第53話 代償

 「ビックリするほど、ネグレリア・ワームもネグレリア・ワームに寄生されて動く死体達も出て来なくなりましたね。それと、フィスフェレムに操られているセトロベイーナ軍の人間も全然出て来ないですし」


 ネグレリア・ワームとジェノニアの住民の死体をリベッネの火属性魔法で焼き尽くし、その魔法の処理を終わらせて一時間以上は経ったのでは無いだろうか。

 俺達二人はスムーズにフィスフェレムの元へと進めていた。

 といっても、俺はフィスフェレムがどこにいるのか知らないので、リベッネの後ろを付いて行っているだけだが。


 正直、拍子抜けだ。


 ぶっちゃけ、ネグレリアという新たな魔王軍幹部も関わっていると知ってしまったから、フィスフェレムに操られているセトロベイーナ軍の人間に加えて、ネグレリアに操られて襲い掛かってくるジェノニアの住民の死体と、ジェノニアの街で遭遇しまくるからフィスフェレムの元に今日中には辿り着けないんじゃないかと思っていたけど、街の中じゃ全く遭遇せずに進めるんだもん。


 「あー……勇者様はネグレリア・ワームの特性を知らないですもんね……」


 俺がスムーズに進めてラッキーとか思っているのを察したのか、リベッネは今の状況は全然喜ばしい事じゃ無いぞ? と言いたげに説明を始める。


 「ネグレリア・ワームの特性ですが、とても賢く特に危機察知能力に優れています。なので、恐らく近くで仲間がアタシ達に殺されているのを見て、勝てないと踏んで逃げ出したか、あるいはアタシ達に見つからないように隠れて監視しているんだと思います」

 「監視?」

 「これが厄介なんですよ。ネグレリア・ワームが見ている景色は、魔王軍幹部ネグレリアに鮮明な映像として伝わるそうです。どうやって伝わっているのかは分かりませんが、ネグレリアはネグレリア・ワームを通して滅ぼそうとする対象の国の弱点や誰を殺せばその国はガタガタになるのかを調べるんです」

 「……つまり、ネグレリア・ワームと遭遇した俺達二人は?」

 「ネグレリアにアタシ達の存在は間違い無く伝わっていると思います。それだけならまだいいですが、ネグレリアの死体を操って国を滅ぼすというパターンを止める事が出来る勇者様を見つけて、どうやって勇者様を殺そうか考えているかもしれませんよ?」


 ……聞きたく無かったそんな事実。

 ね? 現状は全然喜ばしく無いでしょ? とリベッネに言われた気分だ。

 というか、それならそうと早く言えよ。

 手の内の一つネグレリアに晒しちまったじゃねえか。

 確かに女神の藍イーリス・インディゴを手に入れた今の俺なら、ディサイドを使って、ネグレリア・ワームに寄生された死体をただの死体に戻せるから、ネグレリア討伐の時はかなり楽にネグレリアの元に行けそうだけど。


 「あーそれと。勇者様が懸念されていた、フィスフェレムに操られてたセトロベイーナ軍の人間についてですが、恐らくその内、フィスフェレムに操られている軍の人間に会えますよ……って噂をすれば……」


 リベッネが気になる事を言いかけて足を急に止める。

 俺はリベッネの後ろから隣へ行き前方を見る。

 すると、十数人の兵士がいた。

 身に着けている防具から察するにセトロベイーナ軍の人間だろう。


 そして、兵士達がいる先には山へと繋がる道があり、その山の頂上にはとてつもなく大きい屋敷があった。

 リベッネはそれを見て何かを察したように舌打ちする。


 「……これは厄介ですね。勇者様がフィスフェレム討伐の条件に、女神の藍を要求したのは大正解みたいです。フィスフェレムは軍の人間を操って屋敷への侵入者を追い払おうとしているんでしょうね。……それと、時間稼ぎでしょうか」

 「時間稼ぎ?」

 「勇者様、街に転がっていた死体って若い女性の死体は一人も無かったですよね? 不思議に思いませんでした?」

 「そ、そうですね……」


 当然気付いてましたよね? みたいな感じで聞かれたので、思わずそうですね……と答えた。

 街に転がっていた死体は、損傷や腐敗が激し過ぎて、どんな人間か死んでるかなんて俺は判断出来なかった。

 精々、体が大きいから大人、体が小さいから子供かな……? ぐらいの判断しか素人の俺には無理だっての。


 「流石です、勇者様」

 「それは良いとして、どうして若い女性だけは死んで無いんですかね?」


 全くそんな事気付いて無いのに褒められそうになったので、露骨に話題を変えた。

 単純に、何故若い女性だけ助かっているのかも不思議だから聞きたいという理由もあるが。


 「あれ? ご存知ありませんでしたか? フィスフェレムの部下であるインキュバスは魔族のオスですが、人間の女性に種付け……つまり、悪魔を産ませる事が出来るんです。ここまで言えば、勇者様なら分かるはずです」

 「ああ……そういう事ですか。……これ以上はリベッネさんもお若い女性ですから、喋らない事にしておきます」

 「……そうして頂けると助かります」


 リベッネはそう言った後、フィスフェレムに操られている軍の人間の方に目を向け。

 また、舌打ちをした。

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