ep.2
少し小さめの、という点を除いては、ごくごくありふれた田舎の家。ドアや窓周りは、庭から続いた蔦、それからつる状に伸びた薄紅色の薔薇の数々によって縁取られ、レンガ調の壁の目地からは、生命力ある逞しい小さな草花が立派に咲き乱れている。
控えめな一階建ての家を囲う広々とした庭では、手入れの行き届いた様々な種類の花々が思い思いに色を咲かせ、新しい季節を歓迎していた。
一見するとまるで野原のような自然な印象だが、同系色でまとめられた花の組み合わせや、植物の高さを巧みに利用し演出された奥行きなど、ただ乱雑に植えるのではなく花の種類や特性を考慮した上で造られていることがよく分かる。
また迷路のようなレンガの小道や、溢れるように咲く薔薇のアーチ、美しく並ぶ低木の数々によって、花々が咲き誇るこの広い庭が、より一層魅力的に仕上げられている。
そんな広々とした庭で、一人の少年が、腰ほどまで伸びた色とりどりの花に錆び付いたジョウロを傾けていた。花弁に弾かれた水滴が陽の光を反射し、キラキラと輝かせながら柔らかく揺れる。少年は片手を腰に当て、手馴れた様子で次から次へと水を与えていく。
背丈はおよそ170cmほどで、頭はくすみがかったアッシュベージュ。毛先は寝癖なのかくせっ毛なのか分からない程度に少し跳ねており、陽射しを直に浴びた髪は、光を十分に吸収し透き通っている。それから、少しつり目で大きな目と、夏の始まりに魅せる青々しい木々を映したようなエメラルドの瞳が特徴的な顔立ちである。
そして少年の奥では、50代半ばほどのふくよかで愛想の良さそうな女性が、薬草の名前が記されたプレートがずらりと並ぶ家の傍の花壇に屈み、ひと回り小さいジョウロで同じく水を与えていた。彼女は時折手を伸ばし、状態を確認するようにひとつひとつ愛情を込めて丁寧に水を与えていく。存在感のあるつば広の帽子が彼女の顔に影を落とし、強い日差しから白い肌をしっかりと守っていた。また綺麗に切り揃えられた栗色のボブヘアは、内側から滲み出る柔らかい雰囲気を更に可愛らしい印象へと仕上げている。
そんな2人とは対照的に、60代程の男性が家前の段差に腰掛け、贅沢に降り注ぐ日光を浴びながら居眠りをしていた。名をウィリアムという。
服の上からでも筋肉質であると見て取れるほどの体格の良さを持ち、先ほどからこくりこくりと身体を前後に揺らしていて危うげだ。この体勢でもぐっすりと眠り込んでおり、先程から言われている少年の小言など端から聞こえていない様子である。
「おっちゃんもたまには手伝えって!全然終わんねぇんだけど…!こんだけやってんのにまだ半分以上残ってんだぞ」
少年は本日何度目かの不満をぶつけるが、当然返事は返ってこない。少年は溜め込まない性分なのか、ウィリアムが居眠りを続けていると気付きながらも、文句が止まらずにいる。
すると少年のお腹が、もう限界だと言わんばかりに、ぐぅぅと大きな音を響かせた。
「あーーーーーもう、腹減った!何回言っても手伝わねえからいっつも昼飯遅くなるし。エリゼさんも何か言ってやって下さいよ。」
少年の止まらぬ愚痴に、彼女はふふふと笑みがこぼれる。
「……もう、ていうか元はと言えば、エリゼさんがこんなに植えるからでしょう。
あーあ、毎日雨降ってくんねえかなぁ…!」
少年はあからさまに不満げな表情を浮かべているが、水やりを止める気配はない。口は動くが手も止めない背後の少年に、エリゼと呼ばれる彼女は振り返るように少し見上げてから、目を細めた。
「だって、花は多い方が綺麗でしょう?
それに、今日はノアの誕生日だものね。さっきまたお祝いの花を植えてきたわ。今年はホワイトローズにしてみたの」
「ちょっと…また植えたんすか………。もう十分でしょう。勘弁してくれよ…」
「ふふふ。来年は何を植えようかしら。」
エリゼの呑気な発言に、口を歪ませる少年──ノアは、これ以上この庭に花を植えさせまい、と思案するのだった。
少年がこの家で過ごして、今日でちょうど15年になる。
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