第127話 その頃、東の隣国(アルレイユ)は
アルレイユ公国君主、アンソニー・アルレイユの屋敷には、二人の女性が訪れていた。
その二人の名は、
仁の幼馴染と、仁達がいたクラスを受け持っていた担任の高校教師である。
◇
「ラルジュードの勇者よ。キサマは常識というものを知らんようじゃのう? 突然やってきて、ワシに会えとは?」
「ほ、本当にすいません! 後で注意します!」
「キサマには言っとらん! そこの銀髪の女! キサマじゃ! キサマに言っているのじゃ!」
「……天ケ浦さん。ほら、謝って。……お願いだから」
深川真央、二十九歳。
元の世界では教頭や校長、保護者や学校OBの方々など、色んな方にペコペコしていました。
そして、この異世界でも。
相手が変わっただけで、色んな方にペコペコするのは変わりませんでした。
生徒の不祥事は、担任である教師の不祥事。
一緒にこの世界に来た生徒達が、この世界で不祥事を起こす度に、頭を下げなくてはいけない。
当然、生徒の目上の方への失礼な態度も、頭を下げる不祥事の対象です。
ましてや国のトップの方に……。
「ラルジュード帝国という大国の勇者とこんな小さな国の君主、どっちが上だと思ってるの? 大人しく文句言わずに出迎えたら? 皇帝陛下から命令されたからだけど、わざわざこんな小国に来てあげたんだよ?」
「キッ……キサマーーー!!!」
「あはは! お爺ちゃん、そんなに怒ったら血管切れて死んじゃうよ? それとも図星だったから、怒ってるのかな?」
「ちょ……ちょっと……」
変わったと言えば……いや変わってしまったと言うのが正しいです。
文武両道、眉目秀麗。
そして生まれも名家。
まさに、一般生徒達の憧れであり模範となる生徒。
教師からも一目置かれる存在。
それが彼女、天ケ浦華という生徒でした。
しかし、この世界に来て……いえ、正確に言えば
彼女は変わってしまった。
元の世界で見ていた彼女は、顔の似た別人なのでは? と思ってしまうぐらいに。
今では、他人の意見や指摘など耳も貸さない。
自分の目的を果たすためだけに、行動している。
「ええい、騎士隊! この女共を引っ捕らえるのじゃ! あの無能と同じようにしてくれる!」
「…………」
「何をやっている! 騎士隊!」
「あの、君主様……その……」
「なんじゃ!?」
「勇者に立ち向かうのは……無理……です。な、なあ?」
「あ、ああ……」
「そ、そうだよな……」
また得意技の土下座を披露することになるのね……と思っていたら、騎士隊と呼ばれるお爺……じゃなくて君主様に仕えている人間が、難色を示して従わない。
……一体何があったの?
勇者……って、恐らく天ケ浦さんと同じ立場となった生徒のことよね?
……君主様が言っている、あの無能というのも気になるけど。
「キ、キサマら! まだあの男に怯えているのか!? それでも騎士隊の人間か!? 思い出すのじゃ! 勇者全員優秀なわけではない! 現に、あの無能……レミはキサマらでも捕らえられたじゃろう!」
「で、ですが! も、もし奴の仲間がまた現れたら……」
「そうです! 君主様! レミの仲間……ジンがまたこの国に現れたら、どうするのです……ぐふっ!?」
「あっ……」
気づいた時にはもう遅い。
彼女は既に、ジンという名前を出した騎士を締め上げていた。
皇帝陛下様からアルレイユ公国に、魔王軍幹部フィスフェレムとネグレリアを討伐したジンと呼ばれる謎の勇者がいるので、天ケ浦さんを連れて調査に行けと命令された時、もしかしたらとは思っていたけど。
生きていたのね、上野くん。
担任の教師として、行方不明だった生徒の無事に、良かった……と思う反面。
彼が生きていると分かった以上、もう彼女を止めることは出来ないという事実に、絶望せざるを得ない。
「ぐっ……あがっ……」
「ねえ、レミってもしかして緑髪の女?」
「い……痛い……」
「答えて。殺すよ?」
「あ、天ケ浦さん! 離してあげて! そんなに締め上げたら、騎士さんも話せないわ!」
「チッ……うっざ」
お前ごときが指示するなと言いたげに、舌打ちをしながら彼女は、締め上げていた騎士をゴミでも捨てるかのように放り投げる。
「誰でも良いから答えてよ。レミって、緑髪の女?」
「あっ、ああ……そうだ。この国の勇者だった人間だ」
「だった人間? 今、どこいるの? その女」
「さ、さあ……?」
「仲間と一緒に、消えたよな……? 確か、ジンって奴を君主様が怒らせて……」
「なっ!? ワシのせいじゃと言うのか!? キ、キサマら……うぐっ!?」
「や、辞めなさい! 天ケ浦さん! 君主様よ!? 国のトップのお方に何をしているの!」
ああもう……全然耳を貸してくれない。
確かに、彼女はこの世界に来てからずっと上野くんを探していたけど、やり過ぎよ。
こんなやり方、悪行の限りを尽くしている
「ねえ、先生? 国のトップだろうがなんだろうが……
「あっ……ぐっ……キ、キサマら……ワ、ワシを……た、助け……」
「ありゃ? ちょっと首絞めただけなのに……お爺ちゃん死んじゃう? 色々聞きたいことあったのに。ま、いいか。この国どうせ、侵略するって言ってたし。君主の生死なんか問う必要ないよね。他にも色々知ってそうな人、沢山いるし」
「天ケ浦さん……」
もう彼女を止められない。
でも、従うしかないの。
そう自分に言い聞かせ、騎士達と一緒にアルレイユ公国君主、アンソニー・アルレイユが息絶えていくのを黙って見ているしかなかった。
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