャステイスハウスの天井を。

 最近、こうやってボーッとしてる事が多い。


 度々考える。他にも転生者は居るのかって事を。


 まぁ、事は試せだ!


 一番可愛い転生者!パチンッ


 床・ドンッ!!


 えーーーーーー?!


 か、可愛い……まじで可愛い……。

 来ちゃった!?

 来ちゃった?!

 来ちゃったよーーーー!!


 しかもこれはなんだ? 床ドンされちゃってるの俺?! か、髪の毛がほっぺに触れてますけどぉぉ?! 

やばいやばい近いやばいやばいやばい近い!!!


「は、初めてなので優しくして下さい……」


 俺は恥じらいながら言った。


「はい?え、、、、、」


 今にも大声で騒ぎ出しそうだ。


「あー、待って!転生者だよね?!」


「え? あ、はい。もしかして転生者さんですか?」


 セーーーーフ!


「そうそう、転生者です」


 良かった。騒がれたらお爺ちゃん達ビックリしちゃう。むしろ色んな意味でヤバイ。


「あのー、ここどこですか? 押入れ?」


 床ドン終了。立ち上がりました。クッ。


「あっ、う、うん!そ、そ、そうだよ! 押入れ!!」



「ていうかテレポートですか? あたしに?」


「そうそう。転生者で一番可愛い子を呼んだら君が来てさ」


「一番? あたしが……ですか?」


 結構嬉しそうに聞いて来やがる。


 よぉーし!!

「そうそう! 可愛よねぇ!!」


「あ、やめて下さいそういうの。なんなんですか? 目的は? ていうか、魔法使えるんですか?!」


 ふぅーーー、質問だらけ。お兄さんパンクしちゃうよ。


「あの、おじさん。聞いてます?」


 ぐはっ。そりゃそうだ。おじさん……だよね。


「あーーー! バイト! 遅れちゃう!! ねぇ、戻してくれませんか? 色々聞きたい事はありますけど、今はほんとやばいです!」


「あ、そうなの? 何時に終わるの?」


「9時! ねぇ早く!」

「9時にまた呼んでもいい?」


「え、馬鹿なんですか? 9時までバイトで9時に呼ぶとか正気ですか?」

「ごめんねぇ! じゃあ、9時半で良いかな?」


クソガキィィ!! でも不思議と嫌じゃない。なんだろこの気持ち……。


「わかりました。じゃあ早く飛ばして下さい。ほんとやばいですから!」


「はいよ! 一番可愛い転生者をバイト先へ! パチンッ」


 行ったか。まじ最近の若い子やべぇ。あの冷たい視線……。


 ドクン。おおおお! ど、どうした俺! 静まれ鼓動!!!!


 ◇◇◇


 ……他の転生者、居たのか。まずそこだよな。この世界の事、俺は知らなさ過ぎる。


 俺はまたなんとなーく天井を眺めなる。ボーッと考える。


 あの子、普通にジャステイスハウスの中を立ってたなぁ。身長低いんだぁ。へー。


 あ、名前、聞いてないや。


 ま。いいか。寝よ。


 ◇◇◇


 よし! 9時20分! 10分前行動!!


 転生者で一番可愛い子!パチンッ


「きゃっ」


「え?誰?」

 か、かわええええ!!


「あ、あの……あたし……」


「あっごめんねぇ! 間違えちゃった!! 転生者で一番可愛い子を元の場所へ!」パチンッ


 び、び、び、びっくりしたぁぁぁ! 誰、あの子?! しかもめっちゃ可愛いかった!!


 ……あー! なるほど。そういう事ね。


 俺は全てを理解した。


 仕切り直して、

 転生者で2番目に可愛い子! パチンッ!


 床・ドン!!!


「は、初めてなので……優しく…ぐはっ」

殴られました。はい。


「最ッ低!! さすがに二回連続ともなると、確信犯ですよね。何考えてるんですか? やばくないですか?」


「ご、ごめんね……。わざとじゃないんだよ。おじさんを信じて……」


「はぁ? しかも、30分って言いましたよね?水、出しっ放しなんですけど? 戻してくれますか?」


「あ、あ、ごめんね。転生者で2番目に可愛い子を元の場所へ!パチン」


 もう……怖いよ。若い子怖い。でもなんだろ……この胸の鼓動……。


 ◇◇

 もういいかな。


 転生者で2番目に可愛い子!パチン



 床・ドン!!


