タルトさん
一条めぐる
序章 秋心は揺蕩う
『秋心は揺蕩う』
晴れやかなる空は遠くまで青い。濃い絵の具で塗りつぶしたみたいに、現実味のない青が広がっている。
「
私はどきりとして、自分でもびっくりするぐらいの勢いで教科書を閉じた。乾いた音と共に机が揺れ、ちゃんも思わず一歩身を引いていた。
「ご、ごめんね。急に声かけて……」
「い、いやあ、ちょっとびっくりしただけだから」
ちらりと手元を見ると、国語の教科書のあいだから、紙切れがぴょこっと顔を出していた。私はその上に右手を置いて、不思議そうにしている友達に笑いかけた。
「
「今日は早いんだね」
「うん、なんとなく家だと落ち着かなくって」
今日はお父さんが朝から仕事の電話やら実家への電話やらで忙しそうにしていたから、ほとんど顔を合わせずにそろりと家を出た。
またこの時期か、と思う。一年に一度、必ずやってくる妹の命日が、すぐそばまで迫っていた。
「おはようございます」
「のあちゃん、おはよー」
のあちゃんはカバンを机に置いたあと、さらりと髪を払って黒板に向かった。彼女はその長身で黒板を上から下までさっと拭くと、黒板消しを持ったままくるりと身をひるがえした。
「日直、美伽ちゃんでしたっけ?」
「ひどいなあ。たまたま早く来ただけだよ」
彼女は珍しいですね、と小さく呟いた。彼女が副会長に決まってからというものの、いつも朝早く来ていると繭ちゃんから聞いた。だいたい間に合うかギリギリに合わせて来る私とは対照的だ。彼女の責任感の強さゆえ、ということなんだろうか。
ああ、選挙のことを思い返すと、今でも心臓が跳ね上がって浮足立つようだ。
のあちゃんは教室を一通りチェックしたあと、私たちの元へやってきた。
「月曜定例会、美伽ちゃんも来ますか?」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「私? い、いやいや、嫌だよ」
「そうですか。選挙も堂々としていましたし、美伽ちゃんも色々やってみたらと思うのですが」
「だってあれはさあ。のあちゃんに何度もお願いされたら断れないよ。私、人前に出るようなタイプじゃないし」
先月にあった生徒会選挙で、私はのあちゃんの応援演説をした。すくなくとも二年にはそれなりに顔の利くのあちゃんだから、まさか応援を私に頼んでくるとは思いもよらなかった。私は大人数の前で堂々と演説するのは無理だと二回断った。それでも半ば私に泣きつくように頼んでくるものだから、三回目で思わずこくりと首を縦に動かしてしまった。まあ、無事に役目を果たせたからいいんだけど、あの緊張感は二度と体験したくないなと思った。私の演説のあと、舞台袖に下がろうとしたときにのあちゃんと目があって、彼女はちいさくウインクしてくれた。物怖じせず喋る彼女はとても気力に溢れていて、素敵だと思った。
私はそんなのあちゃんのことを、とても尊敬していた。
抑えつけたままの右手の感触が、心をぞわりと撫でる。やっぱり、私に表舞台はふさわしくないと思った。
「そうですか。じゃあ、私はこれで」
のあちゃんに手を振る。繭ちゃんはこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
もうすぐクラスメートたちが来て賑やかになるのだろう。私は教科書を机に突っ込んだ。
「今年は暖かいといいなあ」
「私は、雪が降ってほしいけど」
繭ちゃんは外を見ていた。すこしだけ、寂しそうだった。
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