第3話 新しい家

 

 結がお腹の中にいた頃の事だった。そのころは休みの度に家族で家を見に行くことが多かった。住宅地の中に急に現れたような真新しい家や、何軒かの新しい家が建ち並んでいる「住宅展示場」等、そこで僕はお菓子をもらったり風船をもらったり、クジを引いたりしたけれど、何となくプラモデルのような感じがして、そこが家という感覚がなかった。それはやっぱり四歳だったからかもしれない。

お父さんもお母さんもいろいろ迷っていて、お腹の結は日に日に大きくなっていく。

「出産前に決めないとね」と一日に数か所の家を見に行くことが多くなって、僕は正直飽きていた。そんな時、僕たち家族はこの家を見にやって来た。


「線路が目の前だ!! ねえお父さんお母さん!! すごいねこのおうち!! 毎日電車が見られるよ、ここが一番よく見える!! 」


 リビングの窓は大きくて、駅の方を向いていた。その手前に車が止まることになるけれど、そのころの小さな僕でも車が邪魔で見えないことはなかった。僕は勝手に二階に上がり、今の僕の部屋に入った。そしてギリギリ頭が出る高さの窓から、上りと下りの電車が、離合するときにちょっとだけ速度を落とすのを、本当に楽しく見ることができた。


「もう、鉄、勝手に上がってきて」お母さんが叱ると

「鉄君って言うんですか? 本当の鉄ちゃんですね」と不動産会社の人が言ったこともよく覚えている。子どもの頃の記憶というのは大体四歳ごろから始まるらしい。だから僕にとってこの家は

「記憶の始まった場所」でもあった。


「鉄道好きのご家族でいらっしゃるのでしたら、良いと思うのですが」

「そうですね・・・」


 お父さんとお母さんがあまり乗り気でないのは、小さいながらにわかっていた。それはこの家の独特の場所のためだった。駅が目の前で、その反対側は公園になっている。遊具はないけれど、ボールで遊ぶことはできるし、丁度そのころは桜の時期で、公園の周りはぐるりと薄いピンクの雲で覆われていた。その横を電車が走ったから、僕は小さいながら、興奮したのかもしれない。だって電車の写真には必ず桜と一緒に撮られたものがあるからだ。そう、この公園側はとても美しいのだ。でもこの池のある公園は大雨の時の遊水地のもなっているため、こちら側は車で全く通れない。

 

 だから、僕たちの家に行く道は一つ、まあ反対側に左右対称に道はあるのだけれど、その両方共が

「ものすごく急な坂道」なのだ。正直僕もこの坂を車で降りるとき「ジェットコースターみたいで怖い! 」と思ったのも確かだ。

つまりこの駅は「谷の下にある駅」で、やがて僕が住むことになるのは、その谷の底にある新しい家だった。

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