幽霊の日 前編
例えば。
他人同士は。
どこから友達同士になるのだろう。
友達宣言。
おしゃべり。
お出掛け。
それとも。
すれ違い。
ケンカ。
仲直り。
あるいは。
二人の距離。
一緒にいる頻度。
それとも。
――呼び方。
昨日。
勘違いとは言え、あまりのことに自失するほどショックを受けた。
俺が、友達と信じて疑わない相手。
そんな春姫ちゃんを。
以前よりも大切に思う理由は。
彼女が一歩だけ。
心を寄せてくれたから。
伝わるもんだね。
小さな変化で。
伝わるもんだね。
信頼の気持ちが。
だから俺は。
一つの願いを心に抱いた。
友達初心者だから。
直接言うには。
恥ずかしいけど。
信頼の気持ちを伝えるのに。
まさか。
こんな簡単な方法があったなんて。
……なーんて思ってた。
三日前の俺よ。
四日目の俺から文句言わせてくれ。
お前がやりゃしねえから。
俺が宿題抱えてるんだが。
お前、言ったよな?
こんなの簡単にできるって。
だったら責任もってお前がやれよ。
俺には恥ずかしくて無理だから。
他人同士は。
どこから友達同士になるのだろう。
もしも、その境界線が。
呼び方だったとしたならば。
今日の俺は、自分から。
友達なんか作れねえだろうな。
……あ。
呼び方どうこうじゃねえ。
そう言えば、俺。
自分から友達作ったこと一度も無かったわ。
だから。
こんなにあいつに感謝してて。
だから。
信頼してるって伝えたいんだ。
~ 七月二十六日(日) 幽霊の日 ~
※
うまいこと言って、他人に罪を着せる
等身大テルテル坊主のおかげで。
快晴だった最終日。
午前中一杯、悔いの無いよう。
思う存分海で遊んだ。
凜々花がナマコをみんなに投げて。
凜々花がビーチボール破裂させて。
凜々花がスイカにかかと落とし決めて。
凜々花がビーチパラソル船踏み抜いて。
そして俺と舞浜と春姫ちゃんが。
気合い入れて作った精巧無比な安土城は。
凜々花がシャイニングウィザードで跡形もなく粉砕した。
「……今日は凜々花祭りか?」
「きゃはははは! でも掃除も頑張った!」
「おお、ほんと頑張ってたな。偉いぞ凜々花」
「こんなん凜々花にかかればお茶の子さいさいサイクロプス!」
「なるほど。だから一つ目なんだな」
ぐったりお疲れなみんなをよそに。
元気が有り余ってるお祭り凜々花。
元気なのは分かったから。
さっきから腕を何度もタップしてんじゃねえか。
飛びつき胴絞めチキンウィングフェイスロックはそろそろ外してくれ。
……帰り支度と掃除を済ませて。
遅い昼飯をダイニングに準備し終えたところ。
疲れた様子のみんなが。
体を引きずるようにして部屋に入って来る。
「お、お腹空いた……、ね?」
「飲まず食わずでよくあれだけ遊べたな」
「だ、だって……」
「だって?」
「羽織らない時は……、ね?」
何を羽織ってないって?
なんて無粋は言わない紳士。
それが俺。
四日目にして初披露。
その、細い細い腰を。
正式な内容量として商品ラベルに記載することを許可してやろう。
「美味シソウ。蕎麦ハ、質素ダカラ。食ベテモキット村八分ニサレナイ」
そして舞浜の後から席に着いたのは舞浜母。
旅行中、結構矯正したつもりなんだが。
一晩経つと、元の臆病外人に戻っちまう。
でもな、舞浜母。
もりそば前にして。
ほっとしてるとこ悪いんだが……。
「……すまん。トッピングは将軍並みだ」
「ヒイッ!?」
ででんと出した大皿に。
余った食材をなんでもかんでも揚げた天ぷらが雪崩起こしそうなほど積み上げられてるのを見て。
ここまで無事に過ごせたのに。
最後の最後。
村から出て行けと言われることを心底怖がる舞浜母が。
春姫ちゃんのワンピースの中に逃げ込んじまった。
「……お母様、落ち着け」
「お前は落ち着きすぎだ。見えてる見えてる」
「……何を今更。昨晩もエロ立哉さんに覗かれたばかりだ、気にするまい」
「一斉放送と有料会員限定放送とじゃ話が違うだろ」
「……やはり昨日も見えていたか。この課金勢め」
うおっ!?