「は、初めて、ぐはっ」

 はい。叩かれました。


「変態!最ッ低!!……あの、2番目ってなんですか?」


「2番目? あー、そうそう!1番目で呼んだら別の子来ちゃってさ!あれは、驚いたなぁ!」


「はぁ?」


 なになに、怖い。怖すぎるよーー。あ、床ドンの事か!! 謝ってなかった!


「ごめんね! ほんと、こっちじゃ制御出来ないんだよ……床ドン?っぽくなっちゃうのは不可抗力と言うか……なんというか……」


「いや、別にもうその事はいいです。そういう人と確定したんで。それよりも、2番目ってなんですか?詳しく」



 怖い……怖いから。。


「昼間は1番可愛いかったけど、今は2番って事だと思うけど……」


「それ、普通言いますか?あたしの目の前で?床ドンにしてもですけど、ほんっっっとデリカシーない人ですよね!!」


 聞いてきたのはあなたでしょ……。もう嫌だ……。この子……。

 でも、胸が熱くなる……。



「ご、ごめんねぇ……」



「はぁ。とりあえず聞きたい事あるんで、仕切り直しましょう。私も言い過ぎました。

ご・め・ん・な・さ・い」


 なにその謝り方ぁぁ怖いよ……若い子まじで怖い……。でも…(以下略)


「魔法使って平気なんですか? どういう仕組み?」


「これって魔法……なの?」

「え、違うんですか?」


「願いを込めて指パッチンすると叶う……的な?!」


「はぁ?」



「いや、ほんとだからね?」


「あ、いや。すみません。ちょっと意味がわならなかったんで。つまりなんでも出来ちゃうって事ですか?」


「うーん。その前に君は敵じゃないよね?」


「はぁ? どこをどう見たら敵に見えるんですか? むしろ敵って概念、この世界に存在するんですか?」


 どー見ても仲間には見えないよっ!


「ごめんねごめんね。正確には試して無いからわからないんだよね。物を望むと生成される訳ではなく、パクってきちゃうって事はわかってる」


「泥棒さんですね」


「いや、ちゃんと返したし、それからは使ってないから!」



「ふーん」

何やら考えてる様子。


 …………。



 ちょっとタイミング悪過ぎませんか。いきなり無言?!泥棒さん→ふーん。無言。

 ここで、止めるなよ……。


 不安になるわ。とりあえず名前聞いとくか。


「ねぇ、名前は?」


「はぁ? 今考え事してるんで黙っててもらえます?」


 「はい。わかりました」

 クソッ!!


 ◇◇◇


「あの、人気の無い場所に移動出来ます?山とか森とか」


「え?!」


「ちょっとその、能力確かめたいので」


 はい。そういう事ですね。


「人気の無い山とか森とか!」パチン


 シュッ。


「あー、山に来ましたね。抽象的な馬鹿みたいな要望も考慮されるんですね。きっと、ここが最適解って事です」


「そ、そうなんだ」

「おじさん、命はあと何個あります?」


「え?なんて?」


「いや、命ですよ。何個あります?」


 あ、ダメだ。意味がわからない。


「多分1個かな?あのね、」


「えー、もう1個しか無いんですか?」


「いや、最初から1個じゃないの?てか、あの」


「え?!最初から1個なんて事あるんですか?死んだら終わりじゃないですか!」


「あ、あのちょっと!!話聞いて!!」


「あ、はい。」


 あ、やべ。少し怒っちゃった。大人気ない事を……って、逆にこの子がキレ気味ーー。


「あのね、俺はまだこっちに来て間も無くて、全然わからないんだよね」


「はい?」


「この世界の事、全く知らないんだよ」

「いやいや、転生前に授業受けるじゃないですか。」


「なにそれ?」

「はい?」


「受けてないんだが」

 授業ってなんだ。学校か?


「なんかやばいですね。色々察しました」


 そんな顔で見ないで。お願いだからッ!


「ごめんね。色々と教えてもらえたらなって思って……教えてくれる?」


「はぁ?言い方きもいんですけど」

はい。ごめんなさい。


「聞きたい事は色々とあるんだけど、命って何個もあるものなの?」


「そうですね。私の場合は転生前に全部で7個貰いました。今は5個に減っちゃいましたけど」


 減る?!


