第4話 正しい選択


「車の運転が大変そうですね」

「大丈夫だよ、ママ。だってパパはここからだったら、電車で行けばいいよ。きっとそっちの方が早い、そうだよね、パパ」


「凄いね、鉄君はそんなこともわかるの? 」


「うん、毎日パパとママと電車のお話をずっとしているから。この電車も前に乗ったことがあるよ。一日フリーパス券で」


「でも正直確かに、ここから妻が車で買い物というのは、毎日大変かもしれませんね」

お父さんが心配そうに言ったけれど


「大丈夫だよ、パパ。ママは運転が上手だって言われているから」


それは本当の事だった。鉄女だから機械を扱うのが上手という訳ではないだろうけれど、良くそう言われていたのを僕はしっかりと覚えていた。

僕は小さいながらにそれまで得た知識のすべてを使って、心の底からこの家に住みたいと思った。

でも決めるのはもちろんお父さんとお母さんだ。


「ハハハ、鉄君は本当にすごいね、叔父さんの子供は小学生だけれど、きっと今みたいな事は言えないよ。本当に鉄君はしっかりしていますね、ご両親がちゃんとなさっているんでしょう」


その後、大人たちだけで「ひそひそ話」を始めたのを見て、四歳だったけれど、僕は本当にこう思った。


「今は大事な話をしているんだ。ここで僕がうるさく言ったら、この家に住めなくなるかもしれない。ちょっと静かにしていよう」


電車と、時々ちょっとだけお父さんたちが話しているのを見ながら、


「ドキドキするな、どうか、このお家に住めますように」


と鉄道の神様にお願いした。その神様がいるのかわからない、とにかく

「祈るような気持ち」というのも、もしかしたらその時が初めてだったのかもしれない。


電車を六本見た後だった。お父さんとお母さんが少し真剣な顔で僕の所に来てこう言った。


「鉄、この家に住んだら、あの坂を上って小学校も中学校・・・は公園側からいけるかもしれないけれど、とにかく雨の日も急な坂道だぞ、走ってコケて、ケガをすることも多くあるかもしれない。それでもこのお家に住みたいか? 」


「もちろんだよ、パパ! この坂を上って降りたら薬局もあったよね。そこまで僕お使いにも行く!! ね、ママ」


「鉄・・・わかったわ、ありがとう」


「よし、じゃあこの家に決めよう! ここで電車を見ながら毎日を過ごそう、鉄!! 」


「うん! パパ、ママ! ありがとう!! 」


 こうしてこの家に住むことになった。結が生まれて、ベビーカーを押して、坂道はさすがに行かなかったけれど、公園はよく散歩した。そして、結が一歳になって歩くようになった時、僕は何度も何度も坂を二人で登った。それは結にもこの家が好きになって欲しかったから。何より問題はこの急な坂なのだから、小学生になるまでに、この坂を楽々上れるようになってもらいたかったからだ。


 僕は一年生の頃、調子に乗って坂を走って下りようとして、何度か転んで足を擦りむいたこともあったけれど、毎日の電車のためならそんなことはへっちゃらだった。好きな時に好きなだけ、走っている電車を見ることができるのだから。

でも結は女の子、同じ小学校で電車が好きな女の子は知らない。だとしたら、結は電車が好きにはならないかもしれない。


だから結が坂に行きたいというなら、僕は必ずついて行った。


「まあ、鉄君は本当に結ちゃんの面倒をよく見るわね、感心だわ」

「結は坂が好きみたいなんです、ですから」

「そうみたいね、うちの子は嫌がっていたけれど」


近所の人から言われた。そうなのだ、結は何度か途中で抱っこと言われたけど、どんどん上るのが早くなって、確かに僕のように走って降りてケガをしたこともあったけれど、それ以降、ほとんど怪我無く驚くようなスピードで上り下りできるようになった。


「一年生になったらランドセルがあるから、気を付けて降りるんだぞ、結」

「うん! こけない記録更新中だから頑張る!! 」


 結の目標はこの記録を六年生の卒業式まで続けることらしい。


「結ちゃんは身体能力、心肺機能が高いですね、スタミナもあるから凄いと思ったんですが、この坂を毎日上り下りしていたら、そうなるでしょうね。鉄君もマラソンは早い方ですもんね」


 結の担任の先生の話をお母さんから聞かされた時、自分の計画が上手くいった事を喜んで、ほんのちょっと自分にも電車以外のうれしいことがあったのに驚いていた。







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