金剛力の力比べ
むかしむかし、あるところにとても力の強い男がおったそうな。
木を抱えればそのまま引っこ抜き、その拳は岩をも砕くと噂されておった。
背丈は村人二人分、腕周りは村人の胴回りに等しいと言われておった。
その男、人呼んで金剛力という。
金剛力は村の力仕事を助け、ばあさまと一緒に暮らしておったそうな。
ある日のこと、金剛力がその力を用いてばあさまの稲の束を運んでいると、お侍様が通り掛かった。
お侍様は金剛力を見るや否や、すっかりその体格に感心して金剛力のもとへ行き、こう言った。
「拙者は都より参った義景と申すものなり、お主の力を見てみとうなった。拙者と手合わせ願いたい。」
「はぁ、おらでよけりゃあかまいやせんで。」
そうはいったものの、金剛力は戦い方を知らぬ。幼少期から体の大きかった金剛力、誰も相撲に立ち会ってくれるものもなかった。
そうとは知らぬお侍様、金剛力に刀を向ける。
「どうした?お主は構えんのか?」
「はぁ、おらはいくさの仕方を知らんのです。お侍様、そのままかかってきてくだせえ。おらはでえじょうぶですから。」
「ふうむ、参ったな。構えぬ者を斬るのは武士道にもとる。」
お侍様は刀を納めると、徒手の構えを見せた。
「これなら拙者から行っても問題はなかろう。推して参る。」
「はぁ、いつでもかまいやせんで。」
お侍様が走り寄って金剛力の帯を掴む。お侍様がぬうっと力を込めようが、金剛力はちっとも動かない。
金剛力はいう。
「お侍様、そろそろ稲を運ばにゃならんのです。ばあさまが心配しているやも知れんのです。これにて御免。」
金剛力はそう言うと、稲の束を背負い直してお侍様もお侍様の荷物も担いで進みはじめた。
さて、家に帰った金剛力。お侍様を担いだまま家に入る。
「ばあさま、帰ったぞ。」
「今日は遅かったじゃないか。」
奥からばあさまが玄関へ出てくる。お侍様を担いだままの金剛力を見るや驚き、その場で金剛力を叱り付けた。
「力、お侍様をこのように担いではならん。いますぐ降ろさんか。」
そう叱られて金剛力、ようやくお侍様を担いでおったことを思い出した。
「はぁ、すまねえ。うっかりしとった。すまねえお侍様、堪忍してくだせえ。」
「お侍様、うちの孫がとんだ失礼をしちまった。堪忍してくだせえ。」
ばあさまは地面に頭をこすりつけるように謝った。お侍様は言う。
「いやあ、立派なものだ。肩の上で景色を眺めたのは父上の肩以来だ。お主は相当に強いなあ。」
そして金剛力の持ってきた自分の荷物も見てさらに言う。
「人のことをよく見ておる。都には力の強いものはそれなりにいるが、どれも粗暴でな。ものを壊すことが好きな奴ばかりだ。だがお主はそうではないようだ。」
そして金剛力に向き直り
「うむ、気に入った。お主、名をなんという。」
「はぁ、力と申しやす。」
そしてばあさまに言う。
「今宵は此処に泊まることにしたい。よろしいか?」
ばあさまは言う。
「こんな汚いところでよろしければ、どうぞ使ってくだせえ。」
さて、村のなかの噂はすぐに広まるもの。村人もお侍様がこの村に泊まるときいて大層驚き、金剛力の家に推しかけていった。
夕餉の時となり、今宵はお侍様と村人達で宴会となった。
あっという間にお侍様は村人達に囲まれ、一体誰の家で宴会をしているのかわからぬ程であった。
ばあさまと力はいつもより多くの飯を炊き、いつもより多くのみそ汁を作った。村人達は酒を持ち寄った。
村人達はお侍様の杯に酒を注ぎながら都について尋ねた。この村の村人達にとって都を伝聞のなかで一目でも見ることが望みであった。
「お侍様、都たあどんな場所なんですかい。おら達田舎もんにゃあ想像もつかんとです。花の都、なんてえ噂を耳にゃしやすがそれ以外はさっぱりでさあ。」