こ、こいつ、何て策士!
それより今は。
舞浜母を何とかしねえと。
「だ、大丈夫ですから! 掃除頑張ったから、そのご褒美です!」
「ホ、褒美?」
「そうです! みんなぐったりして仕事しない中、凜々花と二人で大活躍だったじゃないですか!」
「……てんてこ舞いだな、
「実際、てんてこと舞ったんだから合ってるんだよ! さあ、俺がこんだけ踊ってるんだ!
舞浜母は。
俺の嘆願に、なんとか顔を裾から出したけど。
春姫ちゃんの足にしがみついたまま。
つまらん文句をつけて来た。
「
「詳しいな! そこは妥協して!?」
「ソシテ
「よくご存じっ!」
「ギギイィィィ……」
「閉めるな戻るな!」
一般常識皆無なくせに。
古事記知ってるっておかしいだろ。
今ノハ冗談、とか言いながら。
てへっとか舌出しながら。
席に着いてくれたのはいいけど。
親子ともども知識が偏りすぎ。
「じゃあ食べようぜーっ!」
そして何事も無かったように。
凜々花がそばをすすり始めると。
みんなもそれにつられるかのように。
食うわ食うわ。
「お前ら、知らねえぞ? もう一泊して、水着きることになっても」
「……意地悪な立哉さんの方。そういうこと言わない」
「凜々花は平気だよ! すぐへこむから!」
「わ、私も平気……、よ? 食べたものは
「考古学者混乱さすな」
それでブイヤベースのアサリも消えてたんだな。
納得だ。
「……しかし、凜々花の消化力には恐れ入る」
「そう? 凜々花、くいしんぼお化け?」
「昨日モデタ、オ化ケ。……正体ハ、リリカー?」
「違うよママ舞浜! 昨日のお化けはハルキー落っことしちゃったの! 凜々花、そんなことしねえから!」
俺の水着の話が原因か。
お化けの話が原因か。
急にみんなの食事のペースが落ちちまった。
しかも。
「ハッ!? アキノガ消エタ……? オ化ケノ仕業ッ!?」
「いや。お化けの話を始めたみんなの仕業」
気持ちは分かるけど。
メシ食ってる時に席立つんじゃねえ。
あと。
「壁紙はそんな色してねえっての」
壁にはりついて。
両手で持ち上げたピンクのタオルケットに隠れてもなあ。
「忍者か」
「よ、よくぞ見破った……」
「うはははははははははははは!!!」
安心させるために。
平気だからって声かけて。
努めて優しく席へ促すと。
ようやくタオルケットから。
舞浜が出てこようとしてくれたんだが。
「お化けが出た!」
「こら凜々花! せっかく出てくれそうだったのに、今度は何だ!」
また壁に隠れちまった舞浜は。
もう放っておこう。
ギャーギャー騒ぐ凜々花が。
テーブル指差してやがるが。
なにが出たんだと近寄って見てみれば。
テーブルに、水滴で足跡が付いていて。
それがペタペタ向かう先は。
麺つゆの器。
凄いな。
天才的とは思うよ。
みんなが舞浜に気を取られてる間に。
誰にも気づかれずによくできたもんだ。
「舞浜、出てきていいぞ? お化けなら捕まえた」
俺は忍者に声かけて。
タオルケットから顔が出てくるまでの間に。
凜々花の両腕を掴んで持ち上げる。
「手ぇびっしょびしょにしやがって」
「きゃはははは!」
手をグーにして小指の方でテーブルを塗らせばそれっぽい土踏まず。
後は三本ぐらいの指をつければ足跡の出来上がり。
「って。なんでお化けに足があるんだよ。あと、ちっさ!」
「ほんとな! でもおにい、お化けが来ること知ってたんでしょ?」
「なんのことだ?」
「だって、お椀とお箸、一膳多いよ?」
「ああ、それは……」
……そう。
俺たちは六人。
御膳は七つ。
凜々花が指摘して。
全員が青ざめながら俺の顔を見た瞬間。
「だれがお化けよ!」
「「「「ぎゃーーーーーーーーーー!!!」」」」
「ああ、早かったな」
ロビーから。
さっきメッセージで送って来た、戻りの時刻と寸分たがわず。
お袋が入って来た。
「お腹ペコペコよ」
「ママ!」
「あんた、ロビーで聞いてたからね? ママをお化け呼ばわりした件について顛末書提出!」
「おかえりーーーーー!!!」
やれやれ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
疑心暗鬼って言うか。
みんなして随分神経質になってるな。
不可解な事件が続いたわけだし。
しょうがねえとは思うけど。
楽しい旅行だったんだから。
イレギュラーは忘れねえ?
