第二話 昔話 サーカスとパレード

 十五年も前だろうか。私はまだ幼かった。

 都で大きな宴があって、盛大なサーカスとパレードが開かれるとのことだった。


 都への道中のこの村に、旅の愉快なサーカス団、見たこともない色の服に身を包んだ人々、道化師とか大道芸人とか奇術師とか、あるいは馬車引きまでもが色とりどりに染められたきれいな服に身を包んでいて、やはり小綺麗な服を着せられた、見たこともない奇妙な動物が檻の中でおとなしくしていて、その他にも派手なテントだとかいろいろな荷物を馬車に引かせてやってきた。

 子供たちとも遊んでくれた。奇術師は簡単な手品を子供たちに見せてくれた。奇術師の水晶玉が手の中で浮かんだと思ったら消えて、また現れる。魔法のようだった。奇術師に負けじと、気まぐれな大道芸人がちょいと見せた奇天烈な芸にも、酷くびっくりさせられた。自在に大きな蛇を遣ったり、数え切れないほどのお手玉を、小躍りしながら操るさまは、やっぱり魔法のようだった。子供たちも大人たちも、すっかりサーカス団に魅せられていた。大道芸人に変わって道化師が、異国風の遊びを紹介して、子供たちと遊んでいるうちに、その裏で、奇術師は少しくたびれたというような趣きで、私の家の方に向かったので、思わずついていった。


 サーカスの奇術師は、化粧をしていたから、一見そうは見えなかったのだが、随分老齢のようだった。長旅に少し疲れたのか、たまたま私の家のすぐ前の、丸太置き場に腰掛けていたものだから、私は、思わず話しかけた。話しかけると言っても、奇術師の先程の技の素敵さに心奪われたゆえに、思わず声をかけ、話すことなど何も決まっていなかった。そういう時に、子供は大人が普段口にするような世間話を真似るものなのか。あるいは、つい先日聞かされた、祖母の「千年帝国のお話」を聞いて、何か不安になっていたからだろうか。私は言った。

「この国に来てみてどうですか?」

 奇術師は、突然の質問に少し驚いた様子だったが、すぐに答えた。

「ずっと昔にも、サーカスでやって来たことがあるのだけれど、相変わらず良い国だよ」

と微笑んだ。私はそれに安心したような、問いを恥じるような微妙な気持ちになった。けれども、奇術師は微笑みを崩すと、真剣な趣きでポツリと告げた。

「だが本当に変わったものだ。ここ数十年で。あるいはこの国もそうなのか?」

 奇術師の、自分の口をついて出た独り言。私はまた、不安になった。奇術師自身も独り言にびっくりしたのか、すぐに「何でもないよ、奇術師の戯言さ」と、また微笑み返した。でも何か、ままならない、ぎくしゃくとした、何かを感じた。


 サーカス団は少しの間休むと、また都にぞろぞろ列をなして都へ向かっていった。子供たちはすっかりサーカス団に魅了されていた。大人たちもそうだった。みな考えることは同じだった。明日、都に行って、サーカスを見よう。賑やかなパレードを見よう。誰が言い始めたかはわからないが、村人は皆それに賛成して、一家族、また一家族、都へ馬を引いたり歩いていったりした。私も祖母にどうしてもとせがんで、隣の家族に同伴することになった。

 でも、本当のことを言えば、サーカスやパレードが見たかったのではなくて、都を見たかったのだ。都の華々しさを見て、この国は大丈夫だと、あの「千年帝国のお話」のように、衰えたりしていないのだと、それを見たかった。


 次の日、半日ほど馬車に揺られて、私はウトウトしていた頃に、はっと目が覚めた。あたりが薄暗くなった頃、都は燃えるようなきらめきと賑やかさを放っていた。城壁は綺麗な旗で飾り付けてあって、それが篝火に煌々と照らされていた。立派だ、美しいと、そう思った。


 都に入って、まず驚いたのは、広場の中心の巨大な凱旋門だった。両脇にはなにかの記念碑がそれぞれ立って、そのいずれもに、今にも動き出しそうな神話の英雄とか、この国の成り立ちとかを示す、精巧な彫刻がいくつも掘られて、広場は威厳に満ちていた。けれども、今日だけは無礼講ということなのか、威厳のある広場も人ごみの雑踏からは、享楽的な雰囲気が漂っていた。

 広場の周りには壁のように、一軒一軒が垢抜けた、都風と言ったような高い建物が立ち並び、半円状の広場の扇の部分から、放射状に抜けていく通りの脇は出店で賑わい、特に宮殿へ続く中心の目抜き通りは今まで見たこともない数の人でごった返していた。両脇の歩道から溢れんばかりの人が行き交っていて、大通りの幅と言ったら、馬車が横に二十台は並んでもまだまだ余るほどだった。

 目抜き通りの大きな往来のすごく遠くの丘の上、どの建物よりも高く、王様の宮殿がそびえ立っていた。丘を囲む壁の、数え切れないほどの篝火に照らされて、紅い炎の色に美しく大きな大きな城壁と宮殿が照らされて、神々しくそこにあった。