「うむ、都であるか。花の都、うむ、花は咲いておるな。しかしな、きらびやかな場所でもあるぞ。女共の着物の派手さといったら花にも負けておらん。なにせ帝のおわし召す場所だ、きらびやかでなくてはな。」
花の都、そのきらびやかさはなんたるものか。村人達の喚声が起こる。
「へぇ、そうですかい。お侍様もきらびやかな生活をされとったので?」
「いや、拙者は知っての通りもののふだ。きらびやかな生活は貴族と公家のものだな。拙者は見ているだけだ。それでも、拙者は帝に仕えることができてうれしく思っておる。」
どうやら都には公家と貴族ともののふがいるらしい。村人達の興味は尽きぬ。
「お侍様、もののふはどんなことをされとるんですか?おら達は土を耕して米など作るばかりでさあ、他のこたあよく知らんとです。」
「ああ、拙者は土を耕すことは知らぬ。お主ら米を作ってくれるおかげで拙者は日々の食物にありつけるのだ。そのかわり、朝から晩までひたすら武芸を磨いておる。帝をお守りすることが拙者の勤めであるからな。」
武芸、村人達の聞き慣れぬ言葉ではあったが、土を耕していないということは理解できた。
お侍様の酔いも回ってきた頃、飯の補充にやってきた金剛力に声をかける。
「なあ力、昼間の続き此処でしてみぬか?強さは分かったがお主に相撲というのを教えてやりたい。」
それを聞いた村人達は青ざめた。ただでさえ力のつよい金剛力に相撲、しかもお侍様に対してである。
「お侍様、力の拳ゃ岩をも砕くとです。お止めになっては。」
「なあに、止めてくれるな。もののふとはな、戦いを好むもの。強い者を見ては力試しをしてみたくなるものだ。」
金剛力は言う。
「はぁ、お侍様がそうおっしゃるなら。」
こうして酔った勢いではあるものの、金剛力の家の庭で相撲が始まることとなった。
お月様に照らされた金剛力とお侍様の立ち合いを村人達が固唾を呑んで見守る。
「力よ、相手に帯を捕まれたならば己も相手の帯を掴むのだ。」
「はぁ、こうですかい。」
金剛力はお侍様の帯を掴む。
「次にな、相手の足の裏以外を地面につけてしまえばよい。例えば、こうだな。」
お侍様は金剛力のつま先を踏み、そのまま引き倒した。村人達の喚声が上がる。金剛力に文字通り土をつけたのはこのお侍様が初めてであったからだ。もっとも、まともに相撲を取ったのは金剛力にとってこれが初めてのことであった。
「人の体には重さの心がある。それは背の高い者ほど高いところにある。それを足の外に引きずり出してやれば倒せるのだ。お主は力こそあるものの、技量の面では全くないと言っていい。力よ、拙者はお主を鍛えたい。お主さえよければお主を都に連れて上りたいと思うが、どうか?」
村人達のどよめく。この村から都に上る者が出るのだ。これは村にとってとても名誉なことであった。
「お侍様、おらがいなくなりゃ一体誰がばあさまの稲の管理をすればいいのかわからねえ。すまねえがお侍様、ついていけねえだ。」
それを聞いた村人達は口々に言う。ばあさまは俺達が見る、ばあさまのたんぼも見る。だから心配するこたねえ。
ばあさま自身も「お前が都に上れるなんて夢にもおもわなんだ。お前のおっ母とおっ父にもいい冥土の土産ができて満足さ。お侍様、どうか力を連れていってくだせえ。」
その言葉に促され、金剛力はお侍様と一緒に都に上ることにした。
翌朝、ばあさまは力に一番いい衣を着せ、短刀を持たせた。
力は「ばあさま、元気でな。」と別れを告げて村を旅だった。
さてさて、これから都にて金剛力の活躍が始まる、といったところで文字数と相成った。
然らばこれにてお暇と致す。
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