第2話 妹の目覚まし時計


「結(ゆい)、朝だよ、起きないと。昨日ケガした足は大丈夫かい? 」


 今年一年生になった妹を起こすのは僕の仕事だ。前はお母さんが叱るように起こしていたけれど、いわゆる「反抗期」なのか結は言うことを聞かなくなった。それで今年から自分の部屋を持つようになった妹の部屋に、毎朝兄の僕が行くことになった。


「お兄ちゃんはやさしい、ママと全然違う」


ゆっくりと体を起こしながら、結は朝そう言って起きることが多い。一見すると別に変ったところはない、普通の一年生の女の子だ。


「じゃあ、先に下に行っているから。ランドセルは持って行ける? 」

「うん、大丈夫、ありがとうお兄ちゃん」


そう言って僕は結の部屋を出た。この朝の様子をお母さんが誰かに話すと


「まあ、鉄ちゃんは優しい子とは思っていたけれど、本当に素晴らしいお兄ちゃんだわ」


と言ってくれたそうだ。でもそう言われるたびに、実は僕の心は、ほんのちょっと、洋服についたくっ付きぼうしのトゲで刺されたようになる。それが度重なって、他の誰かに「本当の事を打ち明けようか」と考えた時、今度はまるで神様から何となく叱られているようなことが起こった。


 僕は毎朝結の部屋に行かなければならないけれど、それがちょっとずつだけれども、苦痛にもなり始めている。

何故なら、結の部屋は

「優勝メダルだらけ」になっていっているからだ。


 水泳に体操に、ちょっとした陸上の大会など、出場した大会で金メダルじゃないことの方が少ない。一度銀メダルだったので、結はもらって投げ捨てたことがある。そのことをお父さんとお母さんから厳しく叱られて、「金しかいらない!! 」と泣きじゃくっていた。

だが結のために言っておくけれど、普通はそんなにひどい子じゃない。ずるいことも嫌いで、それをする子がいたら競技の本番で「たたきのめす」正義感のある子だ。

つまり、勝負ごとになると結にはスイッチが入るのだと思う。

 

 お父さんもお母さんも僕も、それほど運動は得意じゃない。でもお母さんが大学生の頃に亡くなってしまった僕のおばあちゃんは、「市の中学生記録」を持っていたような陸上の選手だったそうだ。

親の優れた特徴が子供ではなく孫に強く現れるのを「隔世遺伝」というらしく、結はそうなのだろう。幼稚園の運動会でもいつもぶっちぎりで一位、水泳教室の先生も体操教室の先生も


「結ちゃんは、もしかしたらオリンピックを・・・」


と言っているのを僕も聞いたことがある。

でも本人はあんまり本気じゃなくて、普通はのんびりした感じだ。どうもそれも一部のオリンピック選手に共通した特徴の様で、お母さんの方が逆に熱心のような気もする。最近は結の習い事の送り迎えで「鉄女」の部分が減って来ていて、ちょっと僕は寂しく、残念でもある。


でも、この隔世遺伝の蓋を開けたのは、実は僕だろうと思う。

それも大好きな鉄道のため、毎日たくさんの電車が真横を通るこの家に住みたいと思ったため、四歳の僕が計画して、実行したことだった。




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