第63話 俺の間合いだ

 「な……んじゃ……と」

 「あり得ぬ……魔法を……」

 「わらわ達ごと斬る……じゃ……と」


 女神の黒イーリス・ブラック対策として、至近距離で攻撃魔法を放って当てる。

 フィスフェレムの考えた対策は決して間違えていない。

 だがそれは、俺がこの二年という月日の間に全く成長していなければの話。


 失敗だったな、フィスフェレム。

 俺はどっかのバカ勇者と違って、成長もしてるし、技術も新たな女神の加護も手に入れてるんだよ。


 「……困ったのう。わらわは見誤っていたようじゃ。まさか……わらわの魔王の剣ベリアル・ブレイドを与えた剣士イトー以上の剣術の実力の持ち主じゃとは……」


 流石のフィスフェレムも誤算だったのか、露骨に焦っているのが見て取れる。

 心外だな。

 ロクに努力もしなかったクセに、セトロベイーナの人間に認めて貰えないからという理由で裏切った人間より俺が弱い訳がねえ。


 何度でも言おう。

 元の世界でダメだった奴は異世界でもダメなんだ。

 そして、元の世界で俺に勝てない奴が、異世界なら俺に勝てるなんて事は絶対に無いし、これからも一生無いだろう。

 異世界に来てからは、人が変わったように努力しましたと言うのなら話は別だが。


 「フィスフェレム。魔王の剣を託す相手を間違えたな。まあ、お前のスタイルから察するに剣を扱えなかったから、伊東いとうに託したというのが本当の理由なんだろうがな」

 「……全くその通りじゃ、わらわの見る目が無かったのじゃ。……本当に参ったのう。近付けばお主の間合いに入ってしまい斬られてしまう。離れた所から魔法で攻撃すれば、威力を増幅して跳ね返されてしまう。打つ手無しじゃ。……じゃが、お主も決め手に欠けているのじゃ」

 「今のお前よりは、俺の方が決め手があるけどな?」

 「……ぐぬぬ」


 フィスフェレムは明らかに動揺している。

 動揺を悟られない様に、虚勢を張っているがバレバレだ。

 ここだ。

 叩くなら今だ。


 俺はフィスフェレムの元へ突っ込み、一気に距離を詰めた。


 「……なんじゃ、それは……。なんなのじゃお主! 何か考えがあるのかと思えば、魔王軍幹部であるわらわに対し、何の工夫もせずに突っ込んでくるじゃと!? 舐めるのもいい加減にするのじゃ! もう良いのじゃ! わらわの全力の魔法を食らうのじゃ! 跳ね返せるものなら跳ね返してみるのじゃ!」


 フィスフェレムは激高した。

 全力の魔法を食らわせるというのは本気なのだろう。

 フィスフェレムは分身を解いて一体に戻り、攻撃魔法の詠唱を猛スピードで終える。

 チッ……流石だよ。

 詠唱が終わる前に斬ろうと思ったんだが、まさかそのスピードでとんでもない長さの詠唱を終わらせるとは。

 だけどな。


 「この距離は俺の間合いだってさっき気づいたはずだろ? フィスフェレム」


 ザシュ。


 フィスフェレムの攻撃魔法が放たれる前に、俺の女神の剣イーリス・ブレイドがフィスフェレムの身体に届いた。

 勝っ……てねえ!

 これは、分身だ!


 自分が斬ったと思っていたフィスフェレムは分身だと思った時には遅かった。

 背後に、奴の気配を感じた。


 「すまんの、本当にお主の言う通りなのじゃよ。わらわはお主のように正々堂々と戦うスタイルでは無いのじゃよ。終わりじゃ……わらわの駒と……わらわの下僕となれ……アブソリュート・サーヴァント」


 ……分身を解いて、一体だけになったと見せかけて、本体は……俺の背後に回っていたのかよ。

 どんだけの魔法を同時に詠唱していたんだ。


 「終わりじゃ……勇者……ウエノ・ジン。これからお主はわらわの駒として、魔王軍の一員となって貰うのじゃ。ふふふ……しかし、わらわも焦らされたのじゃ。女神の剣イーリス・ブレイドの特有の魔法に加えて、あの剣術。わらわで無ければ負けてたかもしれんのじゃ!」


 誇らしげに高笑いをしつつ、高らかに勝利宣言をするフィスフェレム。

 だから、気付いていなかったみたいだ。

 女神の剣が既に自らの身体を貫いている事を。


 「グ……グフッ……!? な……何故……じゃ……? お主はわらわの……アブソリュート・サーヴァントで、わ……わらわの駒になった……はず……」

 「ああ、お前の魔法、思いっ切り食らったよ。まあ、食らっても問題ないから食らったんだけどな」


 フィスフェレムは意味が分からないと言った様子で俺を見る。


 「言ったはずだろ。複数起動マルチプルだって。今の俺は女神の藍イーリス・インディゴも起動している状態。ここまで言えば分かるだろ?」

 「女神の藍じゃと……ふふふ……な、なるほどなのじゃ……ほ、本当に忌々しいのじゃ……最後の最後にわらわが負かしたはずの女勇者の女神の剣のせいで……わらわが……負けるとは……」


 フィスフェレムは察したようだ。

 自分が何故負けたのか。

 それは、女神の藍の力を見誤ってしまい、あわよくばジンを自らの手駒にしようと、攻撃魔法ではない魔法を使ってしまったからだ。


 「ふふふ……負かした女勇者の……仲間にすら裏切られる様な女勇者の……女神の剣など大した事はない。その油断が敗因か……ふふふ……じゃ、じゃが……わらわは……ま、まだ終わらんのじゃ……まだ……終わら……」


 負け惜しみなのか。

 それとも魔王軍幹部としてのプライドなのか。


 フィスフェレムは笑いながら絶命した。


 「……まだ終わらんのじゃ……か」


 そう、まだ終わっていない。

 

 ただ一つ区切りは付いた。

 今は、セトロベイーナ軍とジェノニアの住民を助けるのが先だろう。


 その後だ。

 伊東裏切り者と戦うのは。

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