「あ、そうなんだ。2回死んじゃったって事かな?」


「ですです。魔法使っちゃって、ドーンですよ」


 擬音辞めて! 意味わからないから!!


「あ、あたし、明日もバイトなんでそろそろ帰りたいんですけど」


 おいおい。まだ何も聞いてないぞ……。


「そうだよねぇ。じゃ、帰ろっか……」


「はい。あ! 連絡先教えて下さいよ。ID交換しましょ!」


「ごめん。スマホ持ってないんだ」


「置いて来ちゃったんですか?良いですよ。取りに戻りましょう」


「持ってないんだってば!」


「わかりましたから、早く取りに行きましょう」


「だから、スマホ持ってないんだよ!!」


「え?! 連絡先交換したくないって事ですか?はぁ?」


「あのさ、話聞いてる? スマホを持ってないの!!」


「はぁ? なんなんですか? なんであたしが拒否られなきゃいけないんですか? ほんと意味がわからないんですけど?!」


 怖い怖い。どんだけ俺を下に見てるのこの子。


「落ち着いて! よく聞いて? この世界のスマートフォンを持ってないの! 契約してないの!!」


「……ガラケーって事ですか?」


 そー来たかぁぁぁ。


「違う違う。携帯電話そのものを持ってないの。ほら、まだこの世界に来たばかりだから」


「なぁーんだ! それを先に言って下さいよ!」


 言ったよね……ずっと言ってたよね……。


 ……話が全然進まない。


 そんなこんなでこの子とバイト終わりに会う事、4回。色々とわかった事がある。


 バイトは週5のシフト制。5連勤で2日休み。仕事内容はテレアポ。直接雇用では無く、派遣との事だ。


 そして、大きな進展もあった。

 派遣会社の営業さんに俺を紹介してくれるらしい。上手く行けば仕事にありつける!!


 脱・無職!!


 あ、名前聞いてないや。


 ◇


「おじさん、明日面接決まりましたよ!」

「わぁ! ありがとおおお!」

 ついに仕事が決まるかもしれない!!


「身だしなみですよね。言いたくは無いんですけど、おじさん……日に日に汚くなってる気がするんですよね」


 俺はオブラートに包んで、今の状況を話した。無一文、身分証なし、風呂なし!

 ジャスティスハウスの事だけは言えなかった。居候の押入れ暮らしと言う新たな設定を設けてしまった。ごめんなさい……。


「えっ? 支度金の100万G使っちゃったんですか? 転生前に身分証渡されましたよね?!」


 目が覚めたらこの世界に居たんだ。なんだよ支度金って……。どっかから派遣されてきてるのか。あーもう意味わからない。


「とりあえず、身分証はやばいですよ。指パッチンしましょ」


「しちゃっていいのかな?」


「する以外の選択肢が思い浮かびません!」


 身分証!パチンッ


 住民票がひらひらと落ちてくる。


「やっぱりこの手の願いは叶うんですね」

「どういう原理なんだろう?」

「記録を改ざんしたんだと思います」


 え、それ超やばくない?! いいの?! ねぇ、いいの?!


