第8話 あ、やっぱ無駄だったわ

 街に助けを求める声はもう響いていない。

 サタン達が街からいなくなったからだ。


 だが、俺がやった事はやっぱり無駄だったみたいだな。

 目の前の光景を見ると、そう思ってしまう。


「ママ! ママーーーーー!!!!!」

「あなたぁぁぁぁぁ!!!!! どうしてぇぇぇぇぇ!!!!!」

「嘘だ! 嘘だと言ってくれよ!」


 今俺は、街の中心部にある仮設の救護所に来ていた。


 サタン達をぶっ殺しまくっていた時に、怪我している美少女がいる事に気付いたので、当然助けようとしたのだ。


 だが、生憎回復魔法を使える訳ではない。


 すると美少女に、非常時は街の中心部に魔法使いによる仮設の救護所が出来るから、そこに連れて行って下さいと言われたので、サタン達を殺しまくりながら、こうして美少女をようやく応援に駆け付けた王都の魔法使い達によって作られた仮設の救護所まで送り届けたのである。


 少し苦労したが、美少女の笑顔とありがとうございます! というお礼だけで疲れが吹っ飛んだね。


 それも、ほんの数秒間だったが。


 今は、救護所になんか来るんじゃなかったと後悔してる。


 母親がサタンに殺されたのであろう少年の泣き叫ぶ声。

 兵士である旦那さんの変わり果てた姿を見て発狂する若妻。

 恋人を救護所へと連れてきた、俺と同い年位の男が現実を受け入れられないのか、魔法使いに対して怒り狂っている姿。


 救護所は、助けを呼ぶ叫びではなく、悲しみや絶望の叫びで溢れていた。


 あーあ。

 本当、無駄だったな。


 俺はこの光景を再び見て、また再びため息を吐く。


 結局、多くの人々が死んだ。

 百人は下らないだろう。

 そして、更に多くの人々が怪我をして、街は全壊までとはいかないだろうが、半壊程度はしている。


 ああ……やっぱり。

 俺は勇者じゃねえな。

 この光景が俺に現実を突き付けてくる。


 あながち間違って無かったのかもな。

 女神イーリスあのバカが君は勇者じゃないよ? って俺に笑いながら言ったのは。


 ……いや、イーリスの見る目が無かったのは確かだな。

 この光景を引き起こしたのは、イーリスが選んだ勇者パーティー役立たず達のせいなんだから。


 あー、この光景は本当に気分が悪い。

 ケント達が街に戻ってきたらボコボコにしてやらねえとな。


 少なくともそうでもしなきゃ、街の連中は納得しねえだろ。

 そんな事を思いながら、救護所を去ろうとしたその時だった。


「居たぞ! 長髪で黒い剣を持つ男! あの男だ! あの男に間違いない!」


 突然俺は、兵士に囲まれる。


 あー長髪かあ、そりゃ長髪って言われても仕方無いよな。

 こっちの世界に来るまでは、入部予定だった大学の野球部の先輩が坊主にしてたから、俺も坊主だったのに、二年間髪切ってないからなあ……。


 って、そんな事を考えている場合じゃねえ。

 何で俺が兵士に囲まれるんだ?

 まさか、ケント達(勇者パーティー役立たず達)と一緒に異世界から来たお前にも責任があるとか言われるんじゃないだろうな?


「うえっぷ……気持ち悪い……。あーごめんごめん。驚かせちゃって」

「飲み過ぎですよ……サンドラさん」


 俺を囲んでいたはずの兵士達が突然跪いたと思ったら、サンドラさんとメリサさんが現れた。


「どうしたんですか? こんなに兵士を連れてきて?」

「うっぷ……ごめん。ちょっと待ってて。一旦少し吐く……おえええええ」

「サンドラさん!? 少しどころじゃないですよ!?」

「えぇ……」


 俺は跪く兵士に囲まれながら、サンドラさんという美女がゲロを吐く姿を見せられる。


 まだ夕暮れで、完全に空は暗くなって無いんだぞ……。

 こんな時間に街でゲロを吐くなよ……。


 いや、夜でも街でゲロを吐くのは迷惑だし、良くない事だけど。


「ふぅ……吐いたら少し楽になったな。ゴメンね、見苦しい姿を見せて」

「本当ですよ……」

「あ、いえ」


 メリサさんの言う通りだ。

 本当だよ。

 大分見苦しい姿だったよ。

 まあ、そんな事を素直に言えるわけないから誤魔化すけどさ。


「悪いんだけど、ちょーっと私の家に来てくれないかな?」


 笑いながらサンドラさんは俺に頼むが、サンドラさんの目の奥は笑っていない。

 そして、俺を囲んでいた兵士達は武器を俺に向ける。


 魔法使いが三人、騎士が五人、弓兵が十人ってところか。

 サンドラさんの頼みを断るのなら、実力行使でお前を連れて行くと。


「別にそんな事をしなくても、サンドラさんの頼みなら聞きますよ」

「そう? ありがとう」

「ただ、不愉快ですね」

「不愉快?」


 言おうかどうか迷ったが、言わせて貰おう。

 この街の……いや、この国の兵士がもっと強くなるためだ。


「サタン程度に苦戦する連中十数人で俺を囲んだぐらいで、俺が言うことを聞くと思われている事がです」

「流石、女神に選ばれた勇者達と一緒に異世界から来た男なだけはあるね、ジン君」


 サンドラさんは俺の言葉に不敵に笑い、武器を向けていた兵士達はざわつく。


 自分達が格下に見られている事に騒いでいるのか、俺が勇者パーティー役立たず達と一緒に異世界から来た男という事実のどちらに兵士が騒いでいるのかは分からないが。

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