はんだ付けの日 前編



 ――夏は。


 すべてを解放する。



 四人の中に。

 生まれた変化。


 ベクトルを示す十二本。

 矢印のうち、ほんの一つ。


 そこに塗られた色が。

 変わっただけ。



 今年の夏の流行色。

 そんな流行りに乗っかろう。

 

 俺も一つの矢印の下。

 脚立をかけて、ペンキを持って。


 でも、馴染んだ色を変えるには。

 タイミングという名の刷毛がない。



 夏は。

 すべてを解放する。


 解放はするが。

 後のことは自分次第。


 根性無しの俺は、脚立の上で。

 おろおろびくびくと。

 一人の女子を見つめてる。



 そいつも、願いを解放し。

 解放はしたがどうにもできない。

 言わずと知れた根性無し。


 こいつの願いなんて。

 どうせ大したことない。


 だったら俺が。

 それを叶えてあげようか。



 でも。



 こいつが俺と同じように。

 おろおろびくびくしてる姿。

 


 ……面白い。



 だから天邪鬼な俺は。

 思惑通りにさせるものかと。


 ペンキを投げつけて邪魔をして。

 もっとオロオロさせて楽しみたい。

 そんな意地悪な欲望が。

 どうやら解放されちまったようだ。

 



 ――夏は。


 すべてを解放する。



 解放はするが。

 後のことは。



 そいつら次第だっての。





 ~ 七月二十五日(土) はんだ付けの日 ~


 ※断港絶潢だんこうぜっこう

  他から孤立した、小説に都合のいい場所の事




 四日間もの長期旅行。

 たっぷり楽しめると思っていられるのも。

 前半二日。


 後半戦に突入すると。

 誰しも終わりが近付いていることに切なさを覚え。



 ……そして。



 誰しも慌ててやりたい事をぎちぎちにぶっこんでくる。



「おにい! やきそば!」

「へいらっしゃい!」

「……私はフランクフルトとイチゴフラッペ」

「すぐお出ししやす!」


 俺は、みんなの夢を叶えるために。


 海の定番。

 鉄板屋台の親父と化して。


 海水浴の名物料理を。

 次々と作り続けているんだが。


「ぼ、僕にはラーメンくれるかな?」

「ほんと良く食うなお前ら!」

「保坂サン。ラーメン、オ勧メデキズ。ノビノビ」

「すいません舞浜のお母さん! 当店はリアリティーがウリなので!」

「おにい! 焼きそば、ちゃんとぱっさぱさに作ってね!」

「もちろんだぜい!」


 朝昼兼用。

 そして旅先ではなぜか活性化する消化酵素。


 みんなして軽くいつもの倍は食べてる計算になるわけだが。


 ……倍が。

 二人前にはならねえ奴がいるわけで。


「おにい! あとブタ玉ミックスとカレー!」

「おまえ、既に腹が丸くなってんじゃねえか! あと、博士の分が無くなるからオーダーストップだ!」


 そう。

 俺が小一時間もねじり鉢巻きで暴れる。

 この騒ぎの中。


 飯を食っていないやつがいる。


 足の怪我も良くなって。

 いよいよお披露目を迎える。


 俺と一緒に買った。

 パレオタイプのセパレート。


 ライムグリーンに黄色いフリルがふんだんに付いたライモン水着を。



 …………白衣の下に隠した。


 舞浜まいはま秋乃あきの博士。



 博士は、この炎天下。

 妙な発明品をひたすら作り続けていた。



「……博士。暑くねえ?」

「うん……」

「どこからそんな鉄の棒持って来たんだよ」

「向こうに一杯落ちてた……」


 相変わらずの生返事。

 夢中で工作してるこいつになに言っても無駄か。


 日にさらされて可哀そうだと思って。

 そばに差してやったビーチパラソルの下。


 どこから部材を調達してきたのやら。

 建物の鉄骨っぽい棒で出来た檻の中に。

 小さな機械を設置しようとしてるようなんだが。


「まあ、ほっとくか。……他になんか注文ある奴いるか?」


 みんなを見渡すと。

 ぱっさぱさ焼きそばを口から伸ばした凜々花が。


 ぴょんぴょん跳ねて手ぇ上げながら。

 真ん丸お腹をゆっさゆさ。


「てめえは却下だ!」

「おにい! 水切りしよ!」

「食いもんの話してるんだよ!」

「どっちが海の上、多くジャンプできるか勝負!」

「しょうがねえなあ……」


 ねじり鉢巻き外しながら。

 コンロ関係の火を止めようとバックヤードテントに戻る俺の横で。


 凜々花が、なぜか屈伸し始める。


「やべえ。食い過ぎちったから、このまんま走ると撒き餌が……」

「走る? 水切りだよな?」

「本体による水切り!」

「本体!?」

「そうそう! あのね? 右足が沈む前に左足出して、次に左足が沈む前に……」

「親父! お前が十年前にこいつに言った下らんウソの責任とれ!」


 十歩は行かねえと飯抜きだ。

 どうして親はつまらんウソを子供に言いたがる。


「ほんじゃ、パパとおにいと凜々花で競争!」

「そうはいかん。今日の俺はつぎはぎマンだからな」


 昨日の岩場ダッシュのせいで。

 絆創膏だらけの足を凜々花に見せると。


 凜々花は他の参加選手を求めて首を巡らせ。

 顔を逸らした舞浜母と春姫ちゃんをスルーした後。


「ほんじゃ舞浜ちゃん! 一緒に水切り…………、なにやってるの?」

「お、お化け捕まえ装置作ってる……」

「なにそれ面白い!」


 意外な返事を聞いて。

 白衣に抱き着きながら発明品を見る凜々花だったが。


 ……多分。

 お前が怖がらせたからこんなもん作り始めたんだよ、舞浜博士は。



「舞浜ちゃん! これ、エサは何入れんの?」

「プラズマクラスターを設置する……」

「ぷら?」


 おいおい。

 プラズマクラスターって。

 最近はやりの、空気清浄機の心臓部だよな?