そんな願いは。
お袋が席につくと、にわかに叶うことになった。
ようやくみんな、笑顔を浮かべて。
楽しそうに食事を再開。
……したんだから蒸し返すなっての。
「凜々花。なんでみんな大騒ぎしてたの?」
「お化けが出たんだよ!」
「なんで秋乃ちゃん、壁に張り付いてるの?」
「お化けが出たから!」
「……あと、なんで揚げ物にアメドク混ざってんの?」
「お化けの地元のソールフードなんじゃねえかな!」
「なんで、なんでもかんでもお化けなのよ!」
「それはだな。今日が幽霊の日だからなんじゃねえか?」
「……あんたのうんちく、いつ聞いてもイラっとするわね」
「そうなのか!?」
慌ててみんなの顔を見渡すと。
全員が一斉に横向いて視線逸らしてるんだけど。
おいおい、ほんとかよ!
……驚愕の事実だ。
これからは下手な事、口にしないようにしよう。
呆然とする俺を放っておいて。
凜々花が、お袋の膝に無理やり座って蕎麦すすりながら。
お化けの話をお袋にし始めた。
「でもね、毎日出て来たんだよ? なんかいるんじゃねえかって凜々花も思う!」
「そういう非科学的なこと言う口にはアメドク突っ込んでやる」
「ふもげ」
「社会に出てそんなこと口にすると評価が下がる。語るは銀、語らぬは金」
「ビジネスらーいく」
思わず突っ込んだ俺の前にもアメドク置かれた。
仕方ねえ。
ふもげになって黙ってよう。
「んぐんぐ……。でもね? ママが出かけてからね? ママ舞浜、ケチャップの海で倒れててね? お化けに背中押されたんだって!」
「お化けって。……自分でこけたんでしょ?」
お袋がトウモロコシの天ぷら齧りながら問いただしたんだが。
舞浜母は。
首をふるふる横に振る。
「違うの?」
「天照大御神ニ誓ッテ」
自分に誓っちゃったよ。
「そういうことして隠す奴と言えば……、パパ?」
「ひ、ひどいよ!」
「パパはね? 風呂へえってた!」
「秋乃ちゃんは?」
「星見てた!」
「あんたは?」
「ハルキーとテレビ見てた!」
「お兄ちゃんは?」
次々と無駄打ちした白羽の矢が。
とうとう俺に刺さるなり。
全員が。
じーっと無言で見て来るんだが。
「俺は外にいたんだよ」
「なんでよ?」
「なんでって……」
言えるわけねえだろ。
お化けが怖いからパトロールに出てました、なんて。
でも。
言いよどんだ俺の顔見るお袋の目が。
勘違いによる冷たさを帯びていく。
「……毎日出てたって言ってたわよね、凜々花」
「うん」
「二日目は?」
「おにいが凜々花を海に突き落とした」
「おいこら! お化けじゃなくなってんだろ!」
「三日目は?」
「おにいがハルキーのパンツ見てた」
「こらーーーーーーーーーっ!!!」
連続殺人事件が、凜々花の説明のせいで意味の分からんことになってやがる!