「あはは! おじさん酷い顔してますよ! バレなきゃいいんですよ! バレなきゃ!!」


「あ、はは。だ、だよね」


「割り切って下さい! おじさんは変に真面目って言うか、良い人って言うか……。損しますよ!そういう所、嫌いじゃないですけどね!」


 あ、普段見ない顔つきだ。やっぱり可愛いよなぁ。


 身分証ゲット。次は身なりかぁ。。


「とりあえず、うち来ます?」


 俺は恥じらいながら静かにうなづいた。


「ごめんなさい。ほんときもいです。」


 相変わらず。この言葉がもう癖になってしまっている。どうした俺……。


 2番目に可愛い子の自宅!パチンッ。


 シュッ。


 THE女の子って感じの部屋だった。ワンルームかな。TVに生活家電、ベッド、ソファー。ここは本当に異世界か?と疑ってしまう。



「はっきり言います。臭いんですぐにお風呂入って下さい」


 一応濡れタオルで毎日拭いてたんだけどなぁ。現実は厳しいなぁ。


「それと、シャワーだけにして下さい! 浴槽には浸からないように! あと、これおしぼり!これで体洗って下さい!」


 色々傷付くなぁ……。現状、不潔。わかっては居るけど。


「あー、剃刀自由に使って良いですから! そろそろ交換しようかなぁと思ってたので。髭剃りにでも使って下さい」


 お気遣いありがとうございます。もう俺の心はズタボロです。


 ◇◇


 久々のシャワー。俺は気付く。非日常だった事を。異世界なのだから非日常は当たり前。

 しかし、こんな当たり前な生活が出来るのも事実。俺は何をやってるんだろう……。と思いつつ、女の子の部屋、それも風呂場に来てしまっている奇跡に心踊らして居た。


 ◇◇


 風呂場から出ると、さっきまで着て居たはずの服が綺麗になっている。クリーニング帰りのフカフカみたいに。10分くらいしか経ってないぞ?ありえないだろう?

 俺は本当にこの世界の事を知らなさ過ぎる。


 ◇◇


「ありがとうね! 最高だった!」


「早かったですね。今夕飯作ってるので、ソファーにでも座って待ってて下さい」

 トントントントン。何やら切ってるようでこちらを見る様子はない。真剣だ!


 な、ん、だ、と?!

 夕飯?! 手料理?!


「お、おう!」

な、なんだよ! おう! って!! 動揺し過ぎて偉そうにしちまった!!


 一人暮らし……だよな? 一人暮らしの女の子の部屋に来て、お風呂に入って、手料理だと。ま、ま、まるでカレカノじゃないかぁーーい!!

 どうなっちゃうの俺、これから!!


「はぁーい! お待たせしましたぁ!」


 わわ! ハンバーグだ!! じゅるり!


 突然顔を近付ける。

「へー、綺麗にすると結構マシになるんですね!誰かと思いましたよ!」


「えっ、ちょっ」


「んー、最初からこれで会ってたらお兄さんって呼んでたかなぁ。もうおじさんはおじさんですけど!」



 そう言うと台所に走って行く。

 その後ろ姿は小さいけど、大人びてて、美しいと思った。


 普段とは違う、彼女の姿を見て、年甲斐も無く不思議な気持ちになる。


 テーブルの上にはさらに皿が並ぶ。

 ご馳走だ。おかずもたくさん。

美味そうだ。


「あり合わせの物だからバランス悪いですけど、我慢して下さいね!」


「わわ、めっそうもございません。感謝……感謝……!!」


「なにそれ、きもっ!」


 はい。きもいいただきました。ありがとうございます!


 ◇◇


「いただきます。」

 モグモグモグモグ。うめぇ。うめぇよ……。あー、本当に美味しい。この外見で料理も出来る。チートだろ!


「ふふっ」


「な、なんだよ!」


「すっごい美味しそうに食べるんですね! 作りがいあるなぁと思って!」


「普通に美味しいから!!」


「普通に〜? 減点ですよそれ〜! でも、ありがとうございます」


「ちょ、超美味しい!」


「もう遅いです〜なんて言うかおじさん、不器用ですよね!あはは」


 あー、なんて幸せな時間なんだ。俺は今、すごい幸せだ。



 ──これが、異世界ライフってやつかぁ!


 ◇◇◇


 

「ごちそうさまでした!」


 俺は食器をまとめ台所に向かった。


「へー、勝手に洗い物しちゃう感じですかぁ。おじさんって意外とやり手?」


「まさか! 親に口うるさく言われて育っただけだよ」


「ふーん! マザコンですか」


「ちょっ!」


 幸せだぁ! 温かい時間が流れる。


「あ、そーだ!!」

 何やら棚をゴソゴソしている。


「あった! これあげます!」


「こ、これは?」


「ポケベル? ですかね! 連絡取れないと不便ですからね。スマホ買うまでの繋ぎとして持ってて下さい!」


「ポケベル?!!」


「なんかぁ、スマホ買った時に持ってるだけでお得だからって言われて、買っちゃったんですよね! 実質無料?的な?」


あー、なんかそういうのあったな。でもポケベルって! あのポケベルか?!


「いいの? 利用料金とか……月額料金とか……」


「使い放題プランしかないので、使っても使わなくても同じなんですよぉ! 実質無料? 的な」


 あー、あったね。そういうの。


 ピピピッ


 おおっ! 鳴った! あ、クマがピースしてる! カラー液晶でスタンプまで受信出来るのか。すげぇ……化学の進歩すげぇぇ!!


