落日の幻想帝国

のらくら

第一話 都落ち

 もうすぐ冬が来る。薄暗い部屋は冷え込んでいた。

 でも、冬が来る前に、私達の国は滅ぶのだろう。滅亡する。歴史の節目に立っていた。今日に始まったことではない。あるいはずっとずっと前から決まっていたのかも知れない。


 私が生まれる前に建てられて、今ではすっかり古くなった家の、隙間風の入る建付けの悪いドアを開けると、空は曇天だった。風が強く吹き、沢山のものが燃える、煙たい嫌な匂いが立ち込めてきた。日没の方を見やると、遠くの方で不気味なほどに真黒の煙が高く高く登っていた。あれは都の方だ。


 二、三日前に、都の方から逃げてきたという一家が伝えるところによれば、都が蛮族に攻められていたが、ついに城壁が破られて陥落したとの事だった。一家は母と子が二人で、夫は兵士に取られ、都を守っていたが、都の陥落の混乱のうちに合うことも出来ず、自分たちは着の身着のままに東の方へ逃げるとのことだった。身なりもあちこち破れていて、みんな頬に黒いすすが付いていた。あんまり哀れだったので、思わずパンを二片と水を少しやって別れたが、今はそれを後悔していた。人にものを恵むような立場ではないのに。都は落ちて、蛮族共はしばらく都で略奪とか、人を殺したり、女を乱暴したりして、今は留まっているだろうが、じきに飽きて、この村にもやって来るだろう。自分たちも、逃げだす準備をしなければならないのに。


 家の前の往来の、向かいの畑の柵のところで、祖母がじっと都の方を眺めていた。私は祖母に声をかけた。すっかり耳が遠くなった祖母には聞こえずに、やはりじっと都の方を眺めていた。近寄って、私達も東の方に逃げましょう、と言いたいのだけれども、祖母はじっと都を見て、時々項垂れるように顔を動かしては、曲がった腰をもたげて、なにかを呟いている様子をみると、それは何やら酷くままならない様子に思えて、声をかけることも躊躇われた。


 私はドアを締め、家の中に入ると、床に置かれた家のものをあるだけかき集めた荷物の山を見て、私もまた、祖母のように深い溜息をついてしまった。どうすればよいのだろうか。そんな思案だけが頭を巡っていた。東の方にある町へ逃げるとして、馬車がないから、どんなに急いでも、きっと十日はかかるだろう。足の悪い祖母を連れての道のりだから、もっとかかるかも知れない。だから一刻も早く村を出て、蛮族共から逃げなければならないのに。


 何故だか、ここ数日でどっと歳を取ってしまったみたいに、身体も心も重たくて、色々なことを考えるのも嫌になっていた。そんな自分を脳裏では必死に焚き付けているのだけれども、帝国が滅亡するということ、そして自分たちにも死とか破滅が間近に迫っているという事が、分かっているけれど、どうにも理解できないのだった。


 国が滅びる。それがどういうことなのか、知らないわけではなかった。

 私が幼い時、まだ祖母の腰が曲がっていなかった頃に、村の子供たちが集まって聞かされた昔話がある。


 遥か大昔、千年も続いた偉大な帝国があった。繁栄の極みの頃には四方のあらゆる部族の全てが帝国に服属し、争いのない「平和の中の平和」と呼ばれたほどの時代を築いたのだけれど、繁栄に溺れた民衆は、みな享楽に浸り、毎夜毎夜に酒と女遊びに明け暮れて、国中はすっかり退廃し、衰えていたという。


 国の退廃を嘆いた詩人がそれを詩にした。


「清風途絶え、温く淀む

 人みな乱れ、国爛れる

 天は嘆き、地怒れるは定めかな

 千年帝国、千と一年はあらぬかな」


 詩は風にのって辺境にまで伝わり、それを聞いた四方の部族はみな服属を裏切って、群がるように帝国に攻め入り、千年帝国は聞くにも哀れな、無残な最期を遂げたのだ。人がみんな殺され、女は乱暴されたあとに殺され、国中、世界中のものが集められた立派な図書館と宮殿は、全部壊され、燃やされた。後には何にも残らなかった。

 私も含めた子供たちは、聞いて口々に叫んだ。

「酷い」、「怖い」

そして私は素直に言った。

「詩人はなんて悪いことをしたんだ」と。

 祖母はポツリと告げた。


「そんなこと言っちゃあいけないよ。その詩人はその千年帝国のたった一人の生き残りになったのさ。ただ一人、詩人は千年帝国の詩を歌い続けて、そのおかげで今みんな千年帝国のことを知ってるんだよ。私達の国もね、ずっと後になって、詩人が歌った千年帝国を復活させようと言って、そうやって出来たんだよ。」


そして祖母は少し、真面目な声で言った。


「それにね、滅びるものはずっと前から滅びると決まっていて、詩人のその詩なんてのは、すっかり壊れかけた千年帝国をちょいと小突いたにすぎないのさ」


 私は子供の頃にはその意味がよくわからなかった。でも今ならば、今になってもなんとなくなのだが、分かるかも知れない。今度も詩人が詩を歌ったのかは知らないけれど、ともかく滅びるものは滅びるのかと。

 

 荷物の山に腰掛けて、私は、子供の頃に連れられた、きらびやかな思い出、在りし日の都のサーカスとパレードのことを思い出していた。


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