 私は、「千年帝国のお話」の不安のことなどすっかり忘れていた。この世界にこんなに立派な都があるなんて。まさしく永遠の都という有り様だった。


 都見物もほどほどに、大通りの宿に入ると、一回の酒場は耳をふさぎたくなるほどの喧騒に溢れ、お酒と美味しそうな料理の匂い、思わずその時になって都の驚異と人混みの喧騒に翻弄され続けて、すっかり忘れていたが、お腹が空いていたことに気づいた。村の人が何家族か一緒になって宿の部屋を取って、外はすっかり暗くなった頃に食事にありついた。銅貨三枚で、山のようなご馳走がやって来た。村人は、都に来たのだから、しゃんとしていないといけないと、初めは気を使っていそいそとご馳走を食べたのだけれど、そのあまりの美味しいことに、みんな振る舞いなんて忘れて、むしゃむしゃとご馳走に齧りついた。私も大きな骨付き肉にかぶりついた。少しはしたなかったかしら。


 食事をとって、宿の一部屋に二家族は入ったものだから、とっても窮屈だったけれど、疲れていたのですぐに眠ってしまった。やっぱり、その時には「千年帝国」のお話なんて、すっかり忘れていた。


 私が起きた頃には、丁度外でパレードが始まる時間だった。私は急いで外に出た。道行く雑踏が立ち止まって、静まってそれを待っていた。しばしの静寂が大通りを包んだ。

 すると、向こうからラッパと笛と、太鼓の音が鳴り響き、まずやって来たのは、サーカス団の異国の動物たちと愉快な面々が前衛を盛り上げて、その後に、綺麗に装飾された武器を構えて、真っ赤な礼服を着た兵隊さんのパレードが、永遠に終わらないんじゃないかしらというほどに、長い長い列をなして行進し、そして最後に王様を乗せた立派な馬車の一団が、威風堂々とやってきた。


 立派な白馬と黄金細工に飾られた大きな馬車に王様は腰掛けていた。でも、それはちょっと妙だった。王様は何か、王様という感じがしなかった。服に着せられている、紅いマントにくるまれている、黄金細工の馬車に、ただ乗せられていると言う感じだった。

 話に聞いていた限りでは、この国の王様は、威厳の塊というような、がっしりとした大男で、立派な髭をたくわえていて、王の中の王と人々は讃えたと言うのだけれど、そこにいた王様は、若々しいけれども、繊細さを感じさせるような細身で、少し不安げな顔をしていた。

 その王様は新しい王様だった。後から知った話なのだけれども、先代の立派な王様は、少し前に亡くなっていたのだった。けれども、それは妙だった。王様が亡くなったなんて、誰も話してはくれなかった。みんな知らなかったのかしら。それはおかしな話だと思った。


 けれども、通りの脇の人混みは、口々に皆、「王様」「王様」と讃えていた。「王様万歳」みな、叫んだ。

私もそれにいつの間にか囃し立てられて、「王様」と手を振って叫んだ。すると王様はそれに気づいて、私の方を見ると、にこりと微笑んだ。

「嬢ちゃん、良かったじゃねえか」

隣りにいたおじさんが、私の頭を撫でた。悪い気はしなかった。さっきの、王様に対する疑問も、その時にはすっかり忘れていた。


 都の宴は楽しかった。パレードを見て、出店の、異国の人と話した。こちらの言葉に慣れていないようで、片言の言葉はよく分からなかったけど、とっても優しかった。異国のお菓子を買って、そのとても甘いことといったら、舌が蕩けそうなくらい美味しかった。


 夜には、大きな半円劇場で、サーカスが開かれた。都に来た村人はみんな詰めかけた。

 村で見たものよりずっとずっと凄い、大サーカス・ショー。奇術師はステッキを操って、動物をマントで覆って消したり表したり、そして紙吹雪に包まれたかと思ったら、奇術師はぱっと消えて、代わりに大道芸人が現れた。大道芸人は剣をまるごと飲み込んだかと思うと、そのまま逆立ちして、飛び跳ねたと思うと、飲み込んだ剣がするりと出てきた。道化師は玉乗りをしながら、お手玉を披露したり、動物の行進を指揮しながら、どうやら「象」というらしい、異国の大きな動物と一緒にダンスをしたり。とっても素敵だった。会場は熱狂し、大盛況だった。

 最後に、一同が、動物も人間も皆一列に並んで、お辞儀をした。万雷の拍手が鳴り響き、会場が揺れるほどだった。


 とっても楽しかった都の思い出。思い出だ。私は逃避していた。うつらうつらと、夢を見るように、楽しい都の思い出を振り返っていた。


 でも今の都は、きっと地獄なのだろう。この帝国の七百年の歴史からすればたった十五年で何が変わったのだろう。


 都の思い出。何かを忘れているような気がする。重要な何か。それを思い出さないといけない気がした。そうだ、あれは・・・

 



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