第5話 期待するな、俺は勇者じゃねえ

 俺やケント達が寝泊まりしている宿屋アイパーまでようやく戻ってきた。

 いくら雑魚モンスターとはいえ、周囲の人や建物を気にしながら倒すのは大変だったな。


 だって、折角助けてやってんのに街の連中うるさいんだもん。


 ぶった斬るのは良いが、魔物の体液や血が私達にかからないように戦え! って言うかと思えば、建物にかけて良い訳がないだろ! とか本当に色々うるさかった。


 俺は勇者じゃねえんだ。

 お前らの思うがままに、お前らが期待するように助けてなんてやれるわけねえだろ。


 あんな文句言われるんなら、もうこの街の連中助けなくて良いかな?

 雑魚モンスターに襲われているアイツらを笑って放置してやろうか本当に?


 内心ブチギレながら、何故俺がこんな面倒な事をやっているのか、目的を思い出す。


 ……ああ、そうだった。

 勇者パーティー(笑)のミスのとばっちりを受けたくないからだった。


 それに、これでチャラだな。

 二年間飯と宿の提供ありがとよ。


 もう、俺はお前らに期待しねえ。

 俺の手で魔王を倒し、元の世界に帰る。


 勝手にケントを始めとした勇者パーティーに別れを告げ、戦っている兵士達の邪魔にならない程度に近付く。


 ……何だあの気持ち悪いの。

 兵士達はサタンだ! と言っている。


 紫色の肌、目は濁った緑色。

 鋭い牙に、汚い色の細長い舌をベロベロと出しながら羽ばたく魔物。


 その魔物を主に攻撃しているのは魔法使いと弓兵。

 全く効いていないという訳では無さそうだが、兵士の数に対してサタンと呼ばれる魔物の数が多すぎる。


 俺が把握出来る限りでも、サタンの数は百を超えている。

 大した兵士の質でもねえのに兵士の量も無いとか、まあ勝てないだろうな。


 そりゃ、メリサさんも焦る訳だ。

 隣街や王都に派遣されている兵士の応援が来ていないのにケント達が離れていった事で、ファウンテンに派遣されている兵士だけで住民や街を守りつつ、魔王軍幹部ヴェルディアの部下や使役する魔物達と戦わなきゃいけないとか無理に決まっているだろ。


 ……俺の目的は達成出来なかったな。


 ケントのミスのせいで、人が死ぬ事が無いようにするという。


 視界に入ってきたのは、魔法使いの女性が泣きながら、血まみれで倒れている弓兵達に必死で回復魔法を掛けている姿だった。


 その周りでは、そいつらの事は諦めろ! とか、民の命と街の平和の為に命懸けで戦うのが我々の仕事だろう! と魔法使いの女性を叱咤する声で一杯だった。


 叱咤している兵士達もまた、目に涙を浮かべていたが。


 可哀想に。

 必死で強くなる為に訓練し、民や街の為に立派な兵士になろうとしていた人達の人生は、女神に選ばれたお陰で、努力もせずに勇者になれた男の下らないミスで終わったのか。


 元の世界でも、この異世界でも現実ってやつは厳しいし残酷だな。


 残念だが、俺にはどうしてやることも出来ない。

 俺はあなた方と同じように女神に選ばれなかった人間だから。


 俺は、魔法を使える訳じゃない。

 俺に出来るのは、この黒い剣でただただ斬り殺す事だけ。


 だから、空を飛んでいる魔物は倒せません。


 ただ、そいつらを地上から操っている奴なら殺せるけど。


「ちょ、ちょっと!? あなた何してるんですか!?」


 俺は、サタンの集団がいる原っぱの方へ一人で突っ込んでいった。

 兵士の一人が俺に気付いたのか止めるが、無視して突っ走る。


「キェーッ!」


 サタンという魔物は大して賢くないようだ。

 空を飛んでいるのだから空中から攻撃すれば良いのに、わざわざ俺の近くまで降りてきて、直接攻撃しようとするなんて。


「キキッ!?」

「キェッ!?」


 サタン達は何だこの人間!? と言いたげに驚きながら死んでいく。


 当たり前だ。

 この黒い剣は、俺がこの世界で生きていく為に、唯一女神に与えられた物であり、その女神すら死に追いやった物。


 その黒い剣を使う俺に勝てる訳がない。


 大して賢くないサタン達も一瞬の内に、俺を殺しに地上へと降りた仲間、二十数匹程が返り討ちにあった為、ただ空中で狼狽えながら飛んでいる。


 中には怯えながら、城へ帰っていくサタンもいたが、大半は指示待ち、つまり俺の目の前にいる魔王軍幹部ヴェルディアの直属の部下の魔族の指示を待っている。


「貴様は……勇者か? その割にはあの忌々しい女神イーリスの加護を全く感じないが」


 うおっ!?

 魔族が人の言葉を喋った!?


 ヴェルディアの部下が普通に話し掛けてきた為、思わず俺は驚いてしまう。

 ……普通に会話して良いのかな?


「女神に選ばれた勇者なら、呑気に王都に行ってるよ。俺はその勇者の幼馴染だ」

「なるほどな。サタン程度では相手にならない訳だ。貴様も女神イーリスの手によって異世界から召喚された者だろう? 女神の加護は感じないが、その黒い剣から女神の力を感じる」


 あ、やっぱり分かるのか。

 流石魔王軍幹部の直属の部下。


 だが、少し違うな。

 女神の力、だけじゃねえ。


 この剣は女神の全てだ。

 俺が女神の全てを奪って、この黒い剣に込めたんだからな。


 ……まあ、そんなこと敵に話す訳無いけど。

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