第6話 魔王軍幹部の右腕

「この剣を見ただけで女神の力……イーリスの力が宿っている事を見抜くなんてな。という事は覚悟出来ているんだろうな?」


 ヴェルディアの部下に剣の切先を向ける。

 すると、笑いながら降参だと言わんばかりに手を上げる。


「フッ……これは予想外だったな。女神イーリスの加護を持った者達がいない隙に、活動範囲を広げる為の侵略をしようと思ったのだが、まさか女神の力を宿した剣を持つ者が居るとはな。ヴェルディア様に報告しなくては」


 ヴェルディアの部下の口振りからすると、 魔王軍にすら俺は脅威と思われていなかったんだな。

 それどころか、知られていなかったと。


 まあ、それならそれでいいや。

 ナメて戦って貰った方が、俺の勝率上がるし。


「降参したからって、お前がヴェルディアの元に帰れると思っているのか? ここでお前を殺すに決まってるだろ?」

「ハッハッハ! やはり貴様は勇者ではないな! 勇者というのは、例え魔族であっても情けをかけるものだ! だが、貴様にはそういった気持ちが全く無い。面白い、実に面白い!」


 その通りだよ。

 俺は勇者じゃねえ。

 それに俺はお前ら魔族がそもそも嫌いだ。


 魔王がこの世界で暴れているせいで、この世界の女神イーリスが異世界から勇者パーティーを召喚なんて事をしてしまったんだ。


 そんな事が無ければ、俺が巻き込まれてこの世界に召喚なんて事も、俺がイーリスを殺すなんて事も起きなかったんだ。


「……面白い。やはり面白いぞ貴様。我々魔族への憎しみが感じられる。大切な仲間でも殺されたか?」

「黙ってろ、死ね」


 ごちゃごちゃとうるさいヴェルディアの部下を斬り殺そうとした時だった。


「ふむ……戦うのは良いが……サタン達は私の命令で街へと向かわせたが、良いのか?」

「……は?」


 サタンを街に向かわせた?

 嘘だろ? と思いながら、サタンがいたはずの空を見上げる。


 あ、しまった。

 マジでいねえじゃん。


 目の前にいるヴェルディアの部下を倒す事だけで頭が一杯だったせいで、サタンの事なんか気にして無かったわ。


 ……まだ、結構な数いたよな?


「サタン達は私の力でパワーアップもしてある。街にいる兵士だけではどうにもならんぞ?

 助けに行かなくて良いのか?」

「……チッ、覚えてろよ」

「忘れはしない、次はお互い本気で戦おう。私の名は、ヴェブナック。魔王軍幹部ヴェルディア様の右腕だ」


 そう言って、ヴェブナックと名乗った魔族は俺の前から姿を消した。


 しかし、魔族なのに人のような出で立ちで人の言葉を話せるなんてな。

 サタンとは違って知能もありそうだし。

 逃がしたのは失敗だったか?


 いや、ヴェブナックと戦っても良かったが、パワーアップ前のサタンですら苦戦していたのに、パワーアップ後のサタンを兵士達が倒せる訳がない。


 俺がヴェブナックと戦っている間に、サタン達に街の連中や兵士達が更に殺されたら面倒だからな。


 ……全く、俺も甘いよな。

 文句言われるから助けたくねーわ、とか思っておきながら、街の連中や兵士達を見殺しに出来ないんだからよ。


 そう思いながら、街へ急いで戻る。



 ◇



 街に戻ると、兵士達がヴェブナックの力でパワーアップしたサタンと必死に戦っていた。


 すげえ、流石魔王軍幹部の右腕。

 サタンがパワーアップしているのが、見ただけで、もう分かる。


 元々鋭かった牙は、大きく更に鋭く。

 更に爪も長くなっている。

 羽も大きくなっているな。


「キェェェーーー!!!」


 あ、でもサタンの賢さは変わってねえな。


 すぱん。


 俺に襲いかかってきたサタンを真っ二つにする。


 何で空飛べるのに、空中から攻撃せずに近付いてきて、直接物理攻撃するんだよ? そんでもって何でそんな賢くも無くて、強くもない魔物に何故お前らは苦戦しているんだ……。


 サタン一匹に対して数人がかりで戦う兵士達を見て呆れながら、襲いかかってくるサタンを真っ二つにし続ける。


 さっきと同じように二十匹程倒したら、サタン達はまた狼狽え始める。


 お? さっきよりも怯えながら城に帰っていくサタンが多くなっているな。


 サタン達に指示をしていたヴェブナックが、城に帰っていったからか?


 兵士達と戦っているサタンの中にも、仲間が逃げ出している事に気付いて、城に帰る奴が出てきている。


 大分数が減ったな。

 これなら、サタン一匹辺りに多くの数の兵士をあてがう事が出来るから負けねえだろ。


「娘をサタンから助けて下さい!」


「助けてくれ! サタンに噛まれた! ああ! 痛い! いてぇよぉ!」


 同時に兵士達に助けを求める街の住民の声が響き渡る。

 だが、兵士達は誰もその声の元に向かわない。

 決して無視をしている訳ではない、向かうことが出来ないだけなのだ。


 魔法使い達は怪我人の回復に必死で、弓兵達は矢が無くなっている為、一応予備の武器として持っていたのであろう短剣でサタンと戦っている為、全くサタンに致命的なダメージを与えられていないから、助けに行かせても無駄。


 だからといって、唯一サタンとやり合えている騎士達を向かわすのもなあ。


 ……はあ、サタンの相手で兵士達はいっぱいいっぱいかよ。

 仕方ない、助けてやるとするか。


 さて、娘がサタンに襲われて困っている人妻とサタンに噛まれて悶え苦しんでいる冒険者の格好をした金髪の男。


 どっちを助けようかな?

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