「えへへ! それ、あたしです! 登録しておいて下さい!」


「う、うん!!」


 よーしっ! 俺も送るぞ!!

 あれ? ん? あれ?


「それ受信しか出来ないので」


「な、なるほど……。」


「あたしが用事ある時に連絡するので、肩見放さず持ってて下さいね! 既読は付くので、使い勝手はいいと思います!」


「う、うん!」

 使い勝手がいいのはあなたですけどね!!

 感慨深いぞこれは……。

 しかもスケルトンピンク!! めっちゃ女の子カラーなんですけど!!



「あれ? 充電器とかは?」


「本気で言ってます?」

「当たり前でしょう?!」


「おじさん、本当に何も知らないんですね……。」


 そうだよ! 知らないよ!! よぉし! 色々教えてもらうチャンスがついに来た!!


 ……しかし、アナログ過ぎる俺は全く理解出来なかった。


「わかりやすく言うと、使っても電気が減らない! もうこれでいいです」


「なるほど! すごいわかりやすい!!」


電気の謎は解けた! 他にも、他にも聞きたい事はいっぱいあるぞ!この世界の事! 何から聞こうか!!


「そろそろ寝支度するので、いいですか?」


「う、うん」

 もうそんな時間か……。とりあえず今日は寝るか。明日もあるし。


 …………。


「はぁ?」


「えっ?」


「いや、帰って下さいよ。まさか泊まる気ですか?」


「ま、ま、まっさかぁ!」


「明日、12時に家来て下さい!」

 可愛らしくグーポーズをしてくるので、俺もグーポーズをしてジャスティスハウスに帰る事にした。


 パチンッ。


 ◇◇


 俺は天井をボーッと見上げている。そして気付く。


 あ、名前聞くのまた忘れた。


 ピピピッ〜2番目に可愛い子


 クマがベッドに入ってる!!

 よぉし! なんて返そうかなぁ


 って受信専用じゃねーか!!


 しかし、このポケベル。中々に便利な物だ。時間がわかる上に天気予報までわかる。

わざわざ外に出なくてもジャスティスハウス内で時間がわかる。これは素晴らしい。


 そして、天気予報。月間まで見れるのだが、全部晴れ。おかしい。明らかにおかしい。

 俺はまだこの世界の事を殆ど知らない。明日こそ、明日こそ……


 明日こそあの子に名前を聞こう。


 ◇◇


 ピピピッ


 な、なんだ?ポケベルか……。

 ハッ寝坊した?


【おはよ!今起きましたぁ〜!】

 クマスタンプ。


 って、おはようかい!!


 今何時だよ、


 8時……?! まだまだ寝れるじゃないか……。


 ポケベル……めぇっ。俺の睡眠を……。


 はぁ。早起きは三文の徳だっけか。

 今日は面接だしシャキッとするか。



 ──仕事を決めて生活の基盤を立てるんだ!! 立派な社会人に、俺はなる!


 ◇◇◇


  ピピピッ 2番目に可愛い子

 はいはい。ポケベル鳴りました。


 《もう来ていいですよ〜》

 クマがGOGOしてるスタンプ。



 さて行くか。と、その前に爺ちゃん達に挨拶をしておこう。


 ーー男、サブロー。これから面接に行って参る!!


 ジャスティスハウスを出ると爺ちゃん達が親指を立ててくれた。


「サブローちゃんファイトじゃぞ!」

「普段通りじゃぞ!! 落ち着くのじゃ!」


 爺ちゃん達にエールを送られる。

 こういうの良いなぁとしみじみしていると、


 ピピピッ 2番目に可愛い子

 《既読無視ですか〜?》

 クマが怒ってる。


 クッ。受信は出来るが送信はできない。

 ちょっと待っててね。あと五分など伝えることすらできない。


 それなのに、向こうに既読はつく。見てます起きてます。はいとも簡単に伝わってしまう。


 もうっ! こんなのひどいよ!!


 とりあえず爺ちゃんたちに「行ってきます」をして、人目のつかないところで瞬間移動をっと。



 ピピピッ 2番目に可愛い子

 《あのぉ、どれだけ待たせるつもりですかぁ?》

 クマが呆れてる。


 ──ポケベル……めぇ。


 パチンッ


 ◇◇


 〝シュッ〟


「あれ? この感触……」

 2番目に可愛い子の顔が真上に……?


