第10話 お父さんの好きなこと



「遅かったな、鉄。もうお昼前だぞ。お母さんと結は水泳の記録会だそうだよ。コロナの「三密」を避けるために他の子たちと時間差で行っているんだ。いつもよりも遅くなるって」


「うん、わかった」


そう言って、お父さんはお母さんの作ったお昼ご飯を温め始めた。僕はちょうど良かったと思って、お父さんと二人で食べ始めた。


「ねえ、お父さん。鉄道会社の人からコラボチケットを四枚貰ったんだ。出来れば乗りに行きたいんだけど・・・」


「そうか! 丁度良かったじゃないか! お父さんも行きたかったんだ。本当は今日そうしようと思っていたんだけど、お前がまた会社に行かなきゃいけなかったから中止したんだ! でも良かった! お父さん時々運がいいなあ」


お父さんはにこにこだった。

鉄道ファンにも色々いて、写真を撮る「撮り鉄」乗ることの好きな「乗り鉄」というのが代表的だけれども、「音響鉄」という電車のモーター音などを録音する人や、最近では「架空鉄」と言って自分が想像した鉄道を楽しむ人もいる。

僕は今の所、とにかく鉄道の事を知るのが楽しくてやっている。

しかし僕の先輩にあたるお父さんは、鉄道仲間から

「復活鉄、再開鉄」と言われている。

 想像はつくとは思うけれど、お父さんは地震や豪雨などで、不通となった鉄道が「元に戻った時」に乗りに行くのが好きなのだ。まあ乗り鉄の一部だと言えばそうだ。


 そしてコラボ切符というのは僕の家の前の私鉄と、その私鉄の終着点からちょっと離れた所にあるJRの一つの路線が発行している、どちらにも乗れる一日フリーパス券だ。

特にこのJR線は、山の中と田んぼの真ん中とを走っているので、大雨になると土砂崩れや、河川の増水などで被害を受けやすい。この何か月か不通の状態で、それがやっと数日前に全線復活したばかりだった。だから

「お父さんは行きたいと思っているだろうな」

と電車がおしゃべりする前にはそのことで頭がいっぱいだった。夜中にお父さんがカメラの手入れをこっそりしているのもちらりと見たので、僕をちょっと驚かせて、連れて行こうと思っていたのも本当はわかっていた。


 僕もゆっくりとしたあの路線は大好きだ。有名な工業デザイナーの電車も走っている。それと何よりも僕には最高の想い出がある。


「今度こそは、またキジが見たいな」

「ハハハ! そうだな! まああれは電車からよく見つけたよ鉄、一年生の時だったよな、今の結とおなじだ。慌てて撮ったから、ちゃんと写真に写らなかったけれど」

「でもいいよ、ちゃんとキジだってわかるから」

「そうだな、かなり遠かったけれど何となくわかったもんな。お父さんもとっさにしてはよくやった方だよ」


実はこれが頼まれたことだった。このJR線にも同じシステムが導入されていて、同じように上手く作動していないという。


「鉄君、ちょっと行ってみてくれないかな。話しかけてもらっても構わないから」

「分かりました」


それでチケットを貰えたのだ。

「じゃあ、明日二人で行くか? 」

「いいの? 結とお母さんは? 」

「結は電車に乗っても、もう面白くないだろう? お母さんとお留守番、それに二人とも今日の事で疲れているだろうから」

「そうだね、きっとその方が良い」


男二人で決めて、夕食の時に話そうかと思ったら、結がとても眠そうにしているので、お母さんだけに説明して、二人で朝早くから出かけることにした。




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