 それがなんで……、ああ。


「なるほどな。幽体はプラズマとかいう説があんな」

「そ、そう。お友達に集まるかなって……」


 さすがはマッドサイエンティスト。

 発想がぶっ飛んでる。


「でも、なんでそんなもんを?」

「こ、これ仕掛けておけば安眠できる……」

「うはははははははははははは!!! ってことは、ただのお守りか!」

「うん」


 昨日、凜々花が散々怖がらせたせいで。

 二日続けてろくに寝てねえもんな、博士。


 気持ちは分かる。


「でもそんな檻じゃ簡単に出ちまうんじゃねえか?」

「そ、それはやってみないと分からない……、かな?」


 だって、柱がそんな本数だと。

 牢獄並みにすっかすか。


 サイズ的にも無理があるだろう。

 凜々花を立方体にしたらギリ入りそうな程度だし。



 博士の意味不明は、今に始まったこっちゃねえけど。

 さすがに今日のは付いていけねえ。


 肩すくめて、海の家を片付け始めると。


「……昨日も出たのだろう?」


 春姫ちゃんが。

 小声で話しかけて来た。


「……お姉様しかいなかったのに、凜々花を後ろから押した者がいると」

「ああ、そうだ」

「さすがに二度続くと笑えない。断港絶潢だんこうぜっこうとまでは言わないが、ここは十分孤立した場所だ」

「確かにな」


 気軽に相づち打ちながらガスの元栓閉めて。

 ボンベをよっこら持ち上げてみれば。


 正面には。

 春姫ちゃんの怪訝顔。


「……もう、推理はやめてしまったのか?」


 おっと、すまんすまん。

 でも男は二つのこと同時に出来ねえもんなんだよ。


「まさか。ちゃんと推理してるっての」

「……ほう?」

「実際にいるとしたら愉快犯。そうじゃなければ、ほんとにお化けの仕業ってことになる」

「……あり得ん話だが。もし後者だとしたら?」

「舞浜の罠に引っかかるんじゃないか?」


 呆れ顔になった春姫ちゃんの頭を撫でた俺の腕を。

 ぐいっと引っ張る白い袖。


「なんだよ。やきもちか?」

「ううん? 七輪と網じゃなくて、はんだごてがない」


 ねえよあたりめえだ。

 あと、餅焼くならオーブントースター使え。


「まさかお前、これだけでかい檻、はんだで接着する気?」

「私のはんだ力は、アーク溶接並み」

「お前の判断力は、歩く幼稚園児並みだがな」


 膨れた博士にわき腹をつねられながら。

 そういや食材使い果たしたなと。

 中途半端な肉野菜が転がるクーラーボックスを眺める。


「……そんじゃスーパー行くか」

「うん。……売ってるかな?」

「期待薄だが、他に手段がねえ」


 パーカー羽織って。

 財布持って。


 車もねえのに。

 どうやって荷物運ぼうか考えたとこで。


 砂浜に置きっぱなしの。

 リアカーが目に入った。


「恥ずかしいけど、こいつ引いてきゃ楽だな」


 みんなに声かけてから。

 焼けた砂の上を延々歩いて。


 これまた、熱く焼けた取っ手を掴むと。


「なんでお前もついてきた?」


 すぐ後ろに。

 博士の姿があった。