「はぁ。毎回なんなんですか? 今日は膝枕ですか?」


 ベッドに座る彼女の膝に都合よくテレポートしたらしい。なんと言う事だ。しかし落ち着く。

 俺は静かに瞳を閉じ、この幸せに浸った。


「あの! あの!! 聞いてます?離れてください」


「あ、ごめん!」

 俺はハッと我に返り体を起こす。


「おじさん、不可抗力だと本気で思ってます?」

「え、違うの?」

 蔑んだ目で見ていたかと思えばため息をつき、その先を話す事は無かった。


「じゃあ行きましょう!」

「そうだね!」


 …………。


「いやいや、テレポートして下さいよ!」

「あ、はい。」


 2番目に可愛い子の派遣会社!

 パチンッ!


 ◇◇


 シュッ


 壁・ドン!


「またですか。しかもなんであたしが毎回ドンする側なんですか」

 最近殴られなくなった。諦めているのか、慣れてきたのか、呆れているのか正直わからない。


「あはは、ごめんね! ほんとこの能力はダメダメだなぁ」


「はぁ。さっ行きますよ!!」


 やっぱり可愛いなぁ。バイト帰りとは服装も違う。初めて見るワンピース姿。体のラインがくっきりしていて、まるで天使だ。

 俺の隣に居る事が似付かわしくないのは言うまでもない。


「ほーら! 行きますよ?!」


 俺は辺りを見回す。結構すごいビルだ。エレベーターに乗り衝撃を受ける。ボタンの多さ!100階を超えているのだ。


 しかし、これから向かう派遣会社は7階だった。


 ピンポン。すぐに到着した。


 ◇◇


「指パッチンの事は絶対に秘密です。これだけは約束して下さい」

 入り口前で思い立ったかのように話出す。


「わかってるよ!」

「ならいいんですけど! あ、おじさん! ネクタイ曲がってます」

 小さな手で直してくれた。


 俺はありがとうと言い頭をポンッとした。


「な、な、な、何してるんですか?!」

「あ、ごめん。嫌だったよね。つい……。」

「べ、別に嫌では無いですけど……やめて下さい。反則です」

 いつもの威勢の良さが消え、少し頬を赤く染める彼女を見て、悪い事をしてしまったんだなと反省した。


「ほらっ! なにボーッとしてるんですか! 頑張ってきて下さい!!」


 背中を叩かれ、我にかえる。


 ──よぉーしっ! 職にありつくぞぉ! 無職脱却してやるっ!!


 ◇◇◇



「おじさんっ! おめでとうございます!!」


 俺は面接に受かった。色々あったけど、生活基盤を整える目処が立ったんだ。


「ありがとう。これもそれも君のおかげだよ……本当にありがとう」


 ポロポロと流れる涙が止まらなかった。安堵の涙。


「もーうっ、なに泣いてるんですかぁ。キモいですよぉー」


 心が満たされる。名前も知らないこの子から投げかけられる心無い言葉が心地いい。だって、言葉とは反対に優しくしてくれるんだから。


「うっわ。なぁに悟ったような顔してるんですかぁ?」


 そうだ。この蔑んだ目がたまらなく良いんだ。


 いつからだろう。俺はきっとこの子に恋をしていたんだ。年甲斐もなく。好きになってしまったんだ。


 ──名前も知らないのに。


「君のことが好きだ。大好きだ。結婚してほしい」

「は? はぁーー? 無理に決まってるじゃないですか、なに言い出してるんですか?」


 存外、俺は異世界ライフを堪能していたんだ。

 お金もない仕事もない家はダンボールだったけど。君が居たおかげで絶望することもなく前を向いて進むことができた。


 俺は必ずこの子と結婚する。今日のところは振られちゃったけど、また告白する。

 頑張って働いて、いつか結婚して子供が出来て、幸せな家庭を築く。孫の顔もみたいなっ!


 これから始まる二度目の人生に心が踊る。


 俺はこの世界で君と、必ず幸せになる!! 君を必ず幸せにする。


 よぉーしっ! 次の目標は正社員だ!!

 えいえいおーー!!


「いや、だからなに悟ったような顔してるんですか。キモいですよ?」



 ──蔑んだ目、ありがとうございますっ!!


 

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