第5話 名前の理由


「いや! 折り畳みの傘がいいの! 」


「結、今日は雨と風がひどくなるんだって、折り畳みじゃ無理だって、気象予報の人も言っていたでしょ? 」


「折り畳み傘じゃないと走れないもん!! 」


 結とお母さんは喧嘩をしていたが、悪いけれどそれはスルーして

「行ってきます」と僕は普通の傘を持って外に出た。

確かに曇り空で、今にも雨が降りそうだった。ポツリと僕の頬に雨粒が当たった気がした。するとその横を凄いスピードで結が走っていく。手に傘はない。


「お兄ちゃん、先に行っちゃうよ」

「いいよ、傘の分ランドセルが重いだろう? 」

「へっちゃら! 」

でもいつもよりいろんな音を立てながら、結はもう坂の半分くらいまで上っていた。僕はその音よりも、電車がやって来る音に耳をすませた。


「あ! エミュー君だ! 」


やって来た電車は全体がエメラルドグリーンに塗られた、古い型の電車だった。前はこの電車は白とほんの一部分だけ、今と同じエメラルドグリーンが塗られていたので、しろとエメラルドグリーンで、シエ君にしようかと思ったけれど、ちょっと呼びにくいので「シメ君」と呼んでいた。

「シメ」という鳥もいるけれど、鳥のシメには緑色はないそうだ。


 電車は塗装を何度か変える。だからそのたびに僕は彼らに「新しい名前」を付けることにしている。そして最近その名前を付けるときに「できるだけカッコいい名前」にしてあげようと思っている。

ブルブル君とかグリグリ君はあんまりカッコいい名前じゃない、それにも理由がある。彼らとぴあちゃんを含めた最新鋭の電車は、真新しくてデザインもカッコいい。それと比べると、古い型の電車がちょっとかわいそうになったからだ。だから塗装が変わったら、名前だけでもカッコいいものにしてあげようと思った。

エミューはオーストラリアにいるダチョウのような大型の鳥だ。でも名前を呼んだらやって来るような賢い鳥だという。


 僕はエミュー君の運転席のガラスに、雨粒が付いているのを見ながら歩いた。そして駅に止まっている電車にいつものように声をかけた。

本当に小さい頃からやっていることなので「癖」のようになっているのかもしれない。


「エミュー君おはよう。これから雨が強くなるみたいだけれどがんばってね」

もちろん返事はない。運転手さんからも、もう僕の姿は見えていない。


だけど、

その日はすぐに声がした。


「ありがとう、鉄君、大きくなったね。新しい名前を付けてくれてありがとう」


クリアーな声に僕はびっくりしたけれど、その後発車のベルが鳴った。でもすぐには出発しなかった。


「あ・・・ああ・・・あ? 」


と今度は男の人の声が聞こえた。若い運転手さんのこもったマイクの声だ。

それから数秒後電車は発車した。


これがおかしなことと僕が気が付いたのは、学校に着いて、二時間目も過ぎた頃だった。





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