「はんだ、自分の目で選ばないと……」

「そのかっこで行く気か!?」


 水着に白衣で!?


「…………だめ?」


 だって、お前の水着。

 それなりカラフルだから。


 程よく透けて。


 ぱっと見。

 その。

 なんて言うか。



 ……変質者。



「まあいいか」



 いざとなったら他人のフリしよう。

 俺は心に決めながら、砂にめり込んだリアカーを引き出した。



 ――それなり大きな荷車は。

 がりごり砂をかみ砕きながら。


 素直に俺と舞浜の後を追う。


 サンダルじゃきついかな。

 スーパーまでそれなり距離あるよな。


 そんな心配は。

 もちろん自分に対してじゃなくて。


 前を歩く。

 舞浜に対してなんだが。



 ……長い髪を。

 白衣の上に掻き出して。


 右手で半分だけ開く。

 飴色の孔雀の羽根。


 求愛の相手は。

 見晴らしのいい斜面を渡る風か。


 右に見える畑と。

 左に見える林。


 どちらに向かうか決めかねていた風の精たちが。

 慌てて孔雀へまとわりついて。

 彼女の足元に小さくつむじを作る。

 


「これ……、ね?」

「ん?」



 首だけ俺に振り返る舞浜の横顔は。

 夏の日差しを受けて。

 輪郭が光に溶けるほど眩しく輝く。


 そんな美女に話しかけられた男に。

 風の精たちがやきもちやいて。


 焼けた砂を巻き上げながら。

 お前は見るなと邪魔をする。


「これって?」

「後ろに乗りたい……、な?」

「なんだそりゃ」


 白衣の萌え袖から後ろに手を組んで。

 前かがみにしてこっちを向くのは反則行為。


 理由も聞かずに。

 OKしちまいそうになるっての。


「昔見たアニメで……、ね?」

「おお」

「花嫁さんが、荷馬車に揺られて緑の丘を越えるの」

「……へえ。たったワンカットで想像掻き立てられるシーンだな」


 見たはずもない映像が。

 容易に目の前に描き出される。


 畑と林が。

 丘の景色に塗り替わり。


 おんぼろリアカーが。

 幌なしの荷馬車に早変わり。



 ……そして。


 俺を見つめる博士の白衣から。


 舞い上がる砂と。

 光が作った魔法。


 半透明のベールが長くたなびいて。


 思わず足を止めた俺に。

 差し出された手を。


 危うく握ってしまいそうになった。



「…………どうしたの?」

「いや? ……そ、その花嫁はどうなるんだ?」


 坂が思いのほか急だったから。

 激しく打つ鼓動が呼吸を狂わせる。


 震えるように吐いた言葉に。

 少し首を傾げた舞浜は。


 花嫁について。

 衝撃的なオチを話してくれた。


「小さい頃だから……、ね?」

「ん?」

「花嫁さんが、綺麗だなって」

「うん」

「そればっか気にして……」

「内容覚えてねえんだな!?」


 すげえ気になるじゃねえか!

 なんだその投げっぱなし!


「で? 乗ってもいい?」


 今の流れでお願いされても。

 意地悪してやろうとしか思えねえっての!


