第58話 大部屋の地獄絵図

 サキュバスを殺した後、佐藤貴……ああもう面倒くせえ。

 どうせ名前覚えてねえんだから佐藤でいいや。

 逃げた佐藤を追う為に、フィスフェレムの屋敷の中へ入った。

 屋敷への侵入を阻むトラップなどの気配は無いし、サキュバスやインキュバスが潜んでいて、奇襲をしてくるという事もない。


 とはいえ、魔王軍幹部フィスフェレムのいる屋敷だからな。

 流石に俺も、大胆に突き進む事は出来ない。

 むしろこの上ないほど慎重に進んでいる。

 それでも、セトロベイーナ軍がサキュバスやインキュバスをほとんど討伐してくれたので大分スムーズに進めている。


 サキュバスの数が少ないので、屋敷を巡回しているサキュバスに気付かれることなく女神の紫イーリス・パープルの毒攻撃で殺せるし、何より、俺がサキュバスに気付かずにいて、背後から攻撃されるという事が無いのがその証拠だ。

 

 それに、フィスフェレムの屋敷の中には多くの部屋があると聞かされてたからな。

 一部屋一部屋しらみ潰しに探して、サキュバスやインキュバスを全滅させないと、屋敷の中にいるであろう若い女性達やセトロベイーナ軍の人間をリベッネ達が救助する時に大変だろうし。


 にしても、インキュバスは屋敷をほとんど巡回してないって情報は本当だったな。

 セトロベイーナ軍の人間の情報によると、屋敷の二階の大部屋でジェノニアの街でさらった女性達に種付けする事に励んでいるので、屋敷を巡回しているのはサキュバス、そして操られているセトロベイーナ軍の人間しかいないと。


 ただ……一つだけ気掛かりな事がある。

 操られているセトロベイーナ軍の人間は、女神の藍イーリス・インディゴのディサイドで誘惑が解かれているはずなので、そろそろ屋敷や部屋で倒れているセトロベイーナ軍の人間を見かけてもいい頃だ。

 だが、屋敷の中では一人も見つけていない。


 ……誘惑が解かれている事に気付かれて、もう一度サキュバスに操られているのか? 

 ……それならそれで、操られているセトロベイーナ軍の人間を見かけても良いはずなんだが。

 嫌な予感を感じつつも、屋敷の一階の部屋を全て調べ終え、部屋にいたり、一階を巡回していたサキュバスも全滅させたので二階へ行く。




 ◇



 「この部屋か……」


 二階の大部屋。

 つまり、インキュバスがさらった女性達に種付けを行っているという大部屋の前まで着いた。

 二階にいたサキュバスは全滅させ、目の前の大部屋以外の部屋は全て調べた。

 後は、この部屋と屋敷の最上階である三階、要はフィスフェレムのいる階層と屋上だけだ。


 もっとも、三階はフィスフェレムの間と呼ばれていて、ワンフロアとなっている。

 つまり三階はフィスフェレムの部屋みたいになっているので、実質後二部屋。

 セトロベイーナ軍のおかげでここまでは順調だ。

 ……ここまでは、な。


 結局俺は、セトロベイーナ軍の人間とセトロベイーナの勇者パーティーの三人である、佐藤、伊東、鈴木桃奈の事は見つける事が出来なかった。

 となると、この大部屋か三階にいる事になるが……。

 

 「伊東くんに知らせなくちゃ……か」


 佐藤の呟いた言葉、そして佐藤がサキュバスに命令をして、俺を襲わせた事が引っ掛かっていた。

 とっ捕まえて聞きたい所だが、探しても見つからないのでどうしようもないけど。


 となるとこの大部屋を調べるしか無いんだよな。

 まあ……この大部屋も、セトロベイーナ軍の人間から聞いた話だと中々の地獄絵図が広がっているらしいが。

 口にしたくもないし、思い出したくも無いぐらいだから、中に入るなら覚悟しておいた方が良いと戦場で様々な地獄絵図を見てきたはずの軍の人間が忠告するんだからよっぽどなんだろうけど。


 だが一応俺も、ファウンテンとジェノニアという二つの街で地獄絵図を見た。

 二つとも中々精神的に来る地獄絵図だった。

 あの二つを超えてくるなんて、そうそうない……いや、無いはずだ……無いと思う。





 大きく息を吐き、大部屋の扉を開く。






 ……ああ、なるほど……。

 これは、地獄だわ。

 地獄絵図だわ。


 扉を開け、大部屋へ足を踏み入れた瞬間、耳に入ってきたのはインキュバスに犯され種付けされている女性達の喘ぎ声。

 鼻にくる気持ちの悪い悪臭はインキュバス達の体液の臭い。

 目に入ったのは行為が済んだのか、インキュバスの体液まみれのまま、裸で放置されている女性達の姿だった。


 ……ああ、ヤベえわ。

 ファウンテンやジェノニアの時に見た地獄絵図とは違う意味でこれは精神的に来る。


 「エクスチェンジ、女神の紫イーリス・パープル。デッドリーポイズン」


 無意識に俺は、女神の紫を使っていた。

 そして、一瞬にして大部屋にいたインキュバスを全滅させていた。


 相変わらず、大部屋の中の臭いはキツい。

 だが、ひとまずインキュバスなどという人間じゃない存在に犯されている女性達の喘ぎ声を聞かずに済むだけでも、インキュバスを全滅させた甲斐はある。


 ……しかし、すぐに女性達の悲鳴の声が上がったが。

 当然だろう、突然目の前でインキュバス達が死んだのだから。


 俺は大部屋を確認する事も、大部屋の中の女性達を助ける事もなく。

 黙って、大部屋を出た。

 そして、俺はフィスフェレムの間へと繋がる三階への階段へ向かった。


 大部屋の中を探して、佐藤、伊東、鈴木桃奈の三人やセトロベイーナ軍の人間を見つけるべきかもしれない。

 ディサイドを使って、女性達を正気に戻すべきかもしれない。

 だが、俺には出来なかった。


 あの地獄のような部屋に留まりたくなかった。

 そして、あの大部屋にいた女性達の事を救える自信が無かったからだ。


 ディサイドを使って、今の女性達を正気にさせたらどうなる?

 記憶があるんだぞ。

 体へのダメージも残ってるんだ。

 あのままの状態で、正気にさせる?

 そんな残酷な事、俺には出来ないし、出来なかった。


 たとえ、この世界の人間を好きじゃなくても。


 「必ず討伐してやる……フィスフェレム」

 

 そう呟きながら、フィスフェレムの間へと繋がる階段を登っていた。

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