第8話 夜の電車
「お母さん、ちょっとだけ電車を見に行っていい? 」
「夜中に? ついて行ってあげられないわよ」
「ハハハ、いいじゃないか。今日の取材できっと興奮して眠れないんだろう。明日は学校が休みだし、カーテンを開けておけば鉄の姿は確認できるんだから」
「電車から家の中が丸見えだわ、ちょっと恥ずかしい」
「でも今日運転手さんが言っていたよ「お母さんは掃除と片付けがとっても上手なんだね、時々お客さんも「あのお宅の奥様は凄いですね、まるでモデルルームのリビングの見たいですね」って言ってるって」」
「そりゃあ、がんばっているもの」
「そうそう、お母さんは元々掃除が大の苦手だったんだけど、この家に来て「たくさんの人に見られるからしなければいけない」ことになったんだ。掃除上手になったのはこの家のおかげだよ」
「まあ、そうと言えばそう、自分でも褒めてあげたいわ」
お父さんとお母さんがそう話している中、僕は外に出た。
夏の夜で蒸し暑かったけれど、僕は薄い長袖長ズボンだった。何故なら、僕の家の反対側、線路のすぐ横は小さな山になっていて、蚊が多い。もちろん家の中にも入ってくる。まあ僕の家の最大の難点はこのことだけだと思う。
「ブーン」小さな、モーターのような音が耳元でする。僕も虫は普通に好きだし、クラスに昆虫博士と呼ばれている友達もいる。今年初めて同じクラスになった西山君だ。二人でよく話すのは
「虫は凄いよね、動力も何もなくて、あれだけ飛んで、走るのも早いんだから」
ということだ。
「人間は色々な機械を作り出しているけれど、虫や動物はもっとすごいと思うんだ」
電車好きの僕もこの点は西山君の意見に賛成だ。だがそれよりも僕は西山君を
「ライバル」と思っている。西山君の昆虫のことに対する知識と僕の鉄道に関するものを比べたら、現時点で僕が負けていると実は素直に認めている。海外の昆虫に関する知識も深くて、何でも「専門書や論文が読みたいため」に、英語も家で勉強中だという。ちょっと僕もやってみようかなとは思っている。
「でも今日の事は何だったのかな」
朝と同じ所に立って、電車を待った。暗闇の中、明るい電車がこちらへ向かって走ってくる。これも塗装がやり替えられた電車だ。お客さんも数えるほどしか乗っていない。運転手さんは今日会社で会った人で、僕を見つけてくれて軽く手をあげてくれた。
「ナジュム君だ! 今日の夜には最高だ! 」
今夜の空には星がたくさん瞬いていた。この電車には星マークが入っている。だから名前をつけるときに、星という言葉を入れたいと思ったけれど、僕としては納得のいく名前が見つからなかった。するとお父さんが
「アラビア語で星をナジュムというらしいよ」と教えてくれたので、ナジュム君と呼ぶことにした。これは随分前の事だったので、運転手さんも知っている名前だった。
ナジュム君が駅に止まった。僕はいつもと同じように話しかけることにした。
「今日は星がいっぱい出ているね、ナジュム君。その中を走っているからすごくカッコいいよ」
と言ってみた。電車はずっと止まったままだった。何故ならこの駅は乗降客が少ないために、時間調整に使われている。だからは電車が長く止まっているか、ほんの数秒で出発してしまうかになることが多い。
返事を期待していたけれど、ドアが閉まったので、僕はナジュム君と一緒に進みながら、家に帰ろうとした。すると
「素敵な名前をありがとう鉄君。僕は今まで夜を走るのが好きじゃなかったけれど、鉄君からこの名前を付けてもらって、星空の下を走るのがとっても楽しくなったよ」
もう一度電車のドアが開き、運転手さんが慌てて僕の方に向かって降りてきた。
「運転手さん、発車の時間ですよ」ナジュム君の声だった。
「ああ・・・そうだったね」
「おしゃべりが過ぎました、ごめんなさい。気を付けます。じゃあ鉄君おやすみなさい」
「おやすみなさい」
僕は明日も会社に行くことになりそうだ。
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