「やめとけば? 見た目じゃ分からなくても、木の板が脆くなってるなんてよくある話だから」

「……う、うん」

「これ、別荘と同じくらい古いんじゃね? 荷物載せるとぎっしぎっしいうから、バキッといく可能性もあるけど。それでも乗る?」

「えっと、その……。やめとく……」


 しまった、いくらなんでも意地悪が過ぎた。


 こいつは今のお前にとって針の筵。


 せめて、他のことで。

 機嫌取ってやらねえと……。


「そうだ。せっかく海に来たんだ。やりてえこと一つだけ俺が準備してやる」


 しょぼくれてた舞浜の背中に声かけたんだが。


 反応がねえ。


「おい……」


 心配になった俺は。

 未だに。




 こいつの事を理解できていなかったようだ。




「おいって」

「待って……。一つに集約中……」

「は?」


 どうやら俺の提案は。

 舞浜の中にある、何かのスイッチを入れたらしい。


 こいつは、一つ頷いた後。

 くるっと振り向いて。


 大きく息を吸ったかと思うと……。


「スイカ割りに海の家でシュノーケルのかき氷を足ひれつけてトロピカルジュースとサーフィンがクラゲを焼きそばビーチバレー!」

「なんじゃそりゃ!?」


 えっと……、え?

 なんだその全部盛り!?


 お前、今まで。

 そんなこと一言も口にしてねえじゃねえか。



 でも、一息に言い切って。

 満足げに俺を見る舞浜の目は本気も本気。


 なるほど、この好奇心の塊が。

 随分大人しくしてたのは。


 みんなの目を気にして。

 我慢してたせいなんだな?


 

 ……そうだよな。

 お前、俺には何でも言うけど。


 ほんとは臆病で。

 なんでも我慢しちまうやつだもんな。



 しょうがねえな。

 この同類め。



「……おい」

「ご、ごめん……。一つだけだよ……、ね?」

「バナナボートが抜けてるぞ?」


 俺がにやっと笑うと。

 こいつは手すりに飛びついて来て。


 目の中に星を十個ずつきらめかせながら。

 ピンと反らした人差し指を俺の鼻先に突き付けて大はしゃぎ。


「それもやりたい……、ね!」

「あと、監視員の台に登ろうとして叱られねえと」

「外せない……!」

「クーラーボックスの溶けたロックアイスを頭からばしゃあ」

「冷たい!」

「帰りに着替えようとしたらパンツがなくて……」

「採用!」

「家に着いたら全ての袋から砂が出てくる」

「甲子園!」



 ……緑の丘に。

 俺たちの笑い声が響き渡ると。


 風の精たちが。

 一斉に海へ向けて羽ばたいた。


 その翼を大空へ広げて舞い上がり。

 俺たちの姿が瞬く間に海岸の砂と化す。


 扇に広がる水平線。 

 目指す先は、大海原の遥か向こう。


 まだ、誰の目にも見えることのない。


 夢にまでみた。

 理想の大地へ――。





 ……臆病で。

 今までやりたかったことを。

 我慢し続けて来た。


 留め金は、そう。


 友達が。

 いなかったこと。



 生まれた場所も。

 育った環境も。


 まったく違うのに。

 同じ二人。



 この夏は、なんとか頑張って。

 お前が我慢してきた夢を。


 この俺が。

 いくつも叶えてやろう。



 だって。



 お前の夢。


 俺のと同じはずだから。




 …………だから。


 てめえ。


 俺も同じことしてえんだっての。



「あとゴムボートで潮に流されてご近所無人島で一人でサバイバル体験!」


 こら。


「それは一人用。お前しか楽しめねえじゃねえか」

「保坂君は、先に行って宝箱と地図を作る係」

「すっかりアドベンチャーゲーム!」

「あるいは私が一人で生き抜く雄姿をカメラ撮影」

「完全にスタッフサイド! なんで俺がそんなことまでしてやんなきゃなんねえんだっての!」

「それともう一つ……」

「まだあんのか!」

「ごはん作って?」



 ……なあ。



 お前にとっての。

 サバイバルってなに?




 後半へ続く!

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