慌てて席を立って怒鳴ってみたものの。
どう自分をフォローしたらいいのかまるで分からん!
「……立哉。ちょっとそこ座りなさい」
「俺じゃねえ!」
いや、最後のは確かに俺の犯行だが。
そりゃお化けと関係ねえ。
「皆さんに迷惑かけてどういうつもり?」
「だからちげえっての!」
「初日の事件、アリバイ無いの、あんただけなんでしょ?」
「ぐ」
そりゃそうだけど。
「梨々花を突き落とした時は?」
「そりゃ、確かにその場にいたけども」
「春姫ちゃんのパンツ見たのは?」
「確かにそれはすいませんでしただけど今は反省していますだけれども! 最後のは、春姫ちゃんを木の枝から落としたヤツがいるってのが事件のあらましだ!」
「じゃあ、その場にいたのは誰よ?」
「ぐ」
しまった。
無実を証明しようと掘り下げまくってたこの穴。
まさか自分が入るための物だったとは。
「凜々花はね? ハルキーが大変だーって。包丁どこだーって探してた」
「……なるほど。よく考えてみれば、あの場にいたのは立哉さんだけ」
「とうとう春姫ちゃんまで敵に回った!」
「……幽霊の」
「正体見タリ」
「バカ」
「おにい」
「誰だ今バカっつったの!」
ひでえ
ストップ、数の暴力。
「でも、俺じゃねえっての!」
「はいはい。犯人はそう言うのよ」
ほんとに俺じゃねえって。
だって犯人は……。
「はいはい。裁判ごっこはおしまい!
「ごっこって」
「それよりトラブル対応で神奈川に行ってた件、ここを貸してくれた副社長が耳にしたらしくってね?」
すげえパイプ持ってんなあんた。
「その人がね? 休み返上だった御礼にって明日代休くれて、しかも別荘の秘密を一つ教えてくれたの!」
「隠し扉!? 凜々花そういうの家に作りてえ!」
「ちげえわよ。あと、ウチを改造したらあんたも改造すっからね?」
隠し扉か。
そう言えばこの事件、サークルミステリそのものだが。
隠し扉を使った犯行だったとしたら。
一気に冷める展開だな。
そんなこと考えてる間にも。
お袋は口元を拭きながら席を立って。
「お風呂場の向こうに大型の貯蔵庫があってね? 秘蔵の梅干しがあるんだってさ! 人数分なら食べていいって!」
「うえ。そりゃあすっぱそうだな……」
そして、キッチンの方へ向かうんだが。
……ん?
そっちからお風呂場行く気?
ってことは。
当然通ることになるわけだよな。
開かずの扉を。
「あら? なんでキッチンラックがドア塞いでんのよ。だれ? こんなとこに置いたの……」
そう。
別荘に着いた時には。
キッチンラックは。
もっと隅の方に置いてあった。
それが今は。
いや。
事件の夜には。
開かずの扉を半分隠す形で置かれていて。
既に、梅干しの事ばかり考えて。
溢れる涎を、おそらく口いっぱいに溜めているであろうお袋が。
キッチンラックへ。
手をかける、その直前。
「きゃーーーーーーーー!」
白昼堂々。
この物語を締めくくる。
第四の殺人が起きた。
「いたた……。ちょっと! 何!?」
「ご、ごめんなさい……」
第一の殺人に酷似。
開かずの扉の前。
キッチンラックの前から突き飛ばされた形で床に倒れるお袋。
そしてお袋を突き飛ばした。
怪人。
その正体は……。
「何で突き飛ばしたのよ!」
誰もがその姿を見つめ驚愕し。
俺が思わずため息をついた。
怪人の正体は。
「黙ってないで!」
そう。
「何とか言いなさい! 立哉!」
……俺だった。
後半